「地球の歩き方」を襲った新型コロナ “それでも歩き続ける”

「地球の歩き方」を襲った新型コロナ “それでも歩き続ける”
再び出された、緊急事態宣言。新型コロナウイルスの猛威がやまない中、創刊から40年の海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」も、厳しい状況に直面しています。海外に自由に出かけられない状況の中、この本を片手に見知らぬ街を歩き回った思い出がよみがえってくる人も多いのではないでしょうか。ガイドブックはこれからどうなるのか?編集長に聞きました。(ネットワーク報道部記者 加藤陽平)

事業譲渡…!?

ダイヤモンド・ビッグ社は去年11月、「地球の歩き方」を中心とする出版事業とインバウンド事業を学研グループに譲渡すると発表しました。

私も海外に行くたびにガイドブックのお世話になった1人ですが、この発表にネット上では…「え!地球の歩き方 無くなるの!?」と、早とちりした人も。

「地球の歩き方」を頼りに大学時代から海外を放浪してきた、編集長の宮田崇さん(43)を取材すると。
宮田編集長
「あくまで版元が変わるだけなので、滅ぶわけじゃないです。譲渡されたあとも本は出ます」

ツアーから個人旅行へ

日本人の海外旅行の歴史と共に歩んできた「地球の歩き方」。海外旅行のバイブルとも呼ばれ、ガイドブックとしては最大手です。これまでに169の国と地域をカバー、現地の交通手段や注意点に加え歴史なども網羅し、人気を集めてきました。

創刊は1979年。1970年代にダイヤモンド・ビッグ社で大学生向けに海外旅行ツアーを企画したのがきっかけです。

時は高度経済成長まっただ中。海外旅行客も急増し、日本人の出国者数は1971年に初めて100万人を突破。1973年には1ドル=360円の固定相場制が終わり、円高が進んだことも後押ししました。
当時、海外旅行といえば、決まったコースをまわる団体旅行が一般的でしたが、ダイヤモンド・ビッグ社は行き帰りの航空券だけを確保する自由旅行を提案。学生たちは卒業前に「世界を見てやろう」と、ローンを組んで参加しました。
宮田編集長
「大卒初任給が10万円程度だった時代に航空券は40万円くらいしました。1回の旅行にかける情熱はすさまじいものがありました」

バックパッカーを牽引

この自由旅行に参加した学生たちには、感想文を書いてもらっていました。感想文にはホテルの料金や住所など現地の情報が書かれ、これをまとめて旅行のパンフレットを仕立てました。

そのパンフレットに凝縮された、安く長く海外を旅するノウハウを書籍にしたのが、「地球の歩き方」だったのです。
まず「アメリカ編」と「ヨーロッパ編」を発行しました。
表紙には「1か月以上の期間1日3000円以内でホテルなどの予約なしで旅する人のための徹底ガイド」

荷造りのコツを説くページでは「Tシャツは厚手のものが1つあればOK、ズボンは1か月着たきり。着替えは上下一枚あれば十分である」
アメリカ編には、「食事代は平均1日7~8ドル、ぜいたくな日で1日10ドル前後」と書かれていました。

個人旅行がまだめずらしかった時代、「地球の歩き方」は「1日でも長く海外を旅したい」というお金のないバックパッカーの心をつかみました。

多様化する海外旅行に合わせて

1985年のプラザ合意を経て一段と円高が進み、日本人の海外旅行熱は高まります。
1986年に500万人を超えた出国者数は、バブル景気で倍増。
1990年には1000万人を突破するまでになりました。

ガイドブックがカバーする国や地域は直行便が就航するたびに、どんどん増えていきました。さまざまな旅先、旅の楽しみ方が生まれ、内容も多様化していきます。
当初はバックパッカー向けにいかに安く旅するかをアピールしていましたが、その後は改訂を重ね現在は現地の高級ホテルなどもカバーするようになりました。

さらに大きな変化は2010年代、スマートフォンの世界的な普及です。スマホ片手に地図も現地情報も手に入れられるようになり、ガイドブックがなくても個人で海外旅行を楽しめるようになりました。

環境の変化で「地球の歩き方」の売り上げは徐々に減少。それでも、写真を多く載せた雑誌風のガイドブックなど、細分化する旅行ニーズに合わせた本をつくることで売り上げを維持しました。
実はこの会社で発行している出版物は、最近4年間は右肩上がりで部数を伸ばしていました。出版不況が叫ばれる中でも、決して経営が苦しいわけではありませんでした。

新型コロナが猛威を振るうまでは…

新型コロナが直撃 取材ができない!

