ベビーカー、どうやって降りてます?

ベビーカー、どうやって降りてます?
「実はヒヤッ!とするんです」
車掌目線で呼びかける鉄道会社のポスターが話題です。ヒヤッとしたのはベビーカーの降り方。降り方によっては危険が生じ、事故も起きています。事故を防ぐ降り方も大事、そしておせっかいも大事かもしれないと思うようになりました。(ネットワーク報道部記者 馬渕安代 吉永なつみ 田隈佑紀)

車掌目線で失礼します

ポスターにはこう書かれています。

「車掌目線で失礼します。ベビーカーの前輪がサッて出てくるの…」「実はヒヤッ!とするんです」

ベビーカーを押して前輪の方向から下車しようとしている様子や、前輪が線路とホームの間に挟まってしまった写真も載っています。

そして「前から降りると脱輪する危険があります!」「前輪から降りると車掌から見づらく発見が遅れることも!」といった言葉が続きます。
ポスターは東京の京王電鉄が作成。
渋谷と吉祥寺を結ぶ井の頭線の駅でベビーカーを使う時に利用されるエレベーターなどに先月から掲示されています。

ツイッター上では、ベビーカーの利用者から同じように降りてヒヤッとしたことがあるというコメントが相次ぎました。
「まさにこの状態で前に倒れて、息子にけがをさせてしまったことがあります」
「初めて一人でベビーカーを押して電車乗った時、前輪が隙間に落ちて本当に心臓が止まるかと思いました」
取材した利用者の中にも危ない体験をした人がいました。
「降りる時に混み合って、人の流れに巻き込まれるような形になりました。するとベビーカーの前輪がホームの間に挟まって動かなくなってしまいパニックになりました。先に降りた人が前輪を引き上げてくれて助かりましたが、ベビーカーを降ろすことが怖くなりました」(40歳 女性)

扉に挟まれたまま発車も

ベビーカーでの電車の乗り降り。そこでのヒヤリハットを調べたデータがあります。

少し前ですが、2012年と2013年に国土交通省が鉄道会社30社に、ベビーカーに関する過去5年の事故などの事例を尋ねていて、▽3分の1の会社で事故が発生、▽ヒヤリハットまで含めると大半で危険な状況があったと報告がありました。

中には「乳幼児が乗ったベビーカーが扉に挟まれたまま列車が出発」といった極めて危険な事例もあります。

データからもベビーカーでの乗り降りは一歩間違えれば、事故が起きかねない危険が常にありそうです。

きっかけは“車掌は見た!”

注意しないと危険が忍び寄るベビーカーの乗り降り。

そこに目を向けたポスターを作ったのは本職が運転士や車掌という6人のグループでした。
原明日香さん
「制作したのは井の頭線に運転士や車掌として乗車している若手社員6人のメンバーです。そこに管理職1人を加えた『TEAM IN 18』が作りました」
京王電鉄には車掌などのいわゆる本業とは別に安全やサービスの新たな取り組みを提案するグループがいくつもあって、年度末の社内発表会を目指して、しのぎを削っているそうです。

「TEAM IN 18」が問題意識を持ったのが、車掌業務で日々目にするポスターのシーンでした。

「駅に停車するとドアから“サッ”と現れる黒い影。目をこらすとそれはベビーカーの前輪。次の瞬間...前輪がホームの隙間に挟まり続いて前屈みの保護者が転びそうになる...」

こうした光景をよくに目にし、なんとかしたいと思ったのが制作のきっかけだそうです。

鉄道員が自作

子育て世代が多いメンバーたちはふだんベビーカーで電車を降りる際、自分が先に降りて、“人がいることを車掌に認識してもらい”、次に“線路との隙間に挟まりにくい”後輪から降りるという方法をとっています。

車いすでの降車方法がヒントで、比較的安全だとして紹介することになったそうです。そしてポスターは専門家に頼まず、自前で作りあげました。

非番に集合

非番の時に駅に集合し、撮影を実施。ベビーカーを持参して利用者役を務めました。
車掌の目線にこだわりたいと、同僚の車掌に事情を話したうえで、真横で撮影させてもらったのです。

ポスターは今年度中に京王井の頭線のすべての駅に掲示する予定です。
メンバーの上司にあたる富士見ヶ丘乗務区の平敬一区長は安全な降り方とともにちょっとした声かけも大事ではないかと話しています。
平敬一区長
「ポスターは、安心して利用できる一つの方法を提案したかったと聞いています。混み合っているとこの方法が難しい場合もありますが、ベビーカーの利用者と周囲の人が声を掛け合いながら降りるというのが一番安心な降り方だと思いますので、実践してほしいです」

