【会見全文】プロ野球 楽天 田中将大投手

プロ野球の楽天に復帰した田中将大投手の記者会見での発言のほぼ全文です。

【以下 会見内容】

まずはこの春季キャンプ前のこの忙しい中、このような場を設けていただき、本当にありがとうございます。

このたび楽天イーグルスに入団することになりました。
7年前、メジャーリーグに挑戦するときに快く送り出してくれて、そしてまた、あたたかく楽天イーグルスに迎え入れて下さった三木谷オーナーには本当に感謝しかありません。
ありがとうございます。

そして立花社長。
立花社長には毎年、毎オフ、仙台の施設だったり、そういうものを好きなように使ってくれと言っていただき、本当にいつもあたたかいサポートをしてくれていました。
本当に裏では、表だってはわからないが、裏では口の悪い社長だが(笑)、本当にいつも感謝しています。

そして石井GM兼監督には、今回本当に僕の気持ちにも寄り添っていただいて、「田中選手が必要なんです、その力が必要なんです」と言っていただけて、本当に選手としてありがたい評価をしていただけたと思っています。
ありがとうございます。

今シーズン、先ほど話にもあったが震災から10年という年で、その中で自分が初めてフリーエージェントになって、チームを選べる立場にあったわけだが、その中でこの10年という数字はやはり何か自分にとって意味のあるタイミングなのではないかという風にも思ったので、今回このような決断に至りました。

以上です。

Q
8年ぶりの楽天復帰になったが、率直に今の心境は?
A
とてもわくわくしています。またみなさんの前でマウンドに上がって投げられる、日本の野球ファンの方々の前で投げられるというところにわくわくが抑えられていない状態。7年離れていたので、成長した姿をお見せすることができたらいいなと思っています。

Q
楽天を選んだ理由、決め手は?
A
自分自身このフリーエージェントになった瞬間というタイミングでは、正直な話をするとやはりヤンキースで、ヤンキースと再契約してまだプレーがしたいという思いがありました。
しかし、もうかなり早い段階で話を代理人通じて聞いている中で、これはもう別々の道を歩んでいかなければいけないと感じたので、それ以降、本当にさまざまなことを考えたし、日本も含めて。
いままで考えたこともないくらい考えて、悩んで悩んで悩み抜いたが、いちばんは自分がどういう野球をしたいのか、どういう環境の中で野球がしたいのかということが1番だったので。
これからいろいろぱらぱらアメリカのほうからもどういうオファーが実はあったとか、そういう話も出てくると思うが、この厳しいコロナ禍の中で、世界中が厳しいこの状況の中でも7年間、向こうでプレーしたことをものすごく評価していただき、大きなオファーというものもありました。
だがその中でも自分はこの楽天でプレーをして、また日本の方々の前で投げるということを、そこを上回るものというものは最後までなかったので、こういう決断に至りました。

Q
楽天を離れたときにいつかこういう日がくるというような希望や予感はありましたか?
A
このことについて何か少しでも言うと誤解を招いたり、そういう話題が1人歩きするのも嫌だったので、かたくなに答えてはこなかったが、大前提として楽天からオファーをいただけなければ自分が戻りたくても戻れないので、そこは一番ではあるが、また必ず日本に帰ってきて、楽天でまた、キャリアの晩年ではなくて、どこかいいタイミングでまた日本でばりばりと投げたいなという思いは初めからありました。

Q
背番号18を8年ぶりにつける心境は?
A
やはり18番という番号をつけてこのプロの野球選手としてキャリアをスタートさせている訳だし、18番というとエースナンバーというイメージがものすごくあるので、ただ自分が以前背負っていたから着けるというだけではなくて、結果であったり姿であったりでまたそういうところを示していけたらなという風に思っています。

Q
2年契約を選んだ訳は?
A
2年という契約にはなっているが、1年終わった段階で、またいろいろな球団と話をさせていただくという機会は設けていただいているので、どういう風になるかというのは自分の中でもわからないが、でもとにかく、まだアメリカでやり残したことがあるって自分では思っているので、そこに関しての自分の中での選択肢、オプションというものは完全に捨て去りたくなかったので、こういう風な契約をしていただいたが、決して腰掛けなどとかではなく、本気で日本一を取りに行きたい、楽天でプレーしたいと心から思ってのこの決断なので、そこはなまはんかな気持ちでは結局どこの世界でも成功することはできないと思うので、まずは今シーズン、全力で戦いたいと思っています。

Q
東京オリンピックへの意気込みは?
A
正直もう2020年、オリンピック開催ということだったので自分は出られない立場にあった中で延期になって、日本球界に帰ってきて、出るチャンスがあるということなので、これは心から、選ばれるのであれば、選ばれたら僕は断る理由なんてないし、出たいと思っています。
前回北京オリンピックに出たが悔しい思いをして終わっているので、野球がオリンピック競技からまたなくなってしまう状況なので、自国開催だし、金メダルを取りたいという風には思っています。

