賛否両論のナイキCM こう考えた

賛否両論のナイキCM こう考えた
ナイキが先月公開したCMをめぐって、インターネット上で賛否の議論が巻き起こりました。公開からおよそ1か月、あの現象は何だったのか考えました。
(ネットワーク報道部記者 林田健太、斉藤直哉)

「差別やいじめ」ナイキCMとは

インターネット上で先月末に公開されたCMには、在日コリアン、アフリカ系にルーツを持つとみられる女子生徒、それに学校でいじめられている3人の少女が登場します。

差別やいじめを受け、ありのままの自分を受け入れられないことに悩みながらも、スポーツを通じて乗り越える姿を描いたというナイキ。
CMでは学校や家庭でそれぞれ困難を抱える3人が「私、浮いてる?」、「みんなに好かれなきゃ」、「我慢しなきゃ」と語り、苦しい胸の内がつづられます。

CMは公開からおよそ1週間で動画投稿サイト「YouTube」で1000万回以上再生されたほか、ツイッター上でもリツイートを含めて25万件を超える投稿が寄せられました。

「とても感動した」、「泣いてしまった。一瞬でも差別や疎外感、生きづらさを感じたことのある人間には響くものがある」。

共感の声が上がった一方、「私の周りに差別は無かった」、「日本を貶めるような酷いCM」といった反論も寄せられました。
さらに、「もうナイキ買わない」、「日本に対するヘイト」といった声も上がり、炎上の様相を呈していきます。

「背中を押すメッセージ」

CMの公開後、SNS上ではさまざまな人がみずからの思いをつづっています。
「日本で生まれ育った在日コリアンの僕ですが、露骨にいじめや差別を受けたとは思ってません。でも、このNIKEのCMみたいに息苦しく感じることは普通にありました。そんな外国人たちの背中を押すメッセージだと感じたけどな。自分にその気がなくても、知らないうちに誰かを傷つけてること、あるよね」
こうツイートしたのは、マリンバ奏者の千田岩城さん(38)です。

在日韓国人の3世として日本で生まれ育った千田さん。
子どものころから周囲のみんなと「違う」ことに息苦しさを感じていたといいます。
千田岩城さん
「小学1年生のころ教師になりたいという夢があったのですが、外国籍の自分では公務員になれないことを知って、いろいろ諦めてきました。また、韓国にいいイメージを持っていない人がいるということを祖父母から聞いていたので、友達の間で韓国の話題が出たら、傷つきたくないとその場から立ち去ってしまったり、自分が在日であることをなかなか言い出せなくて苦笑いしていたこともありました」
千田さんはCMをみてどう感じたのでしょうか。
千田さん
「CMと同じことをされたことはなかったけれど、ふとしたときに孤独を感じたり、周りの人が何気なく言ったことでも、もしかしたらばかにされているのかなと感じたことは自分も経験があるので、CMを見て自分の通ってきた道を目の当たりにしたように感じて、いたたまれない気持ちになってツイートしました。
ただ、日本人が差別しているとかそういうことではなくて、日常の中でときには嫌な気持ちになることもあるけど、頑張っている人を応援したいということがCMのメッセージだと私は受け取りましたし、こういう思いを持っている人が周囲にいるんだなということを知ってもらいたいと感じました」

「受け入れられないのは当たり前」

「『NIKEのCMを批判している人はおかしい』という方がおります。もし高尚なテーマがあってそれを伝えきれていないのならCM作ったやつがポンコツです」
そうツイートしたのは、エンターテイナーのゴンゾーさんです。
ゴンゾーさん
「日本人の間で議論が分かれているような問題を一方的に取り上げられたら、みんなが受け入れられないのは当たり前です。また、CMが話題になっても誰も商品に目を向けていないのでCMになっていないと感じます。冷静になってCMとしてみたときの意見を述べたまでですが、肯定されている方の意見で納得するものもあり、見る人の考え方や経験で見え方が変わると感じました」

ナイキジャパン「差別は世界中に存在」

いったいCMはどんな意図で作られたでしょうか。

ナイキジャパンに取材を申し込むと、次のようなコメントが返ってきました。
「CMは実在するアスリートの証言をもとに作られ、差別やいじめを受ける10代の女の子を描いています。差別は世界中に存在する問題で、アスリートたちの証言が率直に意見を述べるきっかけとなりました」

なぜこれだけ反応が?