「できれば折り畳んで」「でも...」

「電車では、ベビーカーはできればたたんで利用してほしい」

電車からの降り方を大手ベビー用品メーカーの「コンビ」に聞くと広報の川崎愛さんはそう話しました。
川崎愛さん
「ベビーカーは平らな場所を押して使うように設計されているんです」
「段差を無理に乗り越えようとすると、前輪に衝撃が加わりベビーカーが転倒するおそれがあります。また、子どもをベビーカーごと持ち上げて乗り降りする姿もよく見かけますが、部品に想定以上の負荷がかかってしまうんです」
確かに製品の取り扱い説明書でも、子どもを乗せたまま持ち上げないよう、警告しています。
電車を乗り降りする最も安全な方法はベビーカーをたたみ、子どもをだっこするという方法だという指摘。

でも...。

それはわかるけど...

話を聞いて「それはわかるのですが」ということばが出かかった時、こちらの気持ちを察したのか、川崎さんは続けました。
「そうはいっても、子連れで出かけると大荷物ですし、子どもが眠り込んでしまったら抱くこともできず、実際にはたたんで持つのが難しい場面がほとんどですよね」
うなずく私にベビーカーをたたむことができない場合に電車など段差があるところの乗り降りの方法を教えてくれました。
〈乗るとき〉
ベビーカーの後ろ側のパイプに足をかけてハンドルを手前に引いて前輪を浮かせる。その状態で段差を越えて乗り込む。
〈降りるとき〉
京王電鉄が示したように、親が先に降り、ベビーカーを後輪から下ろす。この方法だと段差があっても子どもが前のめりにならず背もたれに寄りかかるので転倒のリスクが減る。

「大丈夫ですか?」とは言わない

もう一つ、川崎さんは、社員の間で実践していることを教えてくれました。

それはベビーカーを利用して困っていそうな人に、おせっかいだと思われても声をかけることだそうです。

川崎さん流のノウハウもあり、「大丈夫ですか?」と声をかけると、反射的に「大丈夫です」と返されるので、手伝うことができる内容を具体的に提案します。

「大変ですね。荷物を持ちますね」
「(親御さんが泣いている子どもをだっこしていたら)空のベビーカーを電車からおろすのをお手伝いします」

そして、申し出を断られても気にしないことにしています。
川崎愛さん
「コロナ禍で誰もが大変ですが、この時期に子育てしている人も特に大変だと思います。そんな中で、ベビーカーを使うことに引け目を感じてほしくないし、『育てるのが楽しい』と感じられる社会であってほしい。応援している気持ちだけでも伝わるかもしれないのでおせっかいかもしれないけれど声かけをしています」

もっとおせっかいに

ベビーカーでの外出、確かに場所はとるし、子どもも泣いたり騒いだりするしで、肩身が狭いと感じてしまうことがあって、ついつい前輪から早く降りようとしてしまう気持ちってよくわかります。
安全に降りる方法って少し時間がかかるんです。

だから気にかけてくれたりちょっと助けてくれたりすることは、早く安全に降りられることもさることながら、「気にかけてくれたこと」がうれしいし、曇り空に太陽が少しさしてきたようなそんな気持ちになります。

いまは支えられることも多いのですが安全のために、そして少しだけほっとした気持ちになってもらえるように、もっとおせっかいにもなってみよう、そしてたとえ断られても気持ちだけでも伝わればいいんだ、そう思うようになりました。

鉄道会社の対策は

その1.
ベビーカーなどの事故を防ぐため鉄道各社では物が挟まるなどしてドアに一定の隙間ができた場合、異常を検知して発車できなくするシステムを導入している。
東京メトロでは、2016年にベビーカーをドアに挟んだまま発車したトラブルが起きたことから、再発防止策として異常を検知する隙間を1.5センチから、1センチに狭めた。
ただ検知する隙間を狭くし過ぎると混雑時に衣服などが挟まった際に頻繁に反応して定時運行に影響が出てしまうという懸念もあって、基準は各社によって異なっている。

その2.
ホームと車両の隙間を無くすための取り組みもある。
国土交通省は2019年に、ホームと車両との段差を3センチ以内、隙間を7センチ以内を目安に、できるだけ小さくするようガイドラインで定めて、鉄道各社に対策を求めた。
車いすの利用者がひとりで電車を乗り降りできるようにするのが目的だが、ベビーカーの利用者の安全にもつながる対策の一つ。
去年10月時点で対策を終えているのは、国が優先的に対策を求めている全国1290の駅のうち、半数程度の623の駅にとどまる。