パンデミック後の新たな世界への提言

パンデミック後の新たな世界への提言
「パンデミック後、新たな世界が始まる」と予測している人がいます。EU=ヨーロッパ連合設立の「影の立て役者」で、「知の巨人」として知られるフランスのジャック・アタリ氏です。アタリ氏が考える新しい世界とは。そして、ヨーロッパは新たな時代にどのように立ち向かおうとしているのでしょうか。
(ヨーロッパ総局長 高尾潤)

2021年、新たな世界へ

イギリスがEUから最終的に離脱し、新型コロナウイルスが猛威を振るうなかで、ヨーロッパは、2021年の新年を迎えました。
アタリ氏は、感染はすぐには収まらないとみる一方で、ヨーロッパの将来については、意外にも明るい展望を示しました。
ジャック・アタリ氏
「EUは、コロナ危機に対して、取り得るなかで最善の対応をしたと思います。もちろん、当分の間、苦難が続くでしょう。ワクチンが人々に行き渡るまであと数か月はかかるでしょう。しかし、この苦難を乗り越えれば、EUにとっていい年、希望の年、成功の年が訪れると信じています」

「トランプのアメリカ」から得た教訓

アタリ氏がEUに明るい展望をみる背景には、これまでしばしば機能不全に陥っていたEUがトランプ大統領の4年間を教訓に、転換へと動き出したことがあります。
トランプ時代の欧米関係は、戦後最悪ともいえるものでした。
「自国第一主義」を掲げるトランプ大統領は、EUに対して貿易赤字の解消を迫って高い関税をかけ、NATO=北大西洋条約機構には十分な防衛費の負担をしていないと批判を続けてきました。欧米関係のみならず、戦後の国際秩序そのものが揺らぐ事態となっていました。
それだけに去年11月のアメリカ大統領選挙で、同盟国との関係を重視するバイデン氏が勝利したことにヨーロッパの主要国は一様に胸をなで下ろしました。
しかし、アタリ氏は、バイデン氏になっても、ヨーロッパ軽視の傾向は変わらないとして、「トランプ大統領の4年間」を教訓として、アメリカから自立しなければならないと強調します。
ジャック・アタリ氏
「バイデン大統領になっても、アメリカの孤立主義、少なくとも大西洋から太平洋重視の流れは変わりません。それは、トランプの前のオバマ、さらにクリントン時代にも始まっていました。つまりヨーロッパはさらに孤立するということです。ただそれは悪いことではありません。われわれがさらに連帯を強め、アメリカに依存せず自立すること、独自の軍隊、防衛力が必要だ、と気付かせてくれるからです」

「マクロン・ドクトリン」

アメリカの大統領選挙の直後に、フランスのマクロン大統領は、ヨーロッパの外交政策の指針となる「マクロン・ドクトリン」について、6か国語で発信しました。
EUが世界で確固たる地位を占めるためには、国際協調路線の堅持とともに“強いヨーロッパ”の建設が欠かせないと訴えたのです。
今回の選挙でも、アメリカ社会の分断が際立つなかで、今後も政権が変わるたびにアメリカの政策が大きく揺らぎ、翻弄されかねない。ヨーロッパが安定した発展を遂げるためには、安全保障面でアメリカ依存から脱却し、自立することが欠かせないと訴えたのです。
アタリ氏は、この提言を全面的に支持します。
ジャック・アタリ氏
「ヨーロッパが、引き続きアメリカの傘の下にとどまりたいと思っても、アメリカがその傘を引っ込めようとしているので、それはできません。ヨーロッパが攻撃されても、アメリカが守ってくれるかどうかわかりません。残る選択肢は、自立することです。大切なことは、5億人が最高水準の生活をするヨーロッパが『軟弱な影の超大国』のままでいいのか、ということなのです」