事業譲渡は編集長の宮田さんや社員たちにも突然告げられました。
宮田編集長
「率直に驚きました。ただ、編集長なので(コロナ後の)毎月の売り上げは知っていたので、『時が来たか』と」
ガイドブックである以上、海外の現地情報こそが生命線。「地球の歩き方」では、国や地域ごとに制作プロダクションと契約し、現地を取材して書籍にまとめています。

最初の変調は2019年12月末、いつまでたっても中国の武漢に入れなくなり、1月末には中国の取材を一切停止しました。
宮田編集長
「MARSやSARSの経験から、今回も局地的な流行で終わるのではないかと思っていました。しかし、中国以外でも感染者が報告されだして雰囲気が変わりました」
4月には年内の取材をすべて禁止とすると通達、異例の決定でした。しかし事態は悪化し、いつ取材が再開できるかも見通せない状況に。

3月までに取材した内容が反映できるものは改訂版を発行しますが、ほとんどの地域の発行は止まりました。
宮田編集長
「取材禁止を決めた時は、あとで振り返って心配性だなって笑ってもらえると思っていたんですが…現実になってしまいました。コロナめ!という気持ちです」

“最後”の新刊、東京編

コロナの影響が続く中、話題を集めているのが「東京編」です。創刊40年の歴史で初めて国内を特集しました。
東京編はオリンピックが開かれるはずだった2020年に合わせて、全国から東京を訪れる人に手に取ってほしいと企画されました。価格は税込みで2020円になるよう設定。満を持しての企画でしたが、ここにも新型コロナの影が。

当初予定していた16ページのオリンピック特集はすべて削除。取材後に休業してしまった店舗もあり、制作は難航。去年6月の発行予定がたびたび延期され、9月にようやく発行にこぎ着けました。
宮田編集長
「そもそも、新型コロナが収まらない中で東京を特集する旅行本なんかを出して、炎上しないかとリスクも感じていました。それでも取材を受けてくださった方に応えるために発行に踏み切りました。それが多くの方に受け入れられ、ネット上でもあたたかいことばが書き込まれているのを見て…ちょっと、泣きました」
東京に行く代わりにガイドブックで旅行気分を味わいたいという人や、地元のよさを再発見したいという人たちに支持され、3か月ほどで7万部以上を発行する大ヒットに。

結果的に、以前の版元から出る新たなエリアの特集としては、「東京編」が“最後”になりました。

旅は人の成長のため

海外に行くのが難しい状況が続けば続くほど、旅への思いは募りますよね。ネット上でも、多くの人が思いを書き込んでいました。
「また旅行が再開できたら利用したいな」
「また(ガイドブックを)買って旅ができる日が早く来い来い」
旅人でもある宮田さん。特にインドには1998年から毎年「帰って」いましたが、2020年はかないませんでした。歯がゆい思いを抱いています。
宮田編集長
「初めてインドに行ったのは大学2年生の時でした。初めて知ることばかり。自分はなんて恵まれているんだと気づき、日本に戻ってから真剣に勉強をするようになりました。旅は人の成長ために必然のものです」

それでも地球を歩き続ける

海外に自由に行けるのはいつになるか、今はまだ見通せません。でも、その日はやってくるはずです。
「地球の歩き方」 宮田崇 編集長
「まずはすべての国が日常に戻って、旅人を受け入れられるようになることを願っています。それが何年かかるか、今は分かりません。けれど、少しずつ歩ける範囲で歩いて行くのだと思います」
ツイッターには、こんなことばを残していました。

「地球の歩き方は地球を歩き続けます!もしかすると、ムー大陸やアトランティス大陸のガイドブックが出るかもしれません!!!」
ネットワーク報道部記者
加藤 陽平
平成20年入局
富山局、経済部などを経て現所属
デジタル分野や学生の就職活動などを取材