コロナ“第3波” リーダー「決断」の舞台裏

「誰が、いつまでに、何を決めるのか。私はとても危機感を抱いている」
1400万の人口を抱える首都 東京。その司令塔 小池百合子知事は「危機におけるリーダーの役割」を問うた、私たちの単独インタビューに険しい表情でこう答えました。
限界に近づく医療体制、時短要請で追い詰められる飲食店。今回のコロナ禍は、国や自治体の判断が私たちの命や暮らしに直結することを改めて突きつけました。
現場への密着取材、そして小池知事や担当大臣へのインタビューから、リーダーたちの決断の舞台裏に迫ります。
(NHKスペシャル パンデミック 激動の世界「問われるリーダーたちの決断」取材班)

「Go Toトラベル」 求められた判断

私たちが東京都への取材を始めたのは、去年11月上旬。連日、感染者が200人を超え、第3波が現実味を帯びる中でのことでした。

感染防止と経済活動との両立を模索し続けてきた東京都。このころ、議論となっていたのが、国が進める「Go Toトラベル」事業をどうするかでした。

国土交通省の所管で7月に始まったGo To事業。政府の分科会の提言をまとめた資料によれば、事業を停止する場合の手続きについて、「政府が都道府県と調整する必要がある」とは記されているものの、具体的な手順は定められていませんでした。
こうした中、東京都内で感染が拡大し始めると、国は都に停止の判断を委ねる姿勢を示すようになりました。

新型コロナ対策を担う西村経済再生担当大臣は11月下旬、記者団に対し、「域内の感染状況や病床の状況を一番よく分かっている知事に、まずはしっかり判断していただきたい」と述べました。

一方、小池知事は記者団から国の姿勢について問われ、「しっかり国の方でご判断いただきたい。またそれが責任であろうと考えています」と答えています。

東京都「Go Toはあくまで国が主体」

当時、東京都のスタンスは、「Go To事業は、あくまで国が主体であり、都が判断するものではない」というものでした。

都のある幹部は、私たちの取材に対し、「そもそもGo Toは国の事業ですべて国が判断していた。都合が悪くなると都道府県に委ねてくる。今回都が全面停止を要望したって、そうはならない。政府は止めてほしくないのだから」と答えています。

停止の判断について、国はどう考えていたのか。

西村大臣は私たちのインタビュー取材に対し、「国と自治体の足並みをそろえる必要があった」という姿勢を強調しました。
「感染の状況や病床の状況を確認しながら、国と都で意思疎通しながら対応してきた。私も毎日データをチェックし、専門家から意見をもらっているが、いちばん把握しているのは知事なので、その意向を尊重しながら、ときには私が背中を押すようなこともあればと考え、緊密に連携をとってきた」と述べています。

小池知事「東京として“こうすべき”は申し上げた」

一方、私たちは小池知事にも、「東京都から国に対しどういう意見を言ったのか、そして国からはどういう返事があったのか、という形での発信が少し不足していて、都民が不安を感じた面もあったのでは?」と問いました。
小池知事は、「国との違いばかりを強調する報道をされてこられたこともあると、はっきり申し上げたい」とした上で、「ただ、Go To事業をどの時点でどう動かしていくかということについては全体を見ながら考えなければならない。そのなかで、東京としてこうすべきだということは申し上げた」と、都知事としての役割は果たしているという自負をにじませました。

感染経路不明6割 濃厚接触者の追跡が追いつかない

12月、Go To事業が続く中で都内の感染はさらに拡大。重症者の数も去年4月の緊急事態宣言を解除して以降、最多となりました。

こうした中で、感染の封じ込めを担う都内の保健所は、その機能が限界に近づいていました。
取材したのは江戸川区の保健所。感染が判明した人について、濃厚接触者を追跡する業務を担っています。

第1波、第2波で人員がひっ迫した経験を受けて感染症対応にあたる保健師を増やすなど、体制を強化していました。

ところが、区をまたいだ人の行き来が激しい23区内では、感染経路を追うことが難しくなっていました。

感染が判明するたびに管轄が異なる別の区に依頼文を出す作業が発生します。
4月の第一波では経路不明の感染者は4割ほどだった東京都。12月10日には6割に達していました。

担当者は、「作業量は多い。依頼がないかぎり、各自治体はうごかないというルールでやっているので。患者調査よりも時間がかかることもある」と、負担が増している状況を語りました。