独仏の歴史的連携

新型コロナウイルスの感染が拡大した当初、EUでは、マスクや人工呼吸器などが不足したため各国が輸出を禁止して囲い込む事態を招きました。
救いの手を差し伸べるどころか、有効な対応策を打ち出せないEUへの不満が高まり、存続の意義が問われる事態に陥っていました。こうしたEUの危機を救ったのがドイツのメルケル首相でした。
“強いEUの建設”を訴えるマクロン大統領の主張を受け入れ、EU経済の復興に向けて大規模な基金を設立することで合意。財政規律を重視する立場から、財政基盤がぜい弱なほかの国の借金を肩代わりすることに強く反対してきたそれまでの立場を大転換し、事実上、加盟国が共同で債務を負い、景気対策や環境、デジタル分野などに投資することを受け入れたのです。
イギリスの離脱後EUで圧倒的な存在となったドイツとフランスのイニシアチブで、EUは最終的に総額95兆円の大規模な復興基金の設立で合意しました。
ジャック・アタリ氏
「そもそもEUには、健康問題を扱う任務はありません。ですから新型コロナウイスの問題には関わらないという判断もできたのです。しかしそうはしなかった。団結し何らか対応策をとらねばならないと考えて巨大な基金を設立しました。これは、ヨーロッパの団結を示す共通のプログラム、共同のアクションで、極めて重要な決定でした」

ヨーロッパはかく闘う

そしてEUは、この復興基金を使った「グリーン・リカバリー」戦略を打ち出しました。基金の少なくとも3割を再生可能エネルギーなどに投資し、環境政策と経済の立て直しを車の両輪のように推し進めようというのです。パンデミック後の新たな世界に向けて、環境を武器に世界経済の復興で主導的な役割を担おうという政策です。
さらに年末には、EUは離脱したイギリスとの貿易交渉をまとめあげ、さらに新型コロナウイルス対策では、ワクチンの接種も開始しました。新型コロナウイルスの変異種が感染を広げるなど、引き続き不透明な状況に変わりはありませんが、未曽有の危機にあたってEUが新たなビジョンをもって、コロナ後の世界に立ち向かおうとしていることにアタリ氏も希望を託しているのです。
ジャック・アタリ氏
「気候変動の問題においてヨーロッパは最前線に立っています。野心的な『気候イニシアチブ』を立ち上げました。二酸化炭素の排出を実質的にゼロにする目標を2050年でなく2035年に前倒しで達成し、民主的でかつ環境に配慮したグリーン経済大陸となることを目指しています。ヨーロッパは、超大国に匹敵する存在になることも可能です。その一方、崩壊の危険もあります。ただEUの二大国ドイツとフランスが連携して改革を進めようとしていることは、力強いことです」

日本への提言

翻って日本。アタリ氏は、ヨーロッパと同じくアメリカの同盟国で、民主主義と市場経済という共通の価値観を有する日本とEUが協力できる分野は極めて大きいと強調します。
そのうえで、親日家でもあるアタリ氏は、2021年の日本に向けて、次のように直言します。
ジャック・アタリ氏
「最近のニュースで、日本では新型コロナの影響で若者が子供を生むことをためらい、出生率がさらに下がっていると聞きました。日本にとって何よりも深刻な問題は人口問題です。私が日本のリーダーであれば、少子化対策を最優先します。女性の権利、出産後の女性の復職の道を広げます。この問題は日本にとって死活問題であり、放置することは自殺行為だとさえ考えています」

「Build back better」

世界が直面する未曽有のパンデミック。
収束しても、もはや元の世界には戻らないとアタリ氏は断言します。格差、差別、気候変動など、パンデミックによって加速され顕在化した問題をいかにして克服するか。パンデミック後に始まる新たな世界に向けて、「Build back better(よりよく再建する)」がキーワードだと言います。
同盟国アメリカが圧倒的な超大国の座から滑り落ち、躍進する中国がその影響力を増す中、グリーン・リカバリーを柱に安全保障を含めた政治的な統合を深めようと動き始めたEU。民主主義と市場経済という価値観を共有するEUの決定から日本が学ぶべきことは少なくありません。
新たなビジョンに向けて私たちの一歩先を進み始めたようにみえるEU。その成否は、現在の強固な独仏の連携が維持されるかどうかにかかっています。その意味でも、ことし退任を明らかにしているメルケル首相の後任が誰になるのか。そして来年6月のフランスの大統領選挙でマクロン大統領が再選されるのか。独仏両国民の選択を注視していきたいと思います。
ヨーロッパ総局長
高尾潤