座間事件裁判 “死にたい”は生きたい心の叫び

座間事件裁判 “死にたい”は生きたい心の叫び
「主文、被告人を死刑に処す」
9人が殺害された座間事件の裁判で、判決を言い渡されると、白石隆浩被告は「わかりました」とはっきり答えました。裁判所は「いずれの被害者も殺害されることに真意に基づく承諾はしていなかった」と認めたうえで、「自殺願望を表明するなど、精神的に弱っている被害者を誘い出す手口は狡猾、巧妙で卑劣だ」と指摘しました。

2か月半にわたる裁判で、被告は淡々とした口調でみずからの主張を繰り返しました。傍聴した記者は、その中でも「心の揺らぎが見えた瞬間があった」と振り返ります。
(座間9人殺害事件裁判 取材班)

被告が語った“後悔”

23回にわたる審理の中で、白石被告は事件について「後悔している」と述べていました。しかしそれは、事件を起こしたことについてではありませんでした。
弁護士「事件について後悔はありますか」
白石被告「はい、しています」
弁護士「どんな点ですか」
白石被告「捕まってしまったので後悔しています」
検察官からも同様の質問がありました。
被告「捕まったから失敗したなと。それ以上、別の感情はない」
被害者や遺族に対しての心境を問われた場面でも、一部の被害者や遺族には「会ってまもなく殺害したから」とか「遺族と面識がないから」などの理由で、謝罪の気持ちを持てないと述べました。
被告「ここまで来てしまえば、演技をしても減刑はねらえない。演技する甲斐がないと正直にしゃべることにした」
そして、9人を殺害した2か月間について、こう振り返りました。
被告「すごく楽で快楽を追い求めた生活だった」
記者が法廷で繰り返し聞いたのは、自身の欲のために9人もの命を奪ったとする、あまりに身勝手で理不尽な言葉の数々でした。

母親の調書に被告は…

淡々とした口調で証言していた被告にも、何度か心の揺らぎを感じる瞬間がありました。それは、親族に話が及んだときでした。
検察官「いま、どんな心境ですか」
被告「正直、きのう母親の調書が読まれてから頭がいっぱいです」
前日に被告の母親の調書が読み上げられていました。
被告の母親の調書(抜粋)
「教育方針としては、自由に行動させ過剰にかまわないように子育てしていました。もちろん怒ることもありましたが、自分たちなりに愛情を注いでいました。自由に育ってほしいと思っていましたが、隆浩は初めての子どもだったので、わがままな性格に育ってしまったと思います。被害者とご遺族のことを考えると自分が生きていていいのか自問しています」
親族が面会に来ないことについて、被告は胸の内を語っていました。
検察官「逮捕されてから家族の面会はありましたか」
被告「ないです」
検察官「1人も1度もですか」
被告「はい」
検察官「どんな気持ちですか」
被告「寂しい気持ちの反面、これだけ身勝手をすればしかたがない」
検察官「親族に対して、どういう気持ちですか」
被告「無理だとは思うんですが、自分の存在を忘れて生活してほしい」
そして、こうも答えていました。
検察官「自分の母親や妹が首を絞められ、性的暴行を受けて殺害されたらということを想像したらどんな気持ちですか」
被告「同じことをされたら、執ように殺しに行くと思います」
被告は一部の弁護士の質問に答えようとしなかったことについても、親族に迷惑をかけないように、争わずに早く裁判を終わらせたかったと述べています。

