路上の靴磨き、最後の1人に会いに行く

路上の靴磨き、最後の1人に会いに行く
路上がその人の仕事場。寒空の下でも訪れるお客をじっと待ちます。
戦後、多くの人がその仕事をしていましたが、ついに最後の1人になりました。
男性の仕事は路上の靴磨き。
最後の1人がどんな人なのか、会いに行きました。(ネットワーク報道部記者 目見田健)

50年

「私は両親が靴磨きで稼いだお金で大学まで進学させてもらったんですよ」
ビジネスマンが行き交う東京駅の丸の内口。
この路上に座って靴磨きをしている男性はそう話しました。
名前は「ちょっと控えてほしい」ということで、秘密です。
年齢は「70歳」。
職場の目印は「創業70年 日本一の靴磨き1000円」などと書かれた手作りの看板です。
しゃれた帽子にピカピカに磨き上げられた靴をはいています。
最後の靴磨きの男性
「靴が名刺や看板の代わりですから、丹念に磨いて光らせてます」
初めて会いに行ったのは、新型コロナの緊急事態宣言が解除されて間もないことし6月でした。
人の姿はまばらでお客は1日3人ほど、1人も来ない日もあります。
それでもずっとここに座り続けていて、靴磨き歴はもう50年になるそうです。
路上の靴磨きは戦後、焼け野原となった東京で上野や新橋などの駅のガード下に座り、大人や子どもが靴を磨いている写真が多く残っています。
そうした子どもの姿が歌にもなりました。

最後の1人

東京都に聞いてみると、管轄する都道で靴磨きをするには許可が必要だそうです。

ただし「昭和50年代から新規の受け付けはしていない(東京都の担当者)」のでもう、増えることのない職業となっています。

4年前、別の記者が新橋のSL広場の片隅で靴磨きをしている当時85歳の女性を取材していて、この時は東京の23区内で5人が路上で靴磨きをしていました。
女性は5人の子どもを靴磨きの仕事で育てていて「必要としているお客がいる限り死ぬまでここに座っていたい」と話していました。
しかし、都に聞くと今年、都道の使用許可を申請したのは取材した男性1人だけ。男性は最後の路上の靴磨きとなっていました。

恥ずかしかった時も

男性の両親も東京駅近くの同じ場所で靴磨きをしていました。

子どもの頃は両親の仕事を恥ずかしいと思っていたそうです。
「“貧乏”とか“戦後のガード下”というイメージがあるでしょ。そうしたイメージがいやだったんです」

「ただ、周りの家庭よりも少し早くカラーテレビを買ってもらいました。うれしかったし、生活が困るということはなかったです」
自分も靴磨きを始めるきっかけは、学生時代に親の手伝いで、やってみたこと。アルバイトの時給が300円ほどだった当時、靴磨きは料金が1人500円でした。
「割がいいなと感じたんですね。そしてそのまま生活費を稼ぐ仕事になりました」
靴を磨いている間に話かけてくるお客が多いのも、靴磨きの仕事の魅力でした。
「利害関係がないからかもしれませんが靴を磨きながらだと、人の本音がぽろっと出たりするんです。この仕事はいろんな人と出会って、話が聞けて、そして元気がもらえます」

大みそかはかき入れ時

長く靴磨きをしているといろいろなことがあります。

時々、あったのが「マフラーを100円で買ってくれ」などと知らない人から、突然、モノを買ってくれと声をかけられること。

盗品なのか、拾ってきた物なのか、よくわからないので断ってきたそうです。

ただ一度、「生活に困っているのでは?」「困ったときはお互い様だな」と思い、購入したことがありました。

するとその後、モノを買ってもらえるのではないかと別の人たちが声をかけてくるようになって困ったそうです。

また意外にも、昔は会社が仕事収めをした後の大晦日が“かき入れ時”だったそうです。

地方出身の人たちが、東京駅を利用して帰省する際にきれいな靴でふるさとに戻りたいと、長蛇の列を作ったそうです。
「時代が変わって 今は、もうそんなこともなくなりましたけどね」

プライド

今も午前10時から午後7時まで雨の日以外は路上に座り続けています。
この日は、サラリーマンを引退しても、靴を磨きに来るんだというお客が来ました。

長く常連だというこの男性は81歳。

声をかけてみると、ちょっと複雑だけど、働くということに誇りを持ついい言葉が聞けたと思いました。
81歳男性
「私は会社員としては一流にはなれませんでした。でもせめて靴は一流の会社員と同格でありたいと思ってね。それでいまでも来ているんです」。
週1回のペースで20年以上通っているという56歳の会社員もいました。

ここで名刺交換をしてビジネスにつながったり、取引先とばったり会ったり、さまざまな遭遇があると話していました。
56歳の会社員
「今みたいな状況だからこそ、こうやって靴磨きに来て話をすることが息抜きになっています。憩いの場所です」
靴は20分ほどかけて磨き上げられていきます。
皮の状態を見て靴墨の量や力のいれ具合を調整するので、磨き方は1人1人違っていました。

靴磨き用

最初の取材からおよそ半年後、11月10日に再び話を聞きに行きました。
あたりは高層ビルで路上は日中も日陰でした。

この時期、ビルを通り抜ける風は冷たく、私は数分で寒さが身にしみてきました。
男性はマフラーを巻いて路上に座わり「靴磨き用の体になったのか、耐性ができているみたいで気になりません」と話します。

客足はこの時、「いつもの7割ほど(男性)」でした。

最後まで靴磨き

新型コロナの感染者が再び増加傾向にある師走、また会いに行きました。
「少し戻りかけていた客がまた減り始めています」。
男性はそう話し、路上に座り続けていました。
靴磨きをしていると、世の中の雰囲気がよくわかるそうです。
「長くこの仕事をやっていると、靴磨きは心の余裕のバロメーターだと思うようになりました。いつの時でもお客が増えて来るような時は、街に、そして世の中に余裕が出てきた時なんです」。
いまの時代、技術も進歩し科学も進歩し、さまざまな新しい仕事が生まれています。

その一方で路上で心を込めて靴を磨く人は減り続け、最後となった男性。

仕事について聞くとこんな話をしました。
最後の靴磨きの男性
「時代の流れはしかたないことです。ただ私は『金儲け』が好きじゃないんですね。
体と頭を使う仕事、靴磨きが好きなんです。額に汗水垂らしてやる仕事が好きなんですよ」

「新型コロナとか色々ありますが、なにがあっても私はただずっと変わらず心を込めて靴を磨くだけです」
そんな話をして男性と別れました。

私は最近、あまり聞かない感じの話を聞いたなと思いました。