“小池劇場” 幕は上がるか

“小池劇場” 幕は上がるか
新型コロナウイルスへの対応をめぐり、国との関係が何かとぎくしゃくする東京都。日々マスク姿で陣頭指揮に立つ都知事の視線は先週、コロナとは別のある戦いにも向けられていた。
7月に行われる都議選の前哨戦とも言われた東京・千代田区長選。緊急事態宣言の下、熱を帯びていった戦いはどんなドラマの序章となるのか。
(桜田拓弥、吉岡桜子)

始まりは“風の如く”

湯気のような白い息が漏れ、手足もかじかむ寒さの中で迎えた告示日。
地域政党・都民ファーストの会の推薦を受けた樋口高顕の出陣式では、本人が第一声を上げた直後、タイミングを見計らったかのように、白い選挙カーから聞き覚えのある声が流れてきた。
「樋口高顕さんと連携して、千代田区のコロナ対策を前進させてまいります」

都民ファーストの会の特別顧問を務める東京都知事の小池百合子が現れた。
去年夏、自らの再選を決めた知事選挙では、新型コロナウイルス対策を理由に一度も外に出て選挙運動を行わなかった小池。
今回も姿は現さないだろうーそう思っていた支持者たちは突然の真打ち登場にどよめいた。

「千代田区長選、本日から始まりました。樋口高顕、樋口高顕、どうぞ皆様、よろしくお願い申し上げます」
滞在時間、わずか1分足らず。応援代わりの肘タッチで、樋口の背中を押した小池は、緊急事態宣言下での密対策を意識してか、余韻だけを残して颯爽と去って行った。

20年来の師弟関係

小池にとって、千代田区長選は心地よい記憶と結びついているに違いない。前回4年前、全面的に支援した現職の石川雅己が自民党候補などに圧倒的な差をつけ勝利。
勢いそのままに半年後の都議選で都民ファーストの会は第一党に駆け上がった。
その都議選の千代田区選挙区(定員1人)で初当選し、躍進の象徴的な存在となったのが樋口だった。小池との関係は20年に及ぶ。樋口が大学生の頃、議員インターンシップがきっかけで小池事務所の門をたたいてから4年間、ビラ配りやポスター貼りなど小池の選挙活動を支えてきた。
「小池さんは私が最初に出会った政治家で、理念が一番しっかりしていた。クリーンな政治や政治改革という彼女の考え方に惹かれた」(樋口)

6期目を目指すという見方が強かった現職の石川が告示日2週間前に立候補しない意向を表明。樋口は急遽、現職の都議をなげうち区政への挑戦を決めた。告示日までわずか11日という超短期決戦となった。

関係者が「息子のように可愛がっている」との証言を寄せるほど小池に近い存在だと言われ、今回の突然の立候補も、小池が後押ししたという話も聞かれる。

樋口のTwitterには、小池からの激励のメッセージがアップされた。
「コロナ禍において、政治家の果たす役割、特に自治体のトップに求められる役割は大変大きなものがあります。樋口さんの人となりと政治への情熱、私が保証いたします」

“国政選挙並み“で対決する自公

対する自民党は公明党とともに区議を4期務めた早尾恭一を推薦。7月の都議選を前に弾みをつけようと組織固めに力を入れた。
出陣式には両党の国会議員などが大勢駆けつけ、国政選挙さながらの陣容となった。
早尾は開口一番、切り出した。
「あたり前のことを当たり前にする行政にしてまいります。適正な手続き手順をしっかりやれる行政にしてまいります」

念頭に置いていたのは、今回、区長を退くことになった石川の「マンション問題」だった。
石川が家族と共同で所有する千代田区内のおよそ1億円のマンションの部屋が、一般には販売されない「事業協力者住戸」だったことが去年3月に明らかになり、区政はその後停滞した。早尾は、強い調査権を持つ「百条委員会」の委員長として、この問題に対峙してきた。
支持者を前に早尾は語気を強めた。「水はとどまればよどみます。よどめば腐るんです。今回の区長選、なにがなんでも当選させていただきたい」

霞ヶ関や永田町を抱える千代田区は公務員住宅や公的企業の社宅が少なくない。陣営ではこうした有権者を対象にローラー作戦を展開したほか、選挙戦終盤も自民党の野田聖子幹事長代行、橋本聖子オリンピック・パラリンピック担当大臣、萩生田光一文部科学大臣らが次々と応援に入った。

聞こえてきた不協和音

しかし、早尾陣営はある不安材料を抱えていた。
千代田区の自民党は、地元選出でかつて都議会のドンと呼ばれ、引退後も東京都連最高顧問を務める内田茂がいまも一定の影響力を持っている。
区議会では内田に近いグループと、それとは距離を置く「4人組」と称されるグループが主導権争いをしており、早尾は4人組のひとりだった。

去年11月に早尾の推薦が決まった後も不満の声がくすぶり、一枚岩で支援できるのかどうかが課題となっていた。そんな折、陣営内では「内田に近いグループの中には樋口を応援する動きがある」といった情報が飛び交った。選挙戦中盤に開かれた女性支援者によるオンライン集会ではこんな一幕もあった。
予定時刻を過ぎても早尾が現れない中、リーダー格の参加者のひとりが陣営内部の雰囲気を吐露した。