親族を気にかけることができる被告が、なぜ事件を起こしたとき、被害者の家族の気持ちを少しでも想像できなかったのか、強い違和感が残りました。

遺族たちの叫び「悪魔の所業」「私は心を失った」

一方、遺族たちからは、鬼気迫る言葉が語られました。
3人目の被害者となった当時20歳の男性Cさんは、1人目に殺害された女性と面識があり、被告は事件の発覚を免れるため男性を殺害したと述べました。
Cさんの父親
「頭ではわかっていても、息子の死が間違いであってほしいという気持ちがいまだに私の心の中から離れることはありません。事件の被害者に息子の存在がわかったとき、血の気が引いて目の前が真っ暗になり、崖から突き落とされたような感覚に襲われ、何も考えられなくなりました。被告人は、それまでの犯行の発覚を恐れ、口封じするという身勝手極まりない理由で息子を容赦なく惨殺し、むごたらしく遺棄したのです。人の弱みを食い物にし、息子の未来を奪ったこの悪魔のような所業に対し、被告人だけがのうのうと生きながらえる、こんな理不尽なことは断じて許すことはできません」
8人目の被害者となった当時25歳の女性Hさんは、結婚して子どもを持ち幸せな家庭を築くという夢を家族に語っていました。
Hさんの兄
「殺害状況を淡々と話す被告の声はなんの反省もしていないようでした。私は怒りがこみ上げ、こんなことを聞いているくらいならすぐにでも被告を殺し、かたきをとってやりたいと思いました。その怒りは全身の血液が沸騰するかと思ったほどです。供述を聞いている間、私は鋭利な刃物で傷口を何度も何度も切りつけられるような思いでした。そしてすべてを聞き終えたころには、私の心は完全に死にました。私は妹を失っただけでなく、私本来の心も失ってしまいました。私の壊れた心が僅かでも癒やされることがあるならば、それは『被告がこの世から消えること』以外にありません」

明確に意志を示さない“黙示の承諾”は

裁判の争点となった、殺害されることの承諾があったのかどうか。
判決で裁判長は、意思を明確に示さない形の“黙示の承諾”がなかったのかについても判断を行いました。
判決より
Aさん、Bさん、Cさん
被告から予告や前触れもなくいきなり襲われたので、殺害されることを想定していなかった。黙示に承諾したとみる余地はない。

Dさん、Gさん、Hさん、Iさん
被告と死ぬ方法をやりとりしたうえで訪れたと認められ、命を絶とうという考えは持っていた可能性は否定できない。しかし、被害者たちが想定していた死に方には、苦しまないで死にたいという希望があったと推認できる。被告は勝手にタイミングを決め、いきなり背後から襲っていて、被害者たちが想定していた死に方とかけ離れていたことは明らか。

Eさん
「寝たら殺してください」と被告に告げていた経過はある。ただ命を絶つ決意を固めることができていなかったとみるのが合理的。被告の行為は、被害者のなるべく苦しまずに死ぬという想定していた死に方とかけ離れていた。

Fさん
実際に殺害してもらうつもりで被告のもとに赴いた可能性も否定できない。一方で、想定していた死に方は、自身が最終的に命を絶つ決心をした時点で自分で首を吊るか、被告に吊ってもらうかのどちらかだったことが合理的に推認できる。被告は、被害者が目を覚ましたあとも意思確認せずに失神させ殺害した。
そして、いずれの被害者も「黙示の承諾を含め、真意に基づく承諾はしていなかった」と認定しました。

“死にたい”は生きたい心の叫び

事件を繰り返さないためにどうすればいいのか。

裁判を傍聴した自殺対策に取り組むNPOの伊藤次郎代表は、社会全体で自殺志願者の相談の受け皿を大きくすること。
そして支援を行う際には、インターネット上の世界から医療機関や行政機関、法律家などリアルの世界(相談窓口)につなげるという発想が必要だと訴えました。
当事者と対話を重ねてきた経験に基づく伊藤さんの話の中で、特に印象に残ったのは、次の言葉です。
NPO法人 伊藤代表
「SNSなどに書き込む“死にたい”という言葉は、死にたいくらいつらい気持ちを文字に表して吐露することで、なんとか気持ちを整理し周囲に助けを求める“インターネット上の涙”のようなもの。死ぬためではなく、生きるための行為、叫びなんです。困ったときに『助けて』と言える社会、受け止められる社会をどう作っていくのかというのが私たちの課題だと思っています」