鹿児島 諏訪之瀬島で噴火 噴火警戒レベル3に

気象庁は28日午前3時前、鹿児島県の諏訪之瀬島に「噴火速報」を発表しました。噴火に伴う噴石が1キロ余り飛んだということで、気象庁は噴火警戒レベルを2から3に引き上げたうえで、御岳火口からおおむね2キロの範囲で大きな噴石に警戒するよう呼びかけています。

気象庁によりますと28日午前2時48分ごろ、鹿児島県の諏訪之瀬島で爆発的な噴火が発生し、大きな噴石が御岳火口から南東へ1.3キロの場所に飛んだということです。

諏訪之瀬島の噴火警戒レベルはこれまで2で、気象庁はおおむね1キロの範囲で大きな噴石に警戒を呼びかけていましたが、今回はこれを超える場所に噴石が飛んだことから、午前2時51分に「噴火速報」を発表しました。

そのうえで気象庁は火口周辺警報を発表して噴火警戒レベルを3に引き上げ、御岳火口からおおむね2キロの範囲で噴火に伴う大きな噴石に警戒するよう呼びかけています。

諏訪之瀬島では12月21日以降爆発的な噴火が増え、700メートルから800メートルほどの場所まで噴石を飛ばす噴火が相次いでいて、今月26日の噴火では火口から1キロほどに達していました。

諏訪之瀬島の集落は今回噴石が到達した場所よりさらに南側、火口からおよそ4キロほど離れた場所にあります。

気象庁カメラの映像では

諏訪之瀬島から北東に20キロほど離れた、鹿児島県十島村の中之島に設置されている気象庁のカメラでは、午前2時38分ごろに御岳で噴火が発生し火口周辺が赤くなっているのが確認できます。
その後も噴火は断続的に起きていて、午前3時ごろの映像には、火口の周辺に大きな噴石が飛散しているような様子も確認できます。

諏訪之瀬島の島内に設置され、御岳からは南に4キロほど離れている気象庁の別のカメラでは、火口付近が雲に覆われ詳しい様子はわかりませんが、午前2時38分ごろには火口の周辺がオレンジ色に照らされているのが確認できます。

被害などの情報なし(午前4時時点)

鹿児島県の諏訪之瀬島の噴火警戒レベルが3に引き上げられたことを受けて、鹿児島県危機管理防災課では情報収集にあたっていますが、午前4時現在、十島村での被害や噴石などに関する情報は入っていないということです。

気象庁「火口から2キロの範囲 大きな噴石に警戒を」

鹿児島県の諏訪之瀬島で発生した噴火について気象庁は午前5時から会見を開き「噴火に伴って大きな噴石が火口から南東方向に1.3キロまで飛散した。今後も火口からおおむね2キロの範囲では大きな噴石が飛散する可能性がある」と話しました。

警戒事項としては「火口から2キロの範囲では弾道を描いて飛散する大きな噴石に警戒してほしい。風下側では火山灰だけでなく、小さな噴石が風に流されて降るおそれがあるので注意してほしい。爆発に伴う空気の振動『空振』によって窓ガラスが割れるおそれもあるので注意してほしい」と呼びかけました。

専門家「冷静な受け止めを」

諏訪之瀬島の噴火活動に詳しい京都大学火山活動研究センターの井口正人教授は「大きな噴石が1キロを超える噴火はここ最近では起きておらず、諏訪之瀬島に噴火警戒レベルが導入された2007年以降では噴火活動が最も活発な状況だ。今回のレベル上げで警戒範囲は火口からおよそ2キロまで広がったが、住民の住む集落は火口から4キロほど離れており、今回の規模の噴火であれば住民の生活に大きな影響はないと思われる。冷静な受け止めをしてほしい」と話しています。

諏訪之瀬島とは

鹿児島県の諏訪之瀬島は、トカラ列島のほぼ中央に位置する周囲の長さが27キロほどの火山島です。

鹿児島県十島村によりますと、12月1日時点で、島には40世帯81人が住んでいるということです。

集落は火口の南側およそ4キロ、元浦港の周辺にあります。

最近の噴火活動は

島のほぼ中央には標高799メートルの御岳があり、繰り返し噴火が発生していて、7年前の平成25年12月には1か月の間に247回の爆発的な噴火が観測されるなど活動が活発になりました。

その後も爆発的な噴火はたびたび発生していて、3年前の平成29年8月には、噴煙が観測を始めてから最も高い2800メートルまで上がっていることが確認されました。

ことしは4月にも活動が活発化したほか、特に12月21日以降、爆発的な噴火が増えていました。

22日の噴火では火口から800メートルまで大きな噴石が飛んだほか、その後も700メートルから800メートル近くまで噴石を飛ばす噴火が相次ぎ、今月26日の噴火では火口から1キロ近くまで達していました。

気象庁は今後も火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生するおそれがあるとして、噴火警戒レベル2の火口周辺警報を発表し、火口からおおむね1キロの範囲では噴火に伴う大きな噴石に警戒するよう呼びかけていました。

江戸時代には住民全員避難の噴火も

江戸時代の1813年には、御岳の山頂付近から南南西に伸びる火口列で大規模な噴火が発生し、溶岩流が海まで流れ出したほか、山が崩れて一気になだれ落ちる岩屑(がんせつ)なだれも発生しました。

この噴火で住民は全員避難し、70年にわたって無人島になりました。

その後、明治17年の噴火でも溶岩流が海にまで達したほか、昭和31年以降は毎年のように噴火を繰り返しています。