東京都の専門家会議の座長を務める東北医科薬科大学の賀来満夫特任教授は12月10日、私たちの取材に対し、「経済的なことを今の時期、少し抑制させても感染が広がることを防ぐという判断が必要になってくるのではないか」と危機感をにじませた上で、「都知事とも話をしたい」と述べました。

緊急事態宣言か 追加の時短要請か

一日の感染者数が初めて800人を超えた12月中旬。東京都はある決断を迫られていました。

政府の分科会が、飲食店のさらなる時短営業が必要だと提言していたのです。
このころ、東京都はすでに午後10時までの時短要請を行っていましたが、国は午後8時まで前倒しするよう求めていたのです。

小池知事は、記者団に対し、「(飲食店が)ご協力いただければそれに越したことはございませんが、なかなか現実は厳しいところがあろうかと思います」と、「時短要請の強化だけでは、その効果は限定的だ」とみていました。

東京都“追加の時短要請は緊急事態宣言とセット”

その一方で小池知事は国や自民党の幹部との会談を重ねていました。

特措法では、国が緊急事態宣言を出す権限を持つと定めています。

東京都は、宣言がなければさらなる時短要請をしても効果が小さいとし、追加の時短要請は、あくまで宣言とセットだと考えていたのです。

都の関係者は取材にこう答えています。
「知事は政府に、緊急事態宣言の要請をするつもりだと伝えている。でも反応がよくない」

また、別の関係者は、
「国からのプレッシャーはすごい。感染症対策という面では営業時間が短ければ短いほどいいのはわかるが、それによる損失と効果がどれくらいなのか」

国 “緊急事態宣言はできるだけ避けたい”

一方、国は、緊急事態宣言はできるだけ避けたいと考えていました。去年4月に宣言を出した際経済に深刻なダメージを負ったからです。

これまでの知見に基づいた時短要請で効果を上げている自治体もあるとして、まずは都も、さらなる時短要請で対応すべきだと考えていました。

政府関係者は私たちの取材に対し、「政府として前倒しを求めるのは当然。他の地域で効果が出ているし、専門家もあれほど必要だと強調していたのだから。でも応じてくれなかった。東京都は、政治的な駆け引きばかりに明け暮れていて、本気で対策を講じる気があるのだろうか」と答えています。

事態が動いた 3時間の話し合いで何が

事態が動いたのは1月2日。

小池知事は、埼玉、千葉、神奈川の近隣3県の知事とともに直接、西村大臣と交渉しました。話し合いは、3時間に及びました。
西村大臣は話し合いの様子を次のように振り返りました。

「1都3県それぞれに対して、何度となく午後8時まで前倒しすべきだと申し上げてきた。他方、東京都からすると午後10時までの時短要請でもなかなか応じてもらえない、それが午後8時で応じてくれるかどうか、あるいは効果がどれだけ出るか、ということだった。知事の側からは、緊急事態宣言という看板がないとなかなか聞いてもらえないという議論もあった」

そして 2度目の緊急事態宣言

緊急事態宣言が出されたのは1月7日のことでした。東京では、年末から年始にかけてさらに感染者数が急増、7日には一気に2400人に達しました。

都内の病院では、家族と最後の対面を果たせないまま、命を落とす人が相次ぎました。東京都では、医療体制のひっ迫が続き、さらなる対策を迫られています。

そうした中で、小池知事は1月下旬、チャンネル登録者数650万を超えるユーチューバーのフィッシャーズとネット動画に出演しました。
フィッシャーズが葛飾区出身であることにかけて、「コロナに勝つしか(葛飾)ない!」とのメッセージを寄せた小池知事。

感染拡大を食い止める対策の1つが、無症状も多いとされ知らず知らずのうちに感染を広げるおそれがある、若い世代に行動変容を呼びかけることです。

小池知事は新聞やテレビを見ない世代にもアクセスするための模索を続けています。

リーダーたちの決断は何をもたらすのか

今月7日までだった期限が1か月間延長されることになった緊急事態宣言。

コロナとの闘いが続くなか、国と地方のリーダーたちはどのような決断を下していくのか。そして、その決断は私たちの命や暮らしに何をもたらすのか。

引き続き注視しなければならないと考えています。