だまされた、でも助かった

だまされた、でも助かった
「会社にはだまされた。でも、農家は助かった」
去年秋、長野県の農村地帯で起きた事件。ブローカーが大勢のベトナム人を違法に送り込み、農家で働かせていたとされています。取材を続ける中で、ある農家がつぶやいたのが、このひとことです。ことばの背景に何があるのか、取材しました。(長野放送局記者 間瀬有麻奈 篠田祐樹)

ベトナム人のけんかの背後で…?

去年9月下旬、長野県東部の南牧村で、ベトナム人の男どうしの傷害事件が起きました。

警察の発表などでは、2人は同じ農家で農作業に従事している同僚で、けんかを発端に包丁で相手の腹を刺したりバットで殴ったりしたとして、逮捕・起訴されました。

取材を進めていると、「いっしょに住んでいた別のベトナム人3人も、不法就労の疑いで逮捕される」との情報が。

しかし、この時点では詳細はわかりませんでした。

さらに、この事件をめぐって「大勢のベトナム人を送り込んでいるブローカーを警察が調べている」との情報も寄せられました。

いったい何が起きているのか、まずは現場の南牧村へ行ってみることにしました。

外国人ばかりの村

南牧村は、長野市の中心部から南東に車で2時間ほどのところにあります。八ヶ岳のふもとに位置していて、どこまでも畑が広がっています。

そして、村に入ると、多くの外国人の姿が。
歩く人、自転車をこぐ人、畑で農作業をする人も外国人が目立ちます。

この小さな村に、たくさんの外国人がいる理由は、農業です。

「外国人は、貴重な労働力です」
村の人は、こう説明してくれました。

南牧村などがある長野県の佐久地域は、レタスや白菜といった葉物野菜の全国有数の産地で、日本の食卓を支える「台所」とも言われます。

葉物野菜の収穫は、機械化が進んでいないため、収穫は今でも手作業で行われていて、「働き手の数が収穫量に直結する」と言われるほど。収穫には大勢の人手が必要だといいます。

一方で、収穫作業は重労働なため日本人の働き手がなかなか集まらず、外国人、つまり技能実習生に頼らざるを得ない状況だというのです。

八ヶ岳のふもとに多くの外国人が

実際、村にどれだけの外国人が住んでいるのか調べてみました。

少し前のデータですが、平成27年の国勢調査では…。

南牧村の総人口は、3408人。そのうち、外国籍の人は428人。その割合は、12.56%。つまり10人に1人以上が外国人でした。

全国の自治体で比較してみると、外国人の割合は4番目という多さです。
ちなみに上位5つの市区町村は次のとおりです。

1.長野 川上村 15.76%
2.群馬 大泉町 14.64%
3.大阪 生野区 12.58%
4.長野 南牧村 12.56%
5.東京 新宿区  9.15%

南牧村は、東京の新宿区よりも外国人の割合が高いのです。
さらに、1位は東隣の川上村。南牧村より大きな村で、同じく葉物野菜の生産が盛んです。

八ヶ岳のふもとには、全国トップクラスの、外国人の割合が高い地域が存在していることになります。

また長野県のデータでは、県内の技能実習生は2010年に2201人でしたが、2019年には6987人にまで増加。

ベトナム人はそのうちの半分近い3325人で、10年で20倍以上に急増していました。

データから見えてきたのは、労働力不足に悩む地方の産地が、外国人に「依存」しているとも言えるような実態でした。

大勢のベトナム人 背景には

事件に関わったベトナム人たちは、どのような経緯で村にやってきたのでしょうか。

その手がかりとなったのが、去年10月下旬の警察のある発表です。
それは大阪にある会社の社員3人を職業安定法違反の疑いで逮捕したというもの。当初から警察が捜査しているとの情報があった会社です。

容疑は、去年6月から3か月あまりにわたって、ベトナム人3人を南牧村の農家で違法に働かせていたとされています。

社員らが働かせていたベトナム人は、去年9月下旬、不法就労の疑いで逮捕されるという情報があった3人でした。
会社について調べてみると、ホームページにはこう書かれていました。

