「政権批判で失職、逮捕まで…」

「政権批判で失職、逮捕まで…」
退屈そうに目を閉じたままの議員。スマートフォン画面に見入ったままの議員。そして、居眠りしている政府高官たちの姿・・・。
ある議会の様子です。そこでは、つい最近まで激しいやり取りが行われ、「自由」や「権利」を求めて闘う議員の姿がありました。
しかし、ある日を境に、闘う議員たちはこつ然と消え、その熱気は完全に失われてしまいました。
(香港支局 若槻真知支局長)

反対派が消えた議会

それは、香港の議会である「立法会」です。
2018年、記者(私)が初めてその場所を訪れた際には、激しいヤジの応酬や熱気、必死に自分たちの主張を展開しようとする姿に驚きさえ感じました。
しかし、突然、「自由」や「権利」を求めて闘う議員が姿を消しました。

政府をチェックするという議会本来の機能さえ、完全に失われてしまったようにも思えます。

きっかけは中国の決定

そのきっかけとなったのは去年11月11日。

中国の全人代=全国人民代表大会の常務委員会が発表した、香港の立法会議員についての新たな基準です。

次のようなケースに該当する場合は、議員の資格を失うというルールを定めたのです。

▼香港独立の主張を支持
▼外国勢力に香港への介入を要求
▼国家の安全に危害を加える行為
▼香港政府に忠誠を尽くすという要求に従わない 
                       など。

新たな基準について、中国政府は次のように説明しています。
「愛国者が香港を治める原則についての基本的な要求だ」

これを受けて、香港政府はただちに4人の民主派議員の資格を剥奪すると発表しました。

突然、彼は仕事を失った

「どうすれば愛国者なのか、よく分かりません。国を愛する人は、国に進歩してもらいたいので、支持する以外に批判もするはずです。永遠に質問や批判をしないのが忠誠なのでしょうか」
こう語るのは資格を剥奪された議員のひとり、郭家麒さん(59)です。

長年、どうすれば香港をよりよい社会にできるか、政府の政策に対し問題点を指摘してきました。

民主派の政党に所属し、中国の統制が強まるなかでも香港の高度な自治を守ろうと活動を続けてきました。

しかし、反論の機会もなく仕事を奪われました。
取材に訪れた私に、郭さんはため息交じりにこう話しました。
郭さん
「もう政治から身を引くしかありません。12年間の議員人生で、私は何も成し遂げられなかった。香港の政治は進歩するどころか、逆に後退してしまいました」
郭さんは、長年、「自由」と「権利」を求めて闘い続けてきた議員の1人です。

私は「あきらめずに闘う」という言葉を想像していただけに、ショックを受けました。

「闘いはとうとうついえてしまったのかもしれない」と思わずにはいられませんでした。

なぜ「非暴力」の郭さんが…

私には「よりによって郭さんを?」という違和感がありました。

郭さんは、中国への強烈な拒否感を示す若者たちとは一線を画した、穏健な立場の民主派だったからです。
郭さんはもともと医師です。

命を何よりも大切にする考えから「非暴力」へのこだわりの強い政治家でした。

私が郭さんに最初に会ったのはおととし8月。

ある事件がきっかけでした。

抗議活動のさなか、警察関係者と疑われた中国本土の男性が、若者たちから暴行を受けました。

この時、現場で殺気立つ若者たちを必死に制止したのが郭さんだったのです。

郭さん自身も若者から攻撃を受けかねない行為でした。

私は、当時、郭さんが話した言葉をよく覚えています。
郭さん
「たとえ警察などが香港の市民に暴力を加えていても、私たちは同じやり方で仕返ししてはいけない。そんなことをすれば若者たちは刑務所生活を強いられることになる。それでは心が痛むのです」

”外国勢力との結託”が理由!?

