ふだん意識はしないけど…

ふだん意識はしないけど…
きょう着ている服、きのう飲んだワイン…。私たちの身の回りは、世界中から海を越えてやってきた製品であふれています。ふだん意識はしませんが、それらを運ぶのは船。その世界に大きな変化の波が押し寄せています。
(社会部 記者 須田唯嗣)

深夜、霞ヶ関の一室で… 約110か国の国際会議

去年11月、深夜、霞ヶ関の国土交通省の一室で、ある会議が続いていました。

中をのぞくと、飛び交っていたのは英語。

新型コロナウイルスの影響でオンラインで開かれた国連の専門機関、IMO=国際海事機関の海洋環境保護委員会で、およそ110か国の代表が参加していました。

議長国は日本。

テーマは“船”の温暖化対策です。

温暖化対策といえば温室効果ガスの削減目標を国ごとに定めるイメージがあるかもしれませんが、国と国とを行き来する船に関しては、「国ごと」の概念がありません。

船の国籍である船籍で考えればいいと思うかもしれませんが、税金が安いなどの理由で便宜的に他の国に籍を置くケースが多く、国土交通省によると世界の船の80%が発展途上国の船籍です。

そのため、国別のアプローチではなく、世界中を行き交う船を指す「国際海運」というくくりで、IMOが削減に取り組むことになっています。

「国際海運」 温室効果ガスの排出量は?

では「国際海運」からは、どれほどの温室効果ガスが排出されているのでしょうか。

上のグラフは、IEA=国際エネルギー機関が2017年のデータでまとめた世界の二酸化炭素の排出量です。

世界で合計328億トン、このうち、船は2.1%。

これは2.2%のドイツ一国に匹敵する排出量です。

ちなみに日本は3.4%で、菅総理大臣は2050年までに全体としてゼロにすると表明しています。

IMOは「各国の取り組みに乗り遅れてはいけない」と、危機感を募らせています。

「国際海運」10年間で1.4倍 日本も大きく依存

危機感の背景にあるのは、グローバル化による国際海運の輸送量の増加です。

2018年までの10年間で、1.4倍に、2050年には、3倍に増えるとも見込まれていて、何も手を打たなければ、それだけ温室効果ガスの排出量も増えてしまうからです。
1990年代の世界的な温暖化対策の議論をきっかけに、少しずつルール作りを進めてきたIMO。

議論をけん引しているのが、北欧や日本です。

肉、魚介、フルーツをはじめとした食料、石炭などのエネルギー、衣服の原料…。

日本は多くの物を海外に頼り、輸入の輸送手段に占める船の割合は実に99.7%。

輸送コストが飛行機よりも低いからで、日本は海洋大国であることと表裏一体で、“船依存”大国でもあるのです。

「すべての船のエコ化」新たなルールに

記事冒頭の委員会で、議長国の日本は複数の国と共同で温室効果ガスの削減を義務づける新たなルールを提案し、承認されました。

新たなルールは端的に言えば「すべての船のエコ化」。

これまで、新たに建造される船に対しては排出量の規制がありました。

新しいルールでは、既存の船についても燃費に規制をかけ、排出量ができるだけ少ない速度で運航するよう促してエコ化をはかるようにします。

発展途上国を中心に、船の入れ替えなどでコストが高まるとして反対する声もあったということですが、議長も務める国土交通省海事局の斎藤英明技術審議官は、粘り強く働きかけたことで各国の同意を得られたといいます。
国土交通省 斎藤技術審議官
「日本は会議の半年以上前から、今回の提案について各国と調整し、理解の浸透を図ってきた。世界のほとんどすべての船に規制がかかる枠組みが整い、極めて重要な第一歩だと思う。海洋大国である日本だからこそリーダーシップを発揮し、“国際海運”としての削減を導いていかないといけない」

未来の船「エコシップ」 開発状況は?

