「この世から消えたい」に寄り添う 最後のとりでに密着

「この世から消えたい」に寄り添う 最後のとりでに密着
1日に60人以上。ことし夏以降、みずから命を絶った人の数だ。新型コロナウイルスによる死者を大きく上回り、増加傾向にある。困難を抱え、みずから死を選ぼうとする人をつなぎ止めるにはどうすればいいか。“最後のとりで”に密着した。(社会部記者 植田治男 宮崎良太)

夜の孤独 相次ぐ“SOS”

「生きているのが辛い」

「助けてください」

「死にたいです」
チャット画面に次々と重いことばが表れる。

12月のある日の夜。
都内有数の繁華街に建つ雑居ビルの1室で、パソコンに向かっていたのは、慶応大学3年生の大空幸星さん(22)だ。
ことし3月に自殺予防のNPO「あなたのいばしょ」を設立。専門家とも協力し、24時間体制でチャット形式での相談に応じている。ホームページから匿名でメッセージを投稿してきた人に相談員たちが対応するしくみだ。

みずからも相談員を務める大空さんのパソコンには、この日もひっきりなしにメッセージが届いた。
並ぶことばは「不安」「失職」「解雇」「貧困」ー
新型コロナウイルスの感染拡大で広がる社会不安を背景に、夏以降、相談は急増しているという。

午後9時ごろ、関西に住む女性からのメッセージが届いた。私たちは利用者が同意するNPOの規定に基づいて、そのやり取りを取材させてもらった。
女性「今も死にたいです。ロープも買っています」

大空さん「いま手元にありますか?もしあるなら、いったん片づけて、それから話してみませんか?」
深刻なことばにも慌てず、大空さんは丁寧にことばを重ねていく。

女性は、新型コロナで勤務先の会社が業績不振になり、ことし10月に解雇されたという。
女性「解雇されて以来必死で仕事を探しています」「今すぐにでも死にたいくらい辛いです」

大空さん「毎日、お仕事を探されていたのですね」「頑張っている姿が伝わってきます」
会ったこともなく名前も知らない彼女の存在を肯定することばを重ねる。相談を通じて、辛い気持ちを吐き出してもらうためだ。

女性は仕事以外にも悩みを抱えていた。その思いも後にチャットで吐露することになる。
大空さん
「1人になる時間が多いせいでしょうか。夜、とくに金曜日の午後9時以降になると相談が増えます。『いますぐ死ぬ』という内容もひんぱんに送られてきます」

10か国以上から24時間365日寄り添う

NPOの相談員は研修中の人も含め約800人。全員がボランティアだ。

重視するのは利用者を「待たせない」こと。誰かに悩みを話したくなったとき、誰かに気持ちをぶつけたいとき、チャットに文字を打ち込んで反応があるだけで人は救われた気持ちになるという。

多くの相談機関でつながりにくいとされる夜間にも十分対応できるよう、海外在住の日本人にも時差を利用して相談員になってもらっている。

相談員の3割近くに当たる250人がアメリカやフランスなど10か国以上に在住。悩みを抱える人からのメッセージを待っている。
大空さん
「自殺を口にする人には、すぐに接触しないといけません。そうしたSOSを取りこぼすことで命を絶ってしまうケースもあるからです。待たせる時間を作らない。それで救える命もあります。チャット相談だからできる対応です」
NPOでは利用者からの相談を待つだけでは不十分だとして、SNS上に投稿された自殺に関することばを検索し、書き込んだ人にアクセスすることも試みている。
ただし、メッセージを送りつけるのではなく、あえて「いいね」のボタンを押すだけにとどめている。悩みを吐き出せる場所があることをそれとなく知らせ、相談への敷居を低くしているという。

一方で、相談の急増に人員が追いつかなくなってきているのが悩みだ。利用者からのメッセージに応答できる割合は春ごろには8割程度だったが、最近は6割程度。NPOは相談員を増やすなどして応答できる態勢を早急に拡充したいとしている。

年代 性別で異なる「危険な時間」

このNPOの理事を務めるのが早稲田大学の上田路子准教授(公共政策)。

ことし4月から毎月、全国の男女1000人を対象にコロナ禍での雇用状況や心理状態などについてインターネットを通じて調査している。

6月から10月までの間に40歳未満の女性の25%が「過去3か月に失業や休業、就業時間の大幅な減少を経験した」と回答していた。同じ年代の男性より8ポイント高かった。現役世代の女性の苦境が浮き彫りになっている。

実際、NPOによると、相談チャットの利用者も8割が女性だという。

さらに、自殺が多くなる「危ない時間帯」にも注目する。過去のデータや、最近のツイッター上のことばを分析した結果、若い世代では男女とも深夜から早朝にかけて、中高年では女性が日中、男性が朝、それぞれ危険な傾向がみられた。
上田准教授
「危険な時間帯は性別や年代によって異なります。それに合わせて切れ目なく救いの手をさしのべる体制を充実させていく必要があります。すぐに誰かに救いを求められるしくみを作るには、相談窓口の強化だけでなく、家族など周囲にふだんと様子が違う人がいたら声をかけるという個人の心がけも大切です」

「ありがとうございます。涙が出て来ました」

NPOの相談チャット。大空さんのパソコンでは、例の女性とのやり取りが続いていた。女性が語り始めたのは、親とのすれ違いだった。
女性「解雇されたことを後になって伝えたら『もっと早く言え』と怒られました」「仕事をがんばって探しているのに、一切理解してくれなかったんです」
そのほかにも積み重なっていたささいなすれ違いの数々。1回のチャットの時間は40分が上限と定められている。対話は上限いっぱいまで続いた。
大空さん「大変な状況だと思います。また、話を聞かせてください」

女性「優しいお言葉本当にありがとうございます。涙が出てきました」
彼女は最後にこう残して日常に戻っていった。

もしもあなたが悩みを抱えていたら、どうか周囲に相談を。もしも様子が気になる人が周りにいたら、どうか寄り添って声かけを。

コロナ禍の今だからこそ。