元慰安婦の損害賠償裁判 日本政府に賠償命じる ソウルの地裁

韓国の元慰安婦の女性12人が「精神的な苦痛を受けた」として日本政府に損害賠償を求めていた裁判で、ソウルの地方裁判所は、日本政府に対し、原告1人当たり日本円にしておよそ950万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。裁判に出席していない日本政府が控訴しなければ判決が確定し、原告側が日本政府の資産の差し押さえを求める可能性もあります。

韓国の元慰安婦の女性12人は「反人道的な犯罪行為で精神的な苦痛を受けた」として日本政府に対して損害賠償を求める訴えを起こし、去年4月に審理が始まりました。

日本政府は、主権国家はほかの国の裁判権に服さないとされる、国際法上の主権免除の原則から訴えは却下されるべきだとして、裁判には出席しませんでした。

1審のソウル中央地方裁判所は8日の判決で、主権免除の原則について「計画的かつ組織的に行われた反人道的な犯罪行為だ」として、今回の裁判には適用されないとする判断を示したうえで、原告側の訴えをすべて認め、日本政府に対し、原告1人当たり1億ウォン、日本円にしておよそ950万円、合わせておよそ1億1400万円の支払いを命じました。

また、原告の損害賠償請求権は、1965年の日韓請求権協定や、2015年の慰安婦問題をめぐる日韓合意の適用対象に含まれず、消滅したと言えないとしています。

原告側は、日本政府が賠償に応じない場合、強制執行の手続きも辞さない構えで、裁判に出席していない日本政府が控訴しなければ判決が確定し、原告側が韓国国内にある日本政府の資産の差し押さえを求める可能性もあります。

日韓関係がさらに冷え込むのは避けられない見通しで、今後は韓国政府の対応が焦点となります。

焦点は「主権免除」の適用

この裁判をめぐっては、韓国の裁判所が、書類を一定期間ホームページに掲示することで訴状が日本政府に届いたとみなす「公示送達」の手続きをとり、去年4月に審理が始まりました。

日本政府は、主権国家はほかの国の裁判権に服さないとされる、国際法上の「主権免除」の原則から訴えは却下されるべきだという立場で、裁判には出席しませんでした。

一方、原告側は「人権に反する行為には『主権免除』は適用されるべきではない」などと主張しました。

このため韓国の裁判所が、「主権免除」の原則について適用するのかどうかが焦点となっていました。

官房長官「極めて遺憾 断じて受け入れることはできない」

判決を受けて、加藤官房長官は閣議のあとの記者会見で「極めて遺憾で、断じて受け入れることはできない」と述べ、日本政府として強く抗議したことを明らかにしました。

この中で、加藤官房長官は「国際法上の主権免除の原則から、日本政府が韓国の裁判権に服することは認められず、本件訴訟は却下されなければならないとの立場を累次にわたり表明してきた」と述べました。

そして「慰安婦問題を含め、日韓間の財産・請求権の問題は、1965年の日韓請求権・経済協力協定で、完全かつ最終的に解決済みであり、2015年の日韓合意において『最終的かつ不可逆的な解決』が両政府の間で確認もされている。それにもかかわらず、このような判決が出されたことは極めて遺憾であり、日本政府として、断じて受け入れることはできない。極めて強く抗議した」と述べました。

そのうえで「韓国が国家として国際法違反を是正するために適切な措置を講じるよう強く求める。また今月13日に判決が予定されている類似の訴訟においても、訴訟は却下されなければならず、韓国政府が日韓合意に従って適切な対応をとることを強く求める」と述べました。

一方、加藤官房長官は「国際法上の主権免除の原則から、日本政府が韓国の裁判権に服することは認められないという立場から、日本政府が控訴する考えはない」と述べました。

外務次官 韓国の駐日大使に抗議

外務省の秋葉事務次官は、8日午前11時半ごろ、韓国のナム・グァンピョ(南官杓)駐日大使を外務省に呼んで、およそ10分間面会しました。

この中で、秋葉次官は、主権国家はほかの国の裁判権に服さないとされる、国際法上の「主権免除」の原則を否定した今回の判決は極めて遺憾であり、日本政府として断じて受け入れられないとして、抗議しました。

また、慰安婦問題を含む日韓の財産・請求権の問題は1965年の請求権協定で完全かつ最終的に解決済みであり、慰安婦問題については2015年の日韓合意で「最終的かつ不可逆的な解決」を両国政府で確認しているとして、韓国政府に対し、国際法違反の状態を是正するよう重ねて求めました。