大きな変化の波が押し寄せている船の世界。

日本の海運会社や造船会社は、先を見据えた準備を急いでいます。

いま、各社が力を入れるのは、燃費改善を図った「エコシップ」の開発です。

このうち海運大手の日本郵船は、温室効果ガスの排出を“ゼロ”とする大型貨物船を、2050年に開発する目標を掲げ、コンセプト船を発表しました。
エネルギーには、二酸化炭素を排出しない水素エネルギーを使い、太陽光も併用。

船の底に空気を送り込んで、船底と海水の摩擦による抵抗を低減させる「空気循環システム」なども搭載するとしています。

水素エネルギーの船への利用は、一部で実証実験が始まったばかりで、「まだ先の話…」ですが、空気循環システムなど一部の技術はすでに実用化されています。

去年11月には日本で初めて、従来の重油ではなく、温室効果ガスの排出が少ないLNG=液化天然ガスで航行する大型貨物船が就航しました。

一足飛びで“ゼロ”にたどりつくのは難しいですが、各企業は足もとで、効率よく走ることができる技術に磨きをかけています。

開発担当者は、「単体の技術での削減効果は数%という感じだが、その積み重ねが大きな効果を生む。日本の造船技術は世界一だと自負している。技術でしか、温暖化問題を解決できないと思っているので、新しい船のあり方をこれからも研究していきたい」と話していました。

「自動運航」どこまで? 実証実験に密着

さらに、国が旗振り役となっている別のアプローチもあります。

それは自動運航船の開発です。

国土交通省は、船舶の技術開発で国際的に優位な分野を確立するため、レーダーやカメラなどを使って遠隔や自動で航行するシステムを搭載した船を、2025年までに実用化する目標を掲げています。

実用化の主眼は、事故の減少や船員の負担軽減ですが、意外なことに環境にもプラスに働くと言うのです。

自動運航技術が確立すれば、AIが最適な航路を提示し、航行速度なども調整してくれます。

船の燃料消費は最適な速度で、一定である方が抑えられ、気象・海象情報を分析して潮の流れに乗ることができれば、効率性も高まります。

また、各船が最適な航路をとることができれば、港に入れずに滞留する、いわゆる「待ち」の時間で燃料を消費することも少なくなると見込まれます。
では、その自動運航技術はどこまで進んでいるのか。

去年12月、神戸大学などが大阪湾でAIによって自動でかじをとるシステムの実証実験を行いました。
このAIは、シミュレーションで自船の周辺の船をよける判断を計2400万回行い、学習しています。

実証実験では、船の位置情報などを示すAIS=船舶自動識別装置の情報などをもとに、しっかりと回避できるのかを確かめました。
上の写真の赤いだ円の範囲が、AIシステムを搭載した船が安全を判断する領域です。

AIは、水色の線で示された目的地の方向を基本にしながらも、領域にほかの船が近づいてくると自動で速度や向きを変更し、よけていました。

誰もかじに触れず、「船の指揮」をコンピューターが行う状況は、きつねにつままれたような不思議な感覚でした。
システムを中心になって開発 大阪府立大学 橋本博公教授
「システムとしては陸上のシミュレーションと同じ動きをしていて、正しく機能することが確認できた。実証実験が進めば、安全回避だけではなくて最適な航路の判断もできる見込みで、近い将来だと思う」

脱炭素へ機運高まる中、身の回りの物に意識を

アメリカのバイデン新大統領が地球温暖化対策の国際的な枠組み、「パリ協定」に復帰するための文書に署名するなど、国際的に脱炭素社会の実現に向けた機運が高まる中、船による貿易大国、日本の技術開発にはさらなる期待が高まります。

しかし、日ごろ、目の前にある日用品や食料品がどう運ばれてきたか、温室効果ガスとどう関係しているのか、私は取材するまで意識していませんでした。

同じように意識していない人もいると思います。

取材してみると、こうした縁遠いことを、身近に感じてもらおうというイギリス発祥の取り組みがありました。

商品が生産・消費される過程で二酸化炭素をどれだけ排出しているのか算出する、「カーボンフットプリント」と呼ばれる制度です。

例えば野菜を使った食品であれば、原材料を栽培する時に使用されたトラクター、店頭まで運んだトラック、こうした、製造や配送の過程の排出量もパッケージなどに明示することで、消費行動の判断基準にしてもらおうというもので、日本でも広めようという動きがあります。

今注目のSDGsにもつながる話です。

「温暖化対策」と言われるととっつきにくいですが、「いま飲んでいるコーヒーの豆はどんな船に揺られて手元にきたんだろう」、そんなことを時々、“わがこと”として考えてみることが、第一歩かもしれません。
社会部 記者
須田唯嗣

平成26年入局。初任地は松江局。警視庁担当を経て国土交通省(海分野)担当。海の無い長野県出身。