世界の「ワクチン格差」浮き彫りに 途上国ではめどたたず

新型コロナウイルスの感染拡大に対し、WHO=世界保健機関が緊急事態宣言を出してから30日で1年となります。異例のスピードでワクチンの開発が進み、先進国を中心に接種が進められる一方で、多くの途上国ではワクチンの確保や接種開始のめどはたっておらず、世界の「ワクチン格差」が浮き彫りになっています。

WHOの宣言から1年となる30日、アメリカ、ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによりますと、感染が確認された人は、世界全体で1億人を超え、亡くなった人は200万人を超えています。

これまでにアメリカやイギリスの製薬会社などが異例のスピードでワクチンを開発し、先進国を中心に接種が始まっていますが、WHO=世界保健機関によりますと、今月上旬の段階ですでに接種が始まった、あるいは、まもなく始まる見通しだという42か国はいずれも高所得国や中所得国で、経済的に豊かではない低所得国は含まれていません。

背景には、先進国が多くのワクチンを確保していることがあり、国際的なNGO「オックスファム」などの調査によりますと、カナダのように人口の5倍の数のワクチンを確保した先進国がある一方で、途上国を中心に67の国では、ことし中に接種を受けることができるのは10人に1人にとどまる見通しだということです。
こうした状況についてWHOのテドロス事務局長は今月18日、「世界は、壊滅的な倫理上の失敗を犯す寸前だ。代償となるのは貧しい国の人々の命や暮らしだ」と述べ、強い懸念を示しています。

国連は、各国に対して、ワクチンの公平な分配のための枠組みへの支援を呼びかけていて、「ワクチン格差」を是正し、世界全体に公平に行き渡るようにすることがパンデミックを終わらせるための新たな課題になっています。

ワクチンの分配が課題

新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、各国ではワクチン接種が進められていますが、ワクチンの購入が難しい国や地域に対しどのようにワクチンを分配していくかが新たな課題となっています。

イギリス・オックスフォード大学の研究者などが運営するウェブサイト「アワ・ワールド・イン・データ」によりますと、今月29日の時点で全世界で接種された新型コロナウイルスのワクチンは合わせておよそ8676万回分で、少なくとも1回は接種を受けた人の数もおよそ4825万人ですが、世界全体の人口からみるとわずかな割合にとどまっています。

人口に対して1回でも接種を受けた人の割合が多いのはイスラエルで33.9%、アラブ首長国連邦で27.9%などとなっている一方、感染拡大が深刻なイギリスは11.6%、アメリカは6.5%にとどまっています。

感染拡大を抑える手段として期待されるワクチンは、先進国を中心に確保が進み、アメリカは最大で26億回分以上、EUは最大23億回分以上のワクチンを確保したと発表しています。

その一方で、発展途上国とのワクチン確保の格差が広がっていて、アメリカ・デューク大学のまとめでは、高所得の国が確保したワクチンの量はおよそ42億回分に上る一方、中、低所得国が確保した量はおよそ19億回分にとどまっています。

WHO=世界保健機関は途上国でワクチン接種に取り組む国際団体「Gaviワクチンアライアンス」などとワクチンの公平な分配のための枠組み「COVAXファシリティ」を立ち上げ、日本を含めた190の国と地域が参加していますが、供給できるワクチンの量は20億回分にとどまる見通しで、今後、どのようにしてワクチンを分配し、供給と接種を加速させていくかが課題となります。

ワクチン大国インド

多くの途上国がワクチンの確保に苦しむ中、供給国として存在感を高めているのが、インドです。

実は、インドは国内でのワクチン製造が盛んで、インド政府によりますと、ポリオやはしかなど世界で流通するワクチンの6割がインド国内で製造される「ワクチン大国」です。
新型コロナウイルスについても世界最大と言われるワクチン製造能力を持つ大手製薬会社、「セラム・インスティチュート・オブ・インディア」がアストラゼネカと契約し、アストラゼネカなどが開発したワクチンをインド国内で製造しています。

「セラム・インスティチュート・オブ・インディア」だけで、ことし、10億回分のワクチンを製造する計画で、インド政府は、他の国内の製薬会社の分も合わせ自国民に必要な量を確保したうえで今月20日から南アジアやインド洋など周辺の国々に無償で提供し始めています。

これまでに提供されたワクチンは、バングラデシュが200万回分、ミャンマーが150万回分、ネパールが100万回分など、9か国で550万回分に上り、今後、中東やカリブ海の国々にも無償で提供するとしています。

また「セラム・インスティチュート・オブ・インディア」はブラジル、モロッコ、南アフリカなど各国にワクチンを供給するほか、国連などが関わるワクチンの公平な分配のための枠組み「COVAXファシリティ」にも2億回分を供給すると表明していて、「ワクチン大国」インドの存在感が高まっているのです。

モディ首相は28日、世界経済フォーラムがオンラインで開いた会合で演説し、「インドのワクチンは世界の国々をより大規模に、かつより早く助けることができる」と述べ、インドが途上国を含めた各国へのワクチン供給の拠点になるとアピールしました。

インドでは農村部に課題山積

インドでは今月16日から新型コロナウイルスのワクチン接種が始まり、政府は、医療従事者を最優先に、50歳以上の人や基礎疾患のある人などを対象に夏までに3億人にワクチンを接種する「世界最大規模の接種計画」をスタートさせています。

計画の開始から2週間で接種を受けた人は350万人以上に上っていますが、医療態勢が整っていない農村部では医師や冷蔵設備の不足などさまざまな課題が指摘されています。

東部の都市コルカタから車でおよそ5時間離れた農村部にある病院では、2人の医師がおよそ1万3000人の住民の医療をカバーしています。
病院にはワクチンの保管に欠かせない冷蔵設備が家庭用の冷蔵庫1つだけしかないほか、電気の供給網も不安定で、太陽光発電を併用しているものの日照時間の少ない冬場にはたびたび停電が起きるということです。

また、この地域で接種会場に指定されている公立病院はこの病院から20キロ以上離れているということで、接種を受ける人を増やすには交通手段の確保や会場の拡大が必要だということです。

一方で、この病院の現在の医療態勢で新型コロナウイルスのワクチン接種を行うことになると通常の医療提供に影響が避けられないということです。

この病院で働く医師のプラビア・チャッタージーさんは「まず最初にやるべきことはワクチンの確保ではなく、この地域に20人の医師を配置することです。公衆衛生の態勢を改善しなければなりません。7割の人が接種を受けるには3年はかかるでしょう」と話していました。
また、農村部では都市部に比べて収入が少ない傾向にあるため、住民からは費用の補助がなければ接種を受けられないという声も上がっています。

インドでは最優先の接種対象になっている医療従事者などは無料で接種できますが、それ以外の人たちの費用は明らかになっていません。

父親と金属加工業を営むトゥヒーン・ダッタさんは、インドで去年の3月から感染対策として厳しい外出制限がとられた影響で月に3万円ほどあった収入がおよそ半年間なくなり、今も以前の状態には戻っていないということです。

生活を取り戻すためにワクチンの接種を希望していますが、家族5人の接種費用を賄えるのか心配です。

ダッタさんは「もっとも貧しい人たちは無料で受けられるべきです。この地域で接種した人は聞いたことがありませんが、都市部では多くのワクチンが供給されていると思います。人々の手が届く範囲の価格で、近くで接種できるべきです」と話していました。