“出向起業”でイノベーションを

“出向起業”でイノベーションを
今、大企業の社員が別の会社を立ち上げ、そこに出向して働く「出向起業」という試みが広がっています。元の企業から給料を受け取りつつ、会社の枠組みから離れて、みずからの裁量で新たなビジネスに挑む、新たな働き方とはどんなものなのでしょうか。
(経済部記者 仲沢啓)

スポーツ観戦アプリで「出向起業」

スポーツの実況中継を見ながら、サポーターどうしが選手への応援コメントを書き込んだり、活躍した選手に対してスタンプを使った「投げ銭」をしたりして交流する「SpoLive」というアプリ。

ことし10月に、大手通信会社、NTTコミュニケーションズから「出向起業」をした岩田裕平さんが開発しました。
このアプリはもともと社内コンテストでグランプリをとるなど、高い評価を受けていましたが、実用化には至っていませんでした。
岩田さん
「特に課題としてスピード感がありました。どうしても会社のルールで決まっているところの調整を始めだしたときに、必ず数日かかってしまうんです。ほかにも自分たちで意思決定して採用したり、資金調達したりということができないという課題がありました」

出向起業の仕組み

そこで行ったのが「出向起業」です。
岩田さんは、NTTコミュニケーションズに籍を置きながら、外部のベンチャーキャピタルなどから資金を調達し、新会社を立ち上げました。
そこに「出向」する形で、同僚と一緒にアプリを実用化したのです。

いわゆる「社内ベンチャー」とは違い、まったくの別会社となるため、採用や資金調達をするときに出向元の決裁などをとる必要はなく、迅速な意思決定が可能となります。

その一方で、出向元が給与を支払うため、「独立」ほどのリスクは伴わないのです。

万が一、出向起業が失敗した場合、社員は一定の損失を被る可能性はありますが、出向元の企業に復職することができます。
岩田さん
「この仕組みがあったおかげで起業できました。家族に対する安心感も間違いなくあると思います。チームの中に子どもが生まれたばかりというメンバーがいますけど、一緒にやってくれています」

国も出向起業を後押し

国もことし6月から「出向起業」を支援するため、立ち上げた会社が出向元企業の子会社や関連会社でないことなどを条件に最大500万円を補助する事業を進めています。

この仕組みを使ってこれまでに全国で9人が「出向起業」を行いました。所属している企業も大手金融機関や電力会社、広告代理店などさまざまです。

企業側のねらいは?

社員にとってメリットが大きいように見えるこの取り組み。実は企業には別のねらいがあります。
ふだんの仕事では得がたい経営の経験を積ませるだけでなく、新たなイノベーションへの期待があるのです。

大手日用品メーカーで歯ブラシなどの営業を行ってきた田中和貴さん。
新しいことにチャレンジがしたいと、DJ体験やパイロット体験、パデル体験など、思いもよらない休日のレジャーを企画・提案する「休日ハック!」というサービスで出向起業しました。

レジャーを提供する施設との交渉や利用者への対応など、これまで経験したことがないたくさんの仕事をこなしています。
田中さん
「出向元の企業で営業をやっていると、上司がいるので最終的な責任は上司にありました。しかし、自分で事業を行うと、自分にすべての責任があり、良くも悪くも自分の決定がこの事業を左右します。意思決定の回数が元の営業と比べても本当に100倍くらい違いますし、その事業を左右する決定をすることで、成長していると感じています」
出向元の企業のビジネス開発センターで部長を務める藤村昌平さんは、さらなる事業拡大や人材育成のため、別の若手社員を出向させています。

この仕組みでは、事業が成功した場合、出向元の企業は優先的に買収の交渉をできる権利があるからです。

藤村さんは、日用品の販売という本来の事業とはかけ離れているからこそ、新たなビジネスの柱になる可能性があると感じていると話します。
藤村部長
「われわれの会社とまったく関係ないように見えるサービスに可能性があるかどうかは、市場が決めるのであって、会社ではありません。まず、入り口で止めないことが大切と思います。最終的にはわれわれの会社が買えるような状態にしていくことへの期待がありますので、全面的に協力しています」

広がるか「出向起業」

中小企業庁によりますと、日本では、新たに会社を立ち上げる「開業率」は5%程度と、欧米などと比べて低い水準にとどまっています。
新型コロナウイルスの影響で既存の事業を守るために人材や資金を集中させる傾向も見られ、新しいビジネスを始めるのがさらに難しくなるのではないかという懸念も出ています。

新型コロナウイルスで生活様式が一変した今だからこそ、アフターコロナを見据えた挑戦を後押ししていく必要があります。
起業とも社内ベンチャーとも違う第三の選択肢「出向起業」が、日本に根づくのか、注目したいと思います。
経済部 記者
仲沢 啓
福島局、福岡局を経て、経済部で経済産業省を担当