お母さんに元気になってほしいのに

お母さんに元気になってほしいのに
いつまでもいっしょにいたい、その思いでお母さんを支えてきました。

でも、いくら私が頑張っても、お母さんの症状はどんどん悪くなっていきました。

私が子どもだから何もできないのかな。ずっと自分を責めてきました。

高校生になった今、全部ひとりで抱える必要はなかったんだと、ようやく気がつきました。
(取材:さいたま放送局 記者 大西咲)

大人びた少女

目の前で話している凛さん(仮名)は、見た目は幼さの残る16歳の女子高校生でした。

ただ、彼女の話しぶりは、その姿からは想像できないくらい、大人びていました。

それが逆に、彼女が抱えきれないほどの経験をしてきたことを物語っているように感じました。

子どもが家族の介護やケアをする。彼女の話を通して、それが意味することの一端をかいま見た気がしました。

小学生から親のケア

凛さんが小学5年生のころ、彼女の母親は精神的に不安定になりました。

明るく優しかった母親は、うつろな表情になり、家の中にいることが増えたといいます。

学校から帰ると、母親は凛さんに泣きながら話しかけてくることも増えました。でも、言っている意味が理解できず、戸惑ってしまったそうです。

ひどく気分が沈んだときは、「私だめかな」と泣いて訴えてくることもありました。
凛さんは母親と2人暮らし。話を聞くことが、母親を支えることになる、きっと以前の生活に戻れる。

そう信じて、時には夜遅くまで話し続ける母親に耳を傾けました。

甘えたいという気持ちになっても、我慢しました。

友だちに遊びに誘われても、母親をひとりにしてしまうのが心配で、断ったといいます。

追いつかない家事

凛さんの母親は、不安定になって以降、料理や洗濯といった家事がままならなくなる日が少しずつ増えていったそうです。

そして、中学に進学したあたりから、母親は家のことができなくなり、家事の負担の多くが凛さんの仕事になりました。

学校から帰った凛さんは、皿洗い、洗濯、夕食作りなどをしなければならなくなったといいます。
頑張っても頑張っても、家事を終えることができません。

翌日も学校へ行って、家へ帰ると、同じように残された家事。その日のうちに片づけられず、次第に家の中にはゴミがたまっていきました。

それを見るたびに、自分が何もできていないように思えました。

それでも凛さんは、母親の助けになっていると思って我慢したそうです。

学校に通えなくなった

母親が元気だったころの生活に戻りたい。

だから、話を聞いて支え、家事を頑張り続けましたが、母親の症状は一向によくなりませんでした。

その一方、凛さんは、徐々に学校に通えなくなったといいます。授業を受けていても、母親のことが心配になって集中できなくなってしまいました。

家に帰っても、何時間も母親の話を聞いて、家事にも時間を割くと、寝る時間が遅くなりました。
何より、母親のことを思うといろいろ考えてしまって、睡眠不足になったそうです。

