優先レーンを走れるけれど… 電気自動車に二の足踏む事情とは

優先レーンを走れるけれど… 電気自動車に二の足踏む事情とは
雪の降るアメリカ中西部の田舎町に響き渡るエンジン音。
「おれの車には文句のつけようがないよ」
電気自動車への関心をたずねる質問に、ピックアップトラックを運転する男性がこう答えた。これがアメリカ人のクルマだと言わんばかりの表情で。1月20日就任したバイデン大統領の最初の仕事はパリ協定への復帰。新政権は国際協調を重視し、電気自動車や再生可能エネルギーの普及など地球温暖化対策を推進していくという意思表示だ。しかし、環境政策が急進的になれば、この国を悩ませる国民の分断がさらに深まってしまうかもしれない。(ワシントン支局記者 吉武洋輔)

手本はカリフォルニア

バイデン大統領はどのような具体策を進めるのか。
そのヒントがカリフォルニア州にある。州の独立性が強いアメリカで、最も厳しい環境規制を導入している州だ。
電気自動車に関しては、規制だけでなく優遇策も活用する。高速道路の渋滞が激しいエリアには、優先して走れるレーンを設置。朝夕の通勤時間帯、ガソリン車では2人以上が乗っていなければ、走行できないこのレーンも電気自動車ならそうした条件はない。
電気自動車を買えば、毎日の渋滞に悩まされないという“感覚をくすぐる”政策だ。
さらに、州政府は2035年までにガソリン車の新車販売を禁止する目標も発表。日本勢が強みとするハイブリッド車も販売できなくなる。走行中に排ガスを出さない「ゼロエミッション」がキーワードだ。

投資熱が生む新産業

州内で見かける電気自動車のほとんどが、この州で誕生したテスラの車。そのテスラの株価は、この1年で8倍というすさまじい上昇を記録している。
この投資熱は、新興EVメーカーの成長も後押しする。ロサンゼルスにある創業6年のFaraday Future(ファラデー・フューチャー)は、資金調達に苦労した時期もあったが、EVシフトの機運の高まりを受け、経営が安定。ことし中に販売を始めるメドが立った。
完成したという車は、観音開きの自動ドア、話しかけると道を案内し、音楽を流してくれる液晶パネルを備え、人工知能を活用して衝突を軽減する安全システムも搭載。
後部座席に試乗したが、アクセルを踏み込んだときの加速力は目を見張るものがあった。価格は公表していないが、数千万円の見通し。それでもすでに8300台の予約が入っていると言う。従業員も300人に増えた。
ロバート・クルーズ副社長は「アジアにも販売を広げますよ」と胸を張った。
政府主導の電気自動車の促進策が、新たな産業を生み出す。バイデン政権が描く構想だろう。

ガソリン大国

ところが、都市部を離れると景色はがらりと変わる。飛行機と車に乗って7時間。中西部オハイオ州の田舎町に到着した。ここを取材場所に選んだのは、自動車や石油産業が盛んなこと、そして今回の大統領選挙でトランプ氏の得票がバイデン氏を上回った州だったからだ。
街を見渡しても電気自動車や充電スタンドは見つけられない。電気自動車をどう思うか、印象を聞くため、ガソリンスタンドに立ち寄ると、大型車が次々にやってきて、ガソリンを入れていた。
それもそのはず。アメリカでは1台当たりの走行距離が日本の3倍以上。石油消費量は世界一だ。とくに目を引くのが大型のピックアップトラック。ドライバーたちからはこんな声が聞かれた。
ピックアップトラックのドライバー
「仕事でトレーラーをけん引することもあるからこの車を使ってる。電気自動車はパワーがないでしょ」
「電気で走る安いピックアップトラックがあるなら考えなくはないけどね」
環境政策の象徴とも言える電気自動車だが、改善すべき課題は多い。充電スタンドの数、1回の充電で走行できる距離、そして、車体価格の高さ。
去年、GM=ゼネラル・モーターズが発表したピックアップトラック「ハマーEV」。電気自動車でも大型車はつくれるということを示したわけだが、ことし販売予定の車種の価格は最も安くて1100万円台。大型車を充電切れを心配せずに走れるようにするには、大量の電池を載せる必要があり、まだ手ごろな価格にはなっていない。

雇用喪失への不安

雇用が脅かされることへの反発もある。
「電気自動車の時代が来れば、廃業せざるをえない」
オハイオ州で自動車の整備会社を営むマット・シップリーさんは、ため息まじりにこう話した。従業員3人の小さな町工場だ。モーターで動く電気自動車は、エンジンを搭載するガソリン車とは構造が大きく異なるため、従業員を教育し直さなければいけないし、新たな設備投資も必要になる。無理やり普及させるのは反対だと、シップリーさんは言った。電気自動車はガソリン車に比べて部品点数が3分の2に減るとも言われる。アメリカ議会の調査では、車がすべて電気自動車になった場合、部品産業だけでも雇用の25%が影響を受ける可能性があると報告されている。
取材をしていた1月上旬、GMが会社のロゴを刷新すると発表した。新たなロゴは小文字で、水色を使用。理由について、GMは「電気自動車の大量導入に向けて転換点を迎えているからだ」と言い切った。2025年末までに30車種の電気自動車を投入するとも表明した。アメリカ最大の自動車メーカーのEV戦略は、T型フォードの誕生以来、100年以上にわたって築き上げた国のエンジン産業に影響を及ぼしそうだ。

問われる大統領の手腕

地球温暖化対策は、人類が逃れられない課題だ。ただ、今のアメリカは新型コロナウイルスの影響で雇用が悪化している。急進的な環境政策で働く場所を失う人が出てくれば、反発を生むリスクもある。トランプ氏が環境より雇用を訴えて多くの民衆を魅了したのはまだ4年前のことだ。
分断が深まるアメリカで、バイデン大統領が痛みを伴う改革ともなりかねない温暖化対策をどのように進めていくのか。自動車関連産業が500万人以上の雇用を担う日本にとっても対岸の火事ではなく、バイデン新政権の政策から目が離せない。
ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局・経済部を経て現所属