そんな郭さんがなぜ資格剥奪の対象となったのか。

”外国勢力と結託した”とみなされたことが理由だとみられます。

郭さんが所属する民主派の政党は、おととし、アメリカに対して「香港の人権と民主主義を支援する法律」の早期成立を促し、中国に圧力をかけるよう積極的に呼びかけていました。

郭さんはその呼びかけ人の1人に名前を連ねていたため、中国が決めた新たな基準でも問題視されたとみられています。

中国は、香港の問題にアメリカなど欧米各国が口出することを強く警戒していますが、郭さんに直接尋ねると、これには首をかしげていました。
郭さん
「”外国勢力との結託”なんて、私には見当もつきませんでした。そもそもそんな能力はありません。私の得意分野は医療ですから。支援を呼びかけたのは、香港の一国二制度がダメになりそうだから、力を貸してもらおうというもの。これは正々堂々とやっていることです。どこが結託だというのでしょう」

誰でも資格剥奪の対象に「もう闘うのは無意味…」

穏健な民主派だった郭さんの議員資格を剥奪した今回の決定。

それは、郭さんと同様の主張をし、行動を共にしていた議員、誰もが対象となりうることを意味しています。
郭さんが失職した同じ日、民主派の15人の議員は、せめてもの抗議の意志を示そうと辞職を表明しました。

その結果、立法会で残った議員43人のうち政府を支持する親中派が41人を占め、反対する側の議員はほぼいなくなりました。

市民に広がる無力感

中国が香港の議会に直接介入し、民主派の議員を力づくでねじ伏せる決定。

しかし市民の反応は低調です。

香港では、去年6月末に香港国家安全維持法が施行されて以降、デモや集会などの抗議活動は、ほぼ完全に封じ込められています。

反対の声を上げたくても手段がないのです。

市民の間には無力感が広がっていました。
「中国が決めてしまったら、私たちがどうやって反対できるのでしょう」。

「これからはどんな法律でも通ってしまうでしょう。立法会の意味がなくなり、もう投票にも行かないつもりです」

「もう闘うことは無意味です」

私は、郭さんが立法会を去る前に、議員控え室を訪ねました。

荷物の整理に追われていた郭さんは、香港の将来への失望感を強めていました。
郭さん
「香港にも完全ではなくとも民意が尊重されていた時代がありました。しかし、今の香港では闘うことは無意味です。中国にとって国家の安全を害すると思われれば、どんな行為でも逮捕される、そんな状況で闘うことはできません。若者たちにももう勧めたくありません。私にも、もうどうすればよいのかわからないのです。このままでは香港はどんどん萎縮、後退するしかありません」

「香港国家安全維持法」違反で逮捕

議員の仕事を奪われてから2か月後のことし1月6日早朝。

郭さんが逮捕されたという知らせが入りました。

「国家政権の転覆を狙った」として、香港国家安全維持法に違反した疑いが持たれたのです。

問題視されたのは、去年9月に予定されていた立法会議員選挙を前に、民主派が実施した予備選挙。

逮捕者は、前議員や区議会議員など、郭さんを含め55人にのぼりました。

政権を批判する民主派を議会の場から排除するだけでなく、罪に問おうとする動き。

およそ40時間後に保釈された郭さんは、疲れ切った姿で声をふりしぼりました。
郭さん
「民主、自由を求める人が、罪に問われるのを目にすると、もう香港がどこか知らないところになってしまったように感じます。恐怖であきらめるべきなのか、私にも答えがありませんが、みんなに伝えたい。困難の中でも頑張って乗り越えようと」。

法律施行で失われた自由

香港国家安全維持法の施行前、香港政府は「対象になるのは、ごく限られた人だけだ」と何度も強調しました。

しかしすでに民主派の中心的なメンバーのほとんどが、この法律に違反したとして逮捕されています。

それだけではなく、デモや集会などの抗議活動や政府に批判的なメディアへの締めつけ、市民に密告を促す通報窓口の設置など…市民にとっては、自分の意見を堂々と主張し、政府を批判することができた空間が次々に失われていく現実を思い知らされる毎日です。

日々のささいな言動によって誰かに通報されるのではないかとおびえることなど、香港では誰も予想もしませんでした。

ついこの前まで当たり前だった自由な社会がこんなにも簡単に変わってしまうとは。

そのあまりのもろさに衝撃を受けています。
そしてこの先、中国による統制はもっと強化されていくのではないか、そんな思いも抱きつつ、これからも香港の変化を見つめていきます。
香港支局長
若槻真知
国際部、ソウル支局、
富山放送局を経て
2018年から香港支局