今は自分にできることを頑張るしかない

今は自分にできることを頑張るしかない
「いつか元に戻る日を信じて」

今年度、企業に就職した新入社員のことばです。

新型コロナウイルスは、飲食店、観光、宿泊施設、航空、多くの業界の経営・従業員の雇用を脅かし、期待に胸を膨らませた新入社員をも、先行きの見えない不安の中に引きずり込んでいます。

(社会部 記者 山田沙耶花)

憧れの仕事につけたけど…

取材に応じてくれたのはANAのグループ会社、ANAウイングスの客室乗務員、若原知夏さん(23)です。

若原さんは、子どものころから航空業界に憧れ、去年大学を卒業し採用されました。

就職活動をしていたのは、新型コロナウイルスの感染拡大前。

航空業界、特に大手の航空会社は、学生の就職先人気ランキングトップテンに入る人気企業でした。

大学の英語研究会に入り、アメリカの大学に1か月間の留学をするなど英語の勉強に力を入れるとともに、面接の練習を親や大学の就活支援員を相手に何度も繰り返して、採用試験に臨みました。

ANAグループの内定を得たときは、自分でも驚いたといいます。
若原知夏さん
「ずっとなりたかったので、本当に客室乗務員になれるんだと嬉しい気持ちがわき上がってきたのを覚えています」

入社を目前に増していく不安

若原さんが内定したのはおととし8月、入社は去年10月でした。

入社前のこの期間に、社会は激変しました。

新型コロナウイルスの感染拡大です。

航空各社では減便が相次ぎ、ANAの国際線にいたっては、2月に10%減便、3月に40%減便、4月以降は80%以上とほとんどなくなってしまいました。

この間ANAについての報道は、
『全日空 6400人一時帰休』(3月末)
『全日空 一時帰休2万人に拡大』(4月)
『全日空 21年度新卒採用中止』(7月)など。

連日のように航空業界全体の経営が厳しい状況になっていくことを伝えるニュースを若原さんは目の当たりにしました。

若原さんは、別の会社に就職した学生時代の友人から、会社がたいへんなことになっているという話を聞き、コロナの影響を身近に感じるようになっていきました。
若原知夏さん
「ニュースで毎日のように報道されているのを見て、正直不安なところもありました。ほんとうにこのまま、10月に会社に入れるのかなって」

不安で揺らぐ気持ちを支えたのは

そのとき支えてくれたのは、両親の「今が一番大変な時期。いつかは状況が戻る、今は自分にできることを頑張るしかない」という言葉でした。

この言葉をかけられた若原さんは、自分がまず会社を信じようと心に決めました。

若原さんは自分に何かできることはないかと考え、英語の勉強をしたり、救命救急について学ぶ講習を受けたりして、少しずつ不安は薄れていったといいます。

ひたむきに訓練する

そして迎えた10月、無事入社し、コロナで入社式はありませんでしたが、2か月に及ぶ訓練が始まりました。

『ANA給与削減を組合に提案』(10月)
『ANA22年度も採用中止』(11月)。

その間にも会社の経営状況は一段と厳しくなり、若原さんのグループ会社ではほかの企業に出向することになる人も出ていました。

こうした中若原さんは機内を再現した実物大の模型で、ひたむきに訓練していました。

火災を想定した訓練では、感染防止対策でマスクを着用しているためいつも以上に大声を出し、接客の訓練ではマスク越しにならざるを得ない中、特に目元を意識してコミュニケーションをとっていました。

支えになったのは同期

支えになったのは同期たちといいます。

訓練で思うようにいかないことに、落ち込んだときも同期からの「泣いてたよね?大丈夫?」というメッセージに励まされたと話していました。

訓練を終え 元日 乗務員として搭乗

元日、訓練を終えて客室乗務員として搭乗することになった若原さんに会いました。

搭乗前のブリーフィングでチーフから目標を聞かれ、訓練で見つかった自分の課題を踏まえ、なすべきことを明確にしていました。

「保安の面では常にシートベルトの確認を怠らないこと、サービスの面では早口になりやすいので、早口にならないように、かつはきはきと、お客様に笑顔を届けられるようにします」
機内の業務が始まるとシートベルトや手荷物の確認などテキパキとこなし、乗客に声が届くようにゆっくりと丁寧に語りかけ、子どもにはおもちゃをあげる心配りをするなど、落ち着いて行動していました。
若原知夏さん
「またお客様に乗りたいと思ってもらえるような空間を作り、クルーとお客様に信頼される客室乗務員になりたいです。いつかは戻ると思っているので、そのとき多くのお客様に会える日を楽しみに、日々学び成長していきたいです」
若原さんが子どものころ憧れた客室乗務員の姿にちょっとだけ近づけたのかもしれません。
今月再び緊急事態宣言が出され、航空業界を取り巻く環境は一段と悪化しています。

そんな中社会人として1歩を踏み出したことについて若原さんは支えとなった両親の言葉、同期や先輩への思いを大切に将来を信じ、しっかり前を向こうとしていました。
若原知夏さん
「自分1人という思いもありますが、一緒に頑張っている同期がいて 支えてくれる先輩がいて、アドバイスくれる人もたくさんいる。自分1人だけじゃない。新社会人として、自分も頑張ってやっていけたらと思います」

「今は自分にできることを頑張るしかない」

若原さんは就職できるか不安に陥る中で「いつかは状況が戻る、今は自分にできることを頑張るしかない」という両親のことばを胸に行動していました。

はじめは何気ない日常のことばだと思いましたが、先行きが見えないからこそ、一歩一歩前に進むことが大切だという深い思いが込められていたと考えるようになりました。

新型コロナウイルスは、あらゆる立場の人を突然襲い、少しずつ業界をむしばんでいます。

感染防止の取り組みは、感染しない、感染を広げないということだけでなく、将来を信じる新入社員をはじめ誰もが安心して働き、暮らせるようにするための取り組みだと捉える想像力が必要だと強く感じました。
社会部 記者
山田沙耶花

平成22年入局。社会部で航空分野を担当。