「ベトナム人で人手不足を解消!」「農家の方々に朗報!」
さらに、「全員正規ビザあり」、長野県に200人のベトナム人を送り込んだ実績があるとも書かれていました。

どうやら、人手不足に悩む農家に、ベトナム人を紹介していたようです。ただ、事業内容などはよくわかりません。

そこで、農業関係者などに取材をしてみました。

その結果、この会社は、ベトナム人を農家へ不法にあっせんする、いわゆる「ブローカー」らしいということがわかってきました。

捜査関係者への取材でも「人材ブローカー」だということでした。
事件の構図は、以下のとおりです。

▽会社は、ベトナム人が利用するSNSなどを通じて、働きたい人を募集。
その多くは、技能実習生の資格で日本に入国したものの、解雇されたり逃げ出したりして不法滞在になっているベトナム人とみられています。

▽次に、人手不足で困っている南牧村などの農家にこうしたベトナム人をあっせんするため、地元のJAに接触。

▽JAは農家に会社を紹介。

▽JAや農家に対しては「ベトナム人はみんな、ちゃんとした在留資格がある」とうその説明。

会社は、南牧村や川上村を含む佐久地域に、200人以上のベトナム人を送り込んでいたようでした。

新型コロナで収穫の危機

では、なぜ、農家は、この会社にベトナム人を紹介してもらったのでしょうか?

そこには、新型コロナウイルスが影響していたようです。

長野県によりますと、政府の入国制限措置と実習生が来日するタイミングが重なって、南牧村や川上村を中心に、来日できなかった実習生はおよそ800人に上ったといいます。

それだけの人数が来ないとなると、収穫には大きな影響が出ます。
ある農家は、こうも話していました。

「外国人がいなければ、収穫量は半分になっていただろう」
「とても日本人だけでは成り立たない」

つまり、新型コロナの影響で、葉物野菜の収穫ができなくなるほどの深刻な人手不足が生じ、困っていたところに現れたのが大阪の会社だったということのようです。

ベトナム人の消えた村

大阪の会社の社員らが逮捕されてまもなく、取材を通じて知り合った農家から連絡をもらいました。

「ベトナム人がどんどん逃げている」

急いで村に行ってみると、残っているのはインドネシア人やフィリピン人が多く、確かに、ベトナム人はほとんどいなくなっていました。

大阪の会社からベトナム人を受け入れていた農家に聞いてみると、会社は、社員らが逮捕される直前、農家との契約を打ち切ると同時に、ベトナム人への給料の精算を終わらせていたといいます。

そして、不法就労で捕まることを恐れたとみられるベトナム人が一斉に逃げ出して、村からほとんどのベトナム人がいなくなってしまったというのです。
「今はコロナで仕事がないんです」

かろうじて話が聞けたベトナム人のことばです。

埼玉の自動車関連の工場で働いていたものの、新型コロナの影響で、会社を辞めざるを得なかったといいます。

そこでSNSで見つけたのがこの会社の求人でした。

彼は妻が日本人で不法就労ではないということですが、仕事を見つけるのは難しく、不安を感じていました。

一方、不安を募らせていたのは地元の農家の人たちも同じでした。

農家の1人は、「技能実習生が来なかったら、ここの農業はたぶんだめになる」と話していました。

だまされた、でも助かった

「会社にはだまされた。でも、それで農家は助かった」

ある農家のことばです。

今回の取材を通して見えてきたのは、外国人に頼らざるを得なかった、地方の産地の現実でした。

大阪の会社が、多くのベトナム人たちを違法に働かせていたとしたなら、それは決して許されることではありません。
でも、もし、彼ら・彼女らがいなかったら、私たちがふだん食べている葉物野菜に大きな影響が出ていたかもしれない。

そう思わざるを得ませんでした。

私たちの目の前に突きつけられた現実を、引き続き取材していきたいと思います。
長野放送局記者
間瀬有麻奈
平成28年入局
警察・司法担当、松本支局を経て、現在、警察・司法キャップ
長野放送局記者
篠田祐樹
令和2年入局
警察・司法担当