面会のあとナム大使は、記者団に対し「今回の判決と関連する日本政府の立場を聞いた。私たちとしては日韓関係に影響を与えないよう解決のための努力をするつもりだと伝えた」と述べました。

韓国外務省「裁判所の判断を尊重」

韓国外務省の報道官は、8日の判決を受けて論評を出し「裁判所の判断を尊重し、慰安婦被害者たちの名誉と尊厳を回復するために努力を尽くしていく」としています。

その一方で、慰安婦問題をめぐる2015年の日韓合意は公式の合意だとしたうえで「判決が外交関係に与える影響を綿密に検討し、両国間の建設的で未来志向的な協力が続くよう、努力していく」としています。

原告側の弁護士「意味のある判決」

裁判のあと原告側の弁護士は記者団の取材に応じ「意味のある判決だ」と述べました。

また、裁判所が「主権免除」の原則は適用されないとする判断を示したことについて「ひどい人権弾圧だったので、十分可能だと考えていた」と述べました。

裁判に出席していない日本政府が控訴しなければ判決が確定し、原告側が韓国国内にある日本政府の資産の差し押さえを求める可能性もあります。

これについて原告側の弁護士は「強制執行できる財産があるのか検討しなければならないので、きょう答えるのは難しい」と話しました。

このほか、元慰安婦を支援する団体の代表らが声明を発表し「日本政府は問題を率直に認め、心からの謝罪を行うなど、全面的な法的責任を取らなければならない」などとしています。

別の裁判 今月13日に判決

韓国では、今回の裁判とは別に、元慰安婦の女性と遺族が日本政府に損害賠償を求めていて、今月13日に判決が言い渡される予定です。

この裁判は、元慰安婦の女性や遺族合わせて20人が「精神的、肉体的な苦痛を強いられた」として、日本政府に対し合わせて30億3000万ウォン余り、日本円にしておよそ2億8700万円の損害賠償を求めています。

この裁判についても日本政府は、国際法上の「主権免除」の原則から訴えは却下されるべきだとして、出席していません。

原告には去年、元慰安婦を支援する団体の運営に問題があると指摘した、元慰安婦のイ・ヨンス(李容洙)さんも含まれています。

専門家「日韓関係 深刻な危機の懸念」

韓国政治に詳しい静岡県立大学の奥薗秀樹教授は、判決による日韓関係への影響について「『徴用』をめぐる判決は個人対民間企業だが、今回は日本という国に対する判決でより深刻だ。今後、理論上は韓国にある日本の国の資産が差し押さえられる可能性が生まれ、そうなると日本側も対抗措置に出ざるをえないことになる。日韓関係が極めて深刻な危機に陥ることが懸念される」と指摘しました。

また、判決を受けた韓国政府の対応について「これまでもムン・ジェイン(文在寅)大統領は『司法判断を尊重する』と何度も口にしているので、きょうの判決に対してもその立場が貫かれるとみなければならない。日本政府が求めるような対応をとることは期待できないだろう」という見方を示しました。

そのうえで「中長期的に見たときに日韓は2国間関係にとどまらず、アジア・太平洋地域という面で関係を良好に保つことが重要で、現状のまま放置してはならないことを両国は考えないといけない。日本側は判決が与える影響の深刻さをムン政権の中枢と共有するための取り組みをしないといけないし、韓国側も中長期的には日本との関係が重要だという認識を持つべきで、双方が戦略的に関係をつくっていく視点に立たないといけない」と話していました。

韓国メディアも報道

今回の判決について韓国メディアは、今後の日韓関係に及ぼす影響などについて伝えています。

このうち夕刊紙の「文化日報」は「関係最悪へ」という見出しで「両国の関係が最悪の状態に向かうとの見通しが出ている。『徴用』の判決による葛藤が続く中、両国関係の大きな悪材料となることは明らかだ」と伝えています。

また通信社の連合ニュースは「『徴用』のときは日本企業が被告で、う回路を見いだす両国政府の努力もあったが、今回は被告が日本政府なので議論の一歩を踏み出すことすら難しいとの指摘も出ている」としています。

そのうえで「韓国政府は『徴用』のときのように司法の判決を尊重するという立場を取ると見られる。この原則を維持しながら、日本が満足する解決策を韓国政府が見つけるのは簡単ではないだろう」と指摘しています。