なぜこれほど注目され、多くの人が反応したのか。

社会学が専門で外国にルーツを持つ人たちの研究にあたる大阪市立大学都市文化研究センターの研究員、ケイン樹里安さんです。
大阪市立大学都市文化研究センター ケイン樹里安さん
「日本では国内の人種差別やいじめをテーマにしたCMが少ないうえ、人種差別を議論する場も少なくそうした土壌もあまりありません。こうした問題は海の向こう側の問題で、ひと事だと捉える人が多いのではないでしょうか。こうした中、他の日本企業に先駆けて日本の差別やいじめの問題を真正面から描いたことが大きなインパクトとなり、CMが議論の場となったのでしょう」

横並びの日本企業に一石投じた

CMが横並び意識の強い日本企業に一石を投じたと指摘する専門家もいます。
メディア文化論が専門の大妻女子大学の田中東子教授です。
大妻女子大学 田中東子教授
「日本企業は横並び意識が強く、他社のCMをよく参考にしていて、1社だけが刺激的なメッセージを出すことはためらいがちです。それに比べ、ナイキをはじめ大手海外企業の中にはブランディング戦略を追求し、社会的責任や貢献を訴えるマーケティング戦略にたけているところが多くあります。ナイキにとって今回のCMが議論を巻き起こすことは想定の範囲内だったのではないでしょうか」

ナイキの戦略「利益最大化が目的」

売り上げを伸ばそうとしていたのではないかと分析するのは、企業の市場戦略のコンサルティングをするマーケティング会社社長の遠藤結万さんです。

過去の事例をもとに説明してくれました。

それは2年前、ナイキがアメリカのプロフットボール・NFLで、フォーティーナイナーズのスター選手だったコリン・キャパニック氏を広告に起用した時のことです。
キャパニック氏は警察官による黒人への暴行事件に抗議するため、試合前の国家斉唱で起立せずに片ひざをつく行動をとり、この抗議活動が他の選手に広がって、その後所属先を失いました。
マーケティング会社社長 遠藤結万さん
「ナイキは30周年の記念キャンペーンという節目の広告塔におよそ2年プレイしていなかったキャパニック氏を起用したのです。これはナイキの明確なメッセージでした」
広告では、キャパニック氏の顔がアップで使われ、「何かを信じろ。たとえすべてを犠牲にしてでも」というコピーが書かれています。
遠藤結万さん
「案の定、荒れ狂う怒りがSNS上にあふれ、ナイキの靴を切り刻んだり、燃やしたりする人もいました」
インターネット上では一時不買運動を呼びかる動きもありましたが、その後、起きたのはナイキを支持するユーザーの登場だったといいます。

ナイキはオンラインで驚異的な売り上げを記録し、株価は上昇して同社史上、最高額を更新したといいます。
遠藤結万さん
「CMはナイキがこれまで発信し続けてきたメッセージとも一致し、作り方も優れていると思います。一方でナイキは株式会社であり、利益を最大化することを目的にした会社です。キャパニック氏を起用したキャンペーンは非常に効果的でした。今回のCMも実績に基づくもので、これからもこうした形のCMは作られていくでしょう」

消費者が“共鳴する体験”へ

消費者の「共鳴」を呼ぶ。
こうしたねらいを持つCM作りに変化しつつあると分析するのは、企業のマーケティング戦略を研究している関西学院大学の森一彦教授です。
関西学院大学 森一彦教授
「デジタル技術の進展で顧客のデータを継続的に集めて一人一人のニーズにきめ細かく対応した商品やサービスを提供することがビジネスの主流となっています。企業理念に共鳴して自社の商品を購入し続けてくれるコアな消費者を獲得できるかどうかが鍵になっているのです。さらに、SNSの普及で大量の情報があふれていて、企業だけでは情報を届けることができなくなり、共鳴してくれるユーザーによる情報の拡散も欠かせなくなっています」

新しいCMの形

強いメッセージを訴えるCMの形は、日本でも少しずつ広がっています。

大手メーカー「P&G」は、ヘアケアブランドの「パンテーン」で髪にまつわるさまざまな当たり前に疑問を投げかける「#HairWeGo」キャンペーンを2年前から手がけています。
女子学生の髪を1つに束ねたいわゆる「ひっつめ髪」に代表される日本の画一的な就職活動のあり方に一石を投じ、話題を集めてきました。
「#PrideHair」と題したことしのキャンペーンでは、LGBTQ=性的マイノリティーの就活生が自分らしい髪型や自己PRで就職活動に取り組むことを応援し、自分を偽らずに自分らしさを表現できることの大切さを訴えています。

一連のキャンペーンを企画したブランドディレクターの大倉佳晃さんに話を聞きました。
P&G ヘアケア シニアブランドディレクター 大倉佳晃さん
「消費者がブランドに社会貢献を求める動きは海外で先行していましたが、今では日本でも確実に高まっています。企業がメッセージを発することは炎上につながるおそれがありますが、やってみないと何も変わらないと思ってキャンペーンを始めました。当事者にどれだけ真摯(しんし)に向き合えるかが大事だと考えていて、対話を重ねる中で紡ぎ出されたことばを実際に表現に取り入れています。その結果、批判もありますが、建設的な議論が起きておおむね好意的な反応が寄せられました」
キャンペーン動画の公開後、同じような思いを抱えている人だけでなく、こうした思いを持っている人がいることを初めて知ったという当事者以外の人からの反応も寄せられたといいます。

消費者の共感を得ようと、企業が取り組み始めている新しいCMの形。

ナイキのCMをきっかけに、これまでなかなか触れられなかった問題に目が向けられ、議論が巻き起こりました。

一方で、SNS上では厳しいことばで非難しあう人たちの姿も見られ、今の社会の側面を映し出しているようにも感じます。

このCMが何をもたらしたのか、あなたはどう思いますか?