Q
オープン戦までにどこを重点的にトレーニングしますか?
A
自分の中でいろいろなところを、ボールにしてもそうだしマウンドにしてもそうだし、アジャストしていかないといけない部分というのはたくさんあると思うので、そういった部分、いろいろなことを想定しながら、生活もそうだし練習もしていければなという風には思っています。

Q
被災地の人にどんな姿を見せたいですか?
A
いまでも一緒になって頑張りたいという気持ちはもちろん、変わらずある。また近くに、いままで以上に近くにいられることで、僕に何かできることがたくさんあるかもしれないので、できるかぎりやはり協力していきたいし、みなさんと一緒に頑張っていきたいと思っているので、まずは球場のマウンドでいい姿を見ていただけるように変わらず努力していかないとなと思っています。

Q
パ・リーグで特に対戦が楽しみなバッターは誰ですか?
A
7年離れていて、いない間にたくさんいいバッターが出てきていると思うので、誰か個人名を挙げるというのはちょっとわからないが、でもいい選手がたくさんいるという認識ではあるので、そういった選手との対戦はものすごく楽しみです。

Q
柳田選手が田中選手の対戦を嫌だと言っていますが、どう受け止めますか?
A
柳田選手は同級生。その記事にも書いてあったが話したことはありません。対戦もあるが2013年は5割打たれているのでリップサービスではないですか。

Q
石井監督との縁は感じていますか?
A
正直考えていなかったです。すみません(笑)。
こうして日米と両方経験されている、しかも同じポジションの投手ということで、調整していく段階で必ずうまくいかないこととかも出てくると思うので、その時は頼りにして、いろいろとアドバイスをいただきたいと思っています。よろしくお願いします。

Q
渡米直前に野村監督とキャッチボールをしましたが、あのときを振り返っていただけますか?
A
あのとき最後に、日本での最後の1球というものを受けていただいて、野村監督の下で僕のプロのキャリアというものはスタートしたので、すごく自分の中でも感慨深いものはありました。

Q
野村さんからの教えで心に残っていることは?
A
とにかく投手は「原点能力」が大事だと教えられていたので、そこはいちばんいままでもそうだし、これからも打者の外角低めにしっかりと投げていくという練習は1番していくと思うので、これからも胸に刻みつけながらしっかりとやっていきたいと思います。

Q
アメリカでプレーしていた間に2013年を超える興奮ややりがいはありましたか?
A
また、そこはもう舞台が違うので単純に比べることはできないが、同じようにそういう風な興奮だったりやりがいというものを感じた年はありました。
だけどそこは単純に比べる、どっちがどうとかということでは自分の中ではなくて、自分の野球人生の中での大きな出来事であるのは間違いないし、アメリカに渡って7年間プレーしていたが、毎年登板前に自分のモチベーションというか集中力を上げてゲームに入っていくっていう前に見るビデオがあるが、7年間ずっと日本一の瞬間という部分は入れていただいていて、毎試合それを見てゲームに入っていたので、そういうところからもわかっていただけたら、ご理解いただけたらと思います。

Q
野村さん、星野さんにどう報告しますか?
A
また帰ってきましたということと、やはりシーズン後には日本一になりましたというご報告をすることができたらいちばんいいかなと自分の中では思っています。

Q
メジャーでプレーしていてデータやITの活用の面で驚いたことや学んだことはありますか?
A
1つそれを答える前に言っておきたいのは、僕の中では7年前で日本の野球界のことというのは止まっているので、いまはどうかというのは僕も100%はわからないので、ちょっとそこはわからないです。
とにかくデータというものは量はものすごかったし、そこを活用してやっていくというのは投打両方あったと思います。
僕自身、2017年を迎えるまではざっくりとしたデータはいただいて、それを活用しながらも実際は投げながら相手の打者がどういう反応をするかとか、どういうボールを待っているんだって観察しながら投げていたが、2017年を境にちょっと自分の中でなかなか結果が出ない時期が長くて苦しんだ年でもありました。
その中でもっとデータをもう少し細かく、深く見てみようとなって、そこから結構そういうところも重視しながら投球するようになりました。

Q
こだわりたいタイトルや数字はありますか?
A
こだわりたいタイトルは日本一。
自分がいい投球をしていればそういう数字はおのずとついてくると思います。
正直2013年でみなさんの印象は止まっている部分はあると思うので、すごく求められてる部分、ハードルというものは高いという風に思っているが、そこをまた跳び越えてやろうというところも自分の中でのやりがいの1つでもあるし、1試合でも多く、チームに勝利をもたらす投球ができればなと思います。

Q
アメリカでのプレー続行から日本での復帰に思いを切り替えさせたものは何ですか?
A
100%もう自分の中では、一応そういう契約だったりそういう話を聞かれたので答えたが、自分の中で日本一になるということ以外、本当に全然考えていないが、事実としてワールドシリーズに出てチャンピオンリングを手にしていないというところは、当初そこを目標にしてずっとプレーしてきていたので、そこはやはり、やり残した部分だという風には思っているが、どういう風に自分のこの野球人生、この先どうなるかというのもわからないし、チームを決める段階で切り替えがどうとかいう作業は自分の中では必要なかったです。自然とそういう風な気持ちになりました。