我が社に“経済安全保障室”を~米中対立のはざまで~

我が社に“経済安全保障室”を~米中対立のはざまで~
「米中のどちらからも踏み絵を踏まされているように感じる」ーーいま、半導体を扱う日本の輸出企業から悲痛な声が聞こえてきている。中国との対立姿勢を強めるアメリカは、中国のハイテク企業への輸出を次々と規制。これに対して、中国も安全保障に関わる製品などの輸出規制を強化する法律を施行。米中の規制合戦によって、製品を輸出できなくなることに多くの日本企業が対応を迫られている。こうした厳しい環境で、どのようにビジネスを続けていこうとしているのか。いちはやく社内に“経済安全保障の部署”を設けた三菱電機のキーパーソンに聞いた。(経済部記者 根本幸太郎)

三菱電機 経済安全保障統括室

中国が新たな規制、輸出管理法を施行した12月1日、三菱電機の「経済安全保障統括室」では、社員が情報収集にあたっていた。
安全保障に関わる製品などを中国から輸出する際の規制を強化するこの法律は、対象品目が随時公表されるとされ、影響の広がりが懸念されている。それだけに、規制を分析する社員の表情は真剣だった。

家電から人工衛星関連まで幅広く事業を展開し、海外に多くの製品を輸出するこの会社も、米中のはざまで苦慮している。
ことし9月にアメリカ商務省がアメリカの技術を活用してつくる半導体を中国の通信機器大手のファーウェイに供給することを規制したため、ファーウェイ向けの半導体の出荷を停止せざるをえなくなった。

米中の規制合戦のリスクへの新たな対応として10月に新設されたばかりのこの部署は、規制の動向を分析し、グループのすみずみまで情報を届けることで、米中のいずれの規制にも抵触することなくビジネスを続けることを目指している。

この部署の設置を主導したのが、日下部聡常務だ。日下部氏は米中対立によって、通商をめぐる時代が大きく転換したため、日本企業は経済的な安全保障を常に念頭に置く必要があると指摘する。
日下部常務
以前はWTOなど、世界が話し合いで1つのルールを定め、技術力を競えばよかった。しかし、今やアメリカと中国が、日々、対抗しながらルールを作り、その中でチャンスをつかんでいかなければならない時代になった。今までビジネスができていた分野が、突然、制度の変更によって制約される事態も起こり得る。ビジネスそのものも大きく変わっていかなければならない。

“新たな冷戦”でとるべき日本企業の戦略は

米中関係は、テクノロジーをめぐる“新たな冷戦”に入ったとも言われている。

半導体やドローンなどの最新の技術をめぐって相次いで輸出規制を打ち出していて、アメリカ商務省は12月18日にも、中国最大手の半導体メーカー「SMIC」やドローンで世界最大手の「DJI」を、アメリカ企業からの製品の輸出を事実上禁止するリストに追加した。

米中が規制を応酬し、アメリカと中国いずれの企業に対しても幅広い取引関係がある日本の企業にとっては、突然あすから顧客企業に輸出できなくなるかもしれないという状況だ。

日下部氏は、今後は事業の計画段階から米中対立を前提とした戦略を立てるべきだとしている。三菱電機では、その中心的な役割を経済安全保障統括室が担う。
日下部常務
アメリカと中国の先端技術をめぐる主導権争いはおそらく継続していく。その中で、おそらくアメリカ的な経済圏が、実際上、出来上がっていく一方、中国もその高い技術力と豊富な市場の力で中国的な経済圏をつくろうとしていく。この2つの大きな経済圏が実態上、出ていくという流れは、あまり変わらないのかもしれないと見ている。

アメリカと中国の制度を熟知して、グレーゾーンがあるとすれば、それがどう変化していくのかを見通し、最善の事業戦略を計画段階から立てることが重要になっている。経済安全保障統括室で、まず徹底的に情勢の変化を分析する。そのうえでサプライチェーンや開発チェーンの中で両国の制度に抵触する可能性があるものを修正していく。
いま三菱電機には、米中対立への対応に悩むほかのメーカーなどから経済安全保障統括室のことについて詳しく知りたいという相談が相次いでいるという。

米中の協調分野で日本の存在感を

一方で、新型コロナウイルス対策や脱炭素などといったいわゆる地球規模の課題では、米中が協調する余地があり、そうした分野で日本企業が存在感を発揮していくことが重要だと指摘する。
日下部常務
新型コロナウイルスや脱炭素への対応など、社会的な課題に国境はない。米中2つの経済圏ができる流れとは別に、大きな課題を解決しようとする協調領域ができる機運も、これから高まっていくと見ている。さまざまな社会的な課題に対して、グローバルにシェアを伸ばし、新しいビジネスを築き上げていく企業が最後は評価されるのではないか。
実は日下部氏は、資源エネルギー庁長官や内閣官房国家戦略室審議官などを務めた官僚出身。経済産業省の自動車課長を務めた経験もあり、1980年代の日米貿易摩擦のなかで、日本の自動車メーカーがアメリカでの現地生産を拡大したことを例にあげ、「経済のルールが大きく変わる時、日本はそれを技術で乗り越えた成功体験がある」とも指摘した。
依然として米中対立が収束する兆しは見えていない。日本のグローバル企業の中には、米中双方の市場に製品を輸出し、どちらとも関係を続けなければならない所も多い。板挟みになって限られた道を行くのではなく、したたかにビジネスを伸ばす道をいくつもひらいていく発想が求められている。
経済部記者
根本 幸太郎
平成20年入局
水戸局 政治部を経て
現在、経済部で電機・情報通信を担当