凛さんは人の話を集中して聞けなくなり、授業を受けるのが苦痛になることもありました。

私がだめだから

ひとりで抱え込みきれなくなったとき、母親を支援するために家に来る訪問看護師といった大人たちに相談してみたこともありますが、こう言われたといいます。

「あなたは話を聞きすぎじゃない?見守る優しさもあるから、距離を置きなさい」「どういう意味なんだろう。母親には私しかいないのに」

ますます、どうしたらいいかわからなくなりました。

私がだめだから、母親がよくならないのかもしれない、自分を責めるようにもなっていました。

誰も助けてくれない

学校に通えなくなったことで、凛さんは母親といる時間が増えました。

2人でいることが苦しくなり、母親と離れて暮らしたいと思うこともあったそうです。

学校の先生に相談したこともあります。でも「家庭のことだから」と言われました。

通院している病院の先生にも相談しましたが、「いまの年齢だと1人暮らしする能力はないから、家で我慢してね」と言われました。

やっぱり、わかってもらえない。

私が我慢するしかない。誰にも助けてもらえない。

大人に相談するたびに、こんな気持ちにもなりました。

「死にたい」と訴える母親

一番、悲しかったのは、母親が泣きながら凛さんに「死にたい」と訴えてきたときでした。

調子がいいとき、母親は料理を作ってくれたり、学校生活のことを聞いてくれたりしました。

いつかそんな母親に戻ってくれるんじゃないか、そんな期待もしてきたそうです。

だから母親のことも、家のことも頑張ることができました。
でも、母親が、「死にたい」と泣きながら訴えるのを見て、心の奥のなにかが壊れるような、体中の力が抜けてしまうような、そんな感覚にさえなったといいます。

そして、ある日、こんなことも考えるようにもなってしまいました。
「本当に、母親が死んだら、誰かが自分を保護して、助けてくれるかもしれない」
そのたびに、ひどい自己嫌悪に陥りました。

私がいる意味ってあるのかな。

そんなふうに思い詰めるようにもなりました。

凛さんは、母親の体調が崩れたころから、ストレスによる精神疾患があると診断されてきました。

そして、高校1年生の時、一時的な記憶が抜け落ちたり、感覚の一部を失ったりする「解離性障害」と診断されました。

彼女たちは「ヤングケアラー」

凛さんのような子どもたちは、「ヤングケアラー」と呼ばれ、ようやく支援する動きが出てきています。

「ヤングケアラー」とは、家族の介護や身の回りの世話を担っている18歳未満の子どもたち。

病気や障害などで、介護が必要となり、家族の中でサポートする大人がいない場合、子どもたちが家族のケアや介護を担わざるを得なくなっています。

一方で、こうした現状は、ほとんど把握されてきませんでした。

理由は、家庭内のことで外から見えず、相談する先も支援団体もないためです。

「ヤングケアラー」は25人に1人

ただ、実際には「ヤングケアラー」となっている子どもたちは、決して少なくないことが見えてきました。

埼玉県は、今年度、全国に先駆けて実態を把握するために調査を行いました。
調査対象は、県内すべての高校2年生、5万5000人余り。

その結果、25人に1人にあたる1969人が「ヤングケアラー」に該当することがわかりました。
そして調査からは、「孤独を感じる」「勉強時間が十分に取れない」など、生活への影響も出ていることも見えてきました。

早く知っていれば

凛さんは、高校生の時、ツイッターで「ヤングケアラー」ということばを知りました。

自分のことだと思いました。

初めて存在を認められた気がしました。

一方で、もっと早くこのことばを知りたかったと感じました。

高校生になるまで、凛さんは、まわりの友だちも同じような生活をしているものだと思ってきました。

凛さんにとっては「当たり前」の生活でした。

でも高校2年生になったいまは、子どもがひとりで抱え込めることではなかったとわかりました。

凛さんは、体調面でも精神的にも、学校に通えるのは週2回が限界です。

だから、高校に進学の際は、毎日通わなくてもよい定時制を選んで、精神科にも通院しています。

母親の精神状態はいまも不安定で、期待したような日常は戻ってきていません。
凛さん
「自分の人生を生きてないというか、自分の人生が台なしだなって思います。でも、ヤングケアラーということばを知って、いままで自分がしてきたことや苦しみに、名前が付いたという喜びがありました。身近な大人で、『あなたはヤングケアラーなんだよ』『あなたは悪くないよ』って教えてくれる人がいたら、すごく安心できたと思います」

声をあげてもらえませんか?

いまNHKでは、「ヤングケアラー」の実態を少しでも明らかにするために、もしかしたら私も「ヤングケアラー」かもしれない、「ヤングケアラー」だったかもしれないという人たちの声をお寄せいただきたいと思っています。

情報をお寄せいただける方は、こちらからお願いいたします。
さいたま放送局記者
大西咲