「本当に情けなく思いながら見ている。なぜ自民党として機関決定したことをみんな守れないのか。支持者の声を聞いても、早尾と樋口どっちなの?と戸惑っている。みんな早尾を応援しますと表では言うけど、どこまで本気なのかこちらが疑心暗鬼になってしまう」

勝負の裏で…

小池と自民党が真っ向からぶつかる構図となった千代田区長選。しかし、両者の間では今年に入り、距離を縮めるような動きが見られた。

告示日直前の1月19日、自民党東京都連幹部と小池との間でコロナ対策に関する意見交換の機会が設けられた。自民党側が小池に持ちかけたものだったという。
都連会長の鴨下一郎が「東京都の対策に全面的に協力して都民の皆さんに安心をお届けしないといけない」と、小池都政と歩調を合わせる考えを示した。
小池も、「日々奮闘されている皆様のご努力を是非ともコロナ対策ということでお貸しいただきたい」と応じた。
都連幹部は、夏の都議選を前にした双方の歩み寄りという見方を否定しつつ、今後の融和への期待感をにじませた。

「今までいろいろあったけど、都知事選も終わったし、自民党がどうとか、小池さんが良いとか悪いとか言う問題じゃない」

小池の側にも事情がある。都民ファーストの会は去年の暮れ、都議の離党者が出るなど4年前ほどの勢いがあるとは言い難い。都議選で、仮に第一党の座が自民党へと移れば、小池としても都政運営上、自民党との付き合い方には再考が求められるようになる。小池の動きからは、都議選後も見据えた両にらみの戦略がうかがい知れた。

小池、区長選で樋口を全面応援へ

だが、小池の樋口に対する支援は次第に熱を帯びていった。
コロナ対策をめぐる緊急対談と題して、オンラインでライブ配信したと思えば、翌日には選挙カーに乗り込み、1時間半にわたって支援を呼びかけた。そして迎えた最終日。朝から夕方まで選挙カーで区内を回り、打ち上げではついに壇上にのぼって、聴衆に語りかけるように支持を訴えた。
現場にいた陣営の関係者はつぶやいた。
「初日に選挙カーに乗った時に予想より反応がよかった。それでエンジンに火がついた」

日頃、小池に接している都庁の幹部もこう解説した。
「樋口がかわいいというのもあるだろうけれど、知事は選挙に血が騒ぐんだと思う。『いい勝負をしている』ということで、がぜんやる気になったみたい。知事にとっては、『勝負事に勝つこと』が大事なんだと思う」

両者の戦いに割って入ろうとしたのが、前回4年前に続き、2度目の挑戦となった五十嵐朝青(あさお)だ。
今回は直前に日本維新の会の推薦を受け、自民でも都民ファーストでもない、第三の選択肢として批判票の取り込みを狙った。

千代田の陣、軍配は

各陣営が、「票が読みにくく、誰が勝つか分からない」と口をそろえた選挙戦。
勝ったのは、樋口だった。
事務所では小池もオンラインで喜びの輪に加わった。
ある都民ファーストの会の都議は胸をなでおろした。「小池の神通力はまだまだ健在だ」

苦杯をなめた自民党

関係者は一様に「小池がここまで表に出てくるとは思わなかった」と感想を漏らしたが、早尾陣営の幹部のひとりは「小池が全面に入って2000票差は、小池旋風再来とは言えない。こっちのゴタゴタがなければ勝っていた」と強がってみせた。
その一方で、自民党都連の関係者は、自民党と公明党の国会議員が深夜まで銀座の飲食店に出入りし、辞職や離党に追い込まれた問題も今回の選挙に影響を及ぼしたとして、怒りをぶちまけた。

「世の中に困っている人が大勢いる中で国会議員があのような行動を取れば、自民党・公明党への支持が落ちることは否定できない。内閣支持率も低下し、自民党への逆風は千代田区長選だけにとどまらなくなる」

夏の陣、そして…

都議選まで残り5か月。秋までには衆院選も行われる。
12年前、自民党は都議選で大敗し、直後の衆院選で政権交代を許した。
4年前も自民党は都議選に大敗したが、安倍総理は衆院解散を断行。希望の党を立ち上げた小池との勝負を制し、危機を脱した。
衆院選と都議選が重なる年の政治は激しく動く。そこに今年は新型コロナウイルスの感染拡大と東京五輪・パラリンピックの開催問題がのしかかる。

1月の戦いは小池が勝った。だが、今後の展開はまだまだ読めない。

(文中敬称略)
選挙プロジェクト記者
桜田 拓弥
2012年入局。佐賀局、福島局を経て 19年から選挙プロジェクト 千代田区内でのお気に入りは神保町のブックカフェ。
選挙プロジェクト記者
吉岡 桜子
2013年入局。金沢局、水戸局を経て 20年9月から選挙プロジェクト。ことしは千鳥ヶ淵の桜を見に行きたい。