旧優生保護法で不妊手術強制 賠償請求訴訟きょう判決 札幌地裁

旧優生保護法のもとで不妊手術を強制されたとして札幌市の70代の男性が国に賠償を求めた裁判の判決が15日、札幌地方裁判所で言い渡されます。全国で起こされている一連の裁判で、国の賠償責任が初めて認定されるか注目されます。

札幌市に住む小島喜久夫さん(79)はおよそ60年前に、精神障害を理由に旧優生保護法に基づく不妊手術を強制されたと主張して札幌地方裁判所に訴えを起こし、国に1100万円の損害賠償を求めています。

裁判で、原告側は国の誤った政策によって憲法で保障された個人の尊厳や子どもを産み育てる権利を奪われたなどとして司法による救済を求めています。

一方、国側は、不妊手術が行われた昭和30年代から提訴までに20年が過ぎていて賠償請求はできないと主張し、訴えを退けるよう求めています。

全国で起こされている同様の裁判では、これまでに仙台と東京それに大阪でいずれも原告の訴えが退けられています。4件目となる今回の判決で国の賠償責任が初めて認定されるかが焦点です。

判決は午後3時半から言い渡され、札幌地方裁判所がどのような判断を示すのか注目されます。

裁判の争点は

今回の裁判では、改正前の民法で規定されていた「除斥期間」と呼ばれる賠償を求められる20年の期間をいつから数え始めるかが大きな争点になっています。

提訴の時点で20年を過ぎていると判断されると、原則として訴えが認められないとされています。

原告の小島さん側は「平成30年1月に全国で初めての仙台での提訴が報道されたことをきっかけに、国の法律によって不妊手術が強制されたのだと認識した。この時点を起算点とすべきだ」と主張しています。

また、この時点が認められないとしても現実的に提訴できるようになったのは、平成29年に日弁連=日本弁護士連合会が救済措置を求める意見書を公表した時点や、平成13年に熊本地裁がハンセン病患者への強制不妊手術について「非人道的だ」と指摘した時点などだとして、いずれにしても20年は経過していないと主張しています。

また、被害は甚大で、原告が手術から20年以内に裁判を起こすことは事実上、不可能だったことなどから、除斥期間を適用することは著しく正義・公平の理念に反するとも主張しています。

これに対して国側は「20年の起算点は原告が不妊手術を受けた昭和30年代からとすべきで、国の賠償責任はすでに消滅している」と主張し、原告の訴えを退けるよう求めています。

原告 小島喜久夫さん

原告の小島喜久夫さん(79)は昭和16年に生まれ、まもなく北海道石狩地方の農家に養子として引き取られました。家庭環境になじめず、中学校に入ったころから生活はすさんでいったということです。

そして、19歳のころ自宅に帰ると警察官に手錠をかけられて精神科病院に連行され、入院中に不妊手術を強制されたということです。小島さんはその後、2度の結婚を経験していますが、最初の妻には不妊手術のことを打ち明けられませんでした。

3年前の平成30年、全国で初めての裁判が仙台地方裁判所に起こされたことを報道で知ったのをきっかけに今の妻に不妊手術を強制された過去を告白したということです。

小島さんはその年の5月、札幌地方裁判所に訴えを起こし、被害の実態を広く知ってほしいと各地で起きている裁判の原告としては初めて実名を公表していました。

旧優生保護法と国の対策

「旧優生保護法」は、終戦後まもない昭和23年に施行されました。当時は戦地からの大量の引き揚げ者や出産ブームによる人口の急増が大きな社会問題となっていました。

戦後復興のためには、人口の増加を抑えるとともに優秀な人材が必要だとして、法律では人工妊娠中絶に加えて本人の同意がなくても精神障害や知的障害などを理由に不妊手術を強制することができるとしました。

当時は親の障害や疾患がそのまま子どもに遺伝すると考えられていたことが背景にあり、法律には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と明記されました。

さらに国は、こうした手術を推進するため自治体に通知を出し、手術を拒否した場合、身体的に拘束したり麻酔などを使ったりするほか、偽って手術することも認めていました。

国の統計によりますと強制的な不妊手術は、最も多かった昭和30年ごろには年間1200人余りに行われていました。

法律の施行からおよそ半世紀たった平成8年、国内外からの批判の高まりを受けてようやく法律が改正されましたが、この間、強制的な不妊手術は1万6500人に行われ、本人が同意したケースを含めると不妊手術を受けた人は合わせて2万5000人に上りました。

法律が改正されたあと、国連人権規約委員会などの国際機関が政府に対し、被害を補償するための法的措置をとるよう繰り返し勧告しました。しかし国は不妊手術は法律に基づいて合法的に行われていたと主張し、一貫して謝罪や補償には応じてきませんでした。

4年前には、日弁連=日本弁護士連合会がみずからの意思で出産や子育てを決めるという憲法で保障された権利を侵害していたとして、国に謝罪や補償などを速やかに実施するよう求める意見書を出していました。

救済に向けて大きく動き出したきっかけとなったのが3年前、平成30年1月でした。旧優生保護法のもとで不妊手術を受けさせられた宮城県の60代の女性が子どもを生み育てる権利を奪われたとして、国に損害賠償を求める初めての裁判を起こしたのです。

その後、裁判を起こす動きが広がり、原告側の弁護団によりますと、これまでに全国9つの地方裁判所で訴えが起こされています。

こうした動きを受けて政治的な救済に向けた機運が高まります。超党派の議員連盟が立ち上がったほか、自民・公明両党の作業チームも設けられ、救済に向けた議論が急速に進みました。さらに、この救済策に当事者の声を反映させようと「被害者の会」が設立され、当事者やその家族が団結して声を上げました。

そして、おととし4月。おわびや、一時金として一律320万円を支払うことなどを盛り込んだ救済法が成立しました。

厚生労働省によりますと、これまでに少なくとも1018件の申請があり、先月末の時点で、833件の支給が認められたということです。

救済法では国が同じ事態を繰り返さないよう旧優生保護法を制定したいきさつなどを調査することも定められていて、去年6月から衆参両院の厚生労働委員会が調査を開始し、3年程度かけて報告書をまとめることになりました。

一方、一連の裁判ではおととし5月に初めてとなる判決が仙台地方裁判所で言い渡されました。判決では強制的な不妊手術を認めていた旧優生保護法そのものが憲法に違反していたと判断されたものの、国への賠償請求は退けられました。その後、東京と大阪でも判決が言い渡されましたが、いずれも国の賠償責任は認められませんでした。