水道のいらない「手洗い」で世界を変える

水道のいらない「手洗い」で世界を変える
こまめな手洗い。新型コロナウイルスの感染が広がるいまこそ、大切な習慣です。ただ、街なかで、ちょっと手を洗おうと思っても、トイレも水飲み場もない。そういう時がありませんか。こんな時だから、どこでも誰でもしっかり手洗いできる街をつくりたい。目指すのは「公衆手洗い」という考え方。28歳のチェンジメーカー(社会起業家)の挑戦が始まっています。(経済部記者 寺田麻美)

ビルになぜかドラム缶…

東京 新宿区の商業施設の入り口。ぱっと見るとドラム缶のような設備が。

何だろう?と思い近づいてみると、手洗い機。お客さんが、水とせっけんで手洗いしてから店内に入っていきます。

蛇口の近くには、スマートフォンを差し込むと深紫外線で除菌してくれる装置もついています。
利用者
「アルコール消毒だと手荒れしてしまうので、入り口の手洗い機はいいですね」「手洗いついでに、よく触るスマホを除菌できるのもいい」

水道いらずで手を洗う

ただ見たところ水道とつながっているようではなさそうです…。

そう。この手洗い機。水道いらずでどこでも設置できることが特長なのです。

ドラム缶の中のおよそ20リットルの水を、使っては浄化して、繰り返し利用します。ウイルスのおよそ100分の1にあたる1~2ナノメートルという極小の穴の開いたフィルターで水をろ過。塩素や深紫外線による除菌を行って、WHO(世界保健機関)が定める水質まで浄化する仕組みです。
水質やフィルターの状態はセンサーが常時監視し、トラブルや交換時期を教えてくれます。洗うたびに手指について水が失われますが、20リットルの水で可能な手洗いは500回以上。フィルター1つで2000回分の手洗いができるということです。

コロナ禍の社会的責任

手洗い機を開発したのは、水処理技術を研究・開発する都内のベンチャー企業「WOTA」です。

28歳の社長、前田瑶介さんの、「コロナ禍に、何か役立つことができないか」という思いがきっかけでした。
前田社長
「ウイルスの脅威に、人類が新たな対策を考えださなければならないタイミング。自分たちの水の技術を公衆衛生に生かさなければという責任を感じたんです」

手を洗って入りたい

ヒントになったのは、ある飲食店チェーンの社長との会話でした。
入店前のお客さんの手に、シュッと吹きかけるアルコール消毒。アレルギーがある人や、手荒れしてしまうと使いたがらない客が多いと聞いたのです。

感染予防の基本は手洗いです。だとすると店の入り口にこそ手洗いのニーズがあると感じ、直ちに開発をはじめ、7月に完成。価格は1台およそ150万円。リースならば月に2万円台~です。それにフィルターの交換代などがかかりますが、来店客向けの感染対策を考えていた商業施設などに注目され、11月末の時点で、すでに約4000台の予約が入っているということです。
前田社長
「手洗い機が店先に置かれれば、基本的な予防対策の手洗いの習慣化につながる。都市の公衆衛生の向上と、経済活動の両立に役立ってほしいと思っています」

『公衆手洗い』を世界に

手洗い機は、海外展開も始まろうとしています。来年には、まずアメリカでの販売が始まる予定です。
ユニセフの推計では、世界の人口の40%に当たる30億人が、自宅にせっけんと水で手を洗う設備ない状態で暮らしています。また、およそ6分の1にあたる医療施設には、患者が治療を受ける場所に、清潔なトイレや手洗い設備がないということです。

そうした病院などに手洗い機を広げていくのが前田さんの将来の目標。公衆トイレのように、みんなで使う「公衆手洗い」とでもいう場をつくり、世界に手洗いの習慣を定着させたいと考えています。
前田社長
「日本では、今からおよそ150年前の開国を機に、公衆便所が広がりました。今度は日本から、世界に向けて『公衆手洗い』という文化を発信したいのです。将来、手洗い機が普及して原価が下がれば、利益の一部を、手洗い設備がない医療施設のために使いたいと思っています」

原点は東日本大震災

前田さんが、ここまで水に注目するようになったのは、2011年、東日本大震災での体験でした。

震災前日に、大学に入学するために徳島県から上京し、翌日の地震で断水が起き、都市のインフラの脆弱性を感じました。地下で複雑につながる水道管のどこか一部が壊れると、全体が機能不全になる様をみて、災害時のバックアップになる小規模な水インフラが必要だと考えたといいます。

この思いを原点に、水を浄化して繰り返し使う水処理技術の研究・開発に足を踏み入れ、災害時のポータブルシャワーなどを開発してきました。

小規模水循環が世界を変える

水を繰り返し使う技術は、恒常的に水が不足している世界の各地でもニーズがありそうです。

また日本の上下水道が直面している課題の解決にもつながる可能性があるといいます。各地の水道事業は人口減少に伴う収入の減少や老朽化による更新費用の増加に悩んでいます。これまでの大規模な水道設備に代わって、小さなコミュニティ単位で、使った水をその場で浄化して循環利用するシステムの開発を進めています。2024年には、1万人を対象にした実証実験を目指しています。
前田社長
「離島や、過疎の地域で水道事業を続けられなくなる可能性が出てきている。資源は使った場所で再資源化する。水であっても循環して使うのが当たり前の社会を実現したいと思っています」
ドラム缶のようなあの装置は何だろう?と思い立って始めた取材。

それを作った28歳のチェンジメーカー(社会起業家)は、新しい水の使い方を提案し、世界を変えようとしています。
「シリーズ・チェンジメーカー」新型コロナウイルスの感染拡大が続き、先行きが見通せない時代。
そうした中、環境や貧困、ジェンダーなどの社会課題に目を向け、ビジネスで解決しようという社会起業家(チェンジメーカー)が日本でも相次いで登場しています。
さまざまな分野で活躍する40歳未満の若きチェンジメーカーの動きを追います。
経済部記者
寺田 麻美
平成21年入局
高知放送局をへて経済部で消費の現場から相続問題まで幅広い分野を取材