それでも店をやっていく

それでも店をやっていく
「年末年始のかき入れ時も客足はもどらないでしょう。それでも店は続けていくしかないんです」
居酒屋の店主はため息交じりに語りました。第3波の感染拡大が続く中、いま多くの飲食店が試練に直面しています。
(社会部記者 原野佑平 ネットワーク報道部記者 高杉北斗)

“サラリーマンの聖地”で

東京 新橋の居酒屋を取材で最初に訪れたのはことし11月。飲食店への新型コロナの影響を調べている時でした。

飲食店をやめるときに保健所に提出する書類に廃業届があります。
それが同じ時期にいくつも出されているビルの存在が気にかかりました。
「ニュー新橋ビル」です。
JR新橋駅のすぐそばにあり、地下1階には60以上の飲食店が集まる新橋を象徴する建物の1つです。
ビルの老朽化にコロナ禍が追い打ちをかけ多くの店がシャッターを下ろしたままです。

そんな中、ビルができた当初から営業を続けている居酒屋があると聞き訪ねました。

親族、家族で続けてきた最後の店に

居酒屋「ニューニコニコ」。
店主、神久広明さん(59)と81歳の母親の2人で店を切り盛りしています。

ルーツは戦後の闇市だったといいます。父方の親族が始め、その後居酒屋となりました。多いときは新橋に4店舗があり親族で経営したそうです。

いいときも経験しました。バブルの頃です。昼間から築地市場やタクシードライバーの夜勤明けの人たちがやってきて夜まで席が埋まったといいます。
神久さん
「席が空くのを待つなじみ客で店の外に行列ができました。ほかの店もそんな感じでした。今から振り返ればあの時代がよすぎたんです」
ほかの3店舗は閉店し今はこの店だけ。親族、家族で続けてきた居酒屋のうち最後の店です。

店を開けてお客さんを待つしかない

人気メニューは豊洲市場から取り寄せる新鮮な魚をつかった刺身です。しかし新型コロナで売り上げは例年の3分の1に激減したそうです。売れ残らないよう生魚は1番人気のマグロの中落ちなどにしぼって仕入れ、5人雇っていたパートの人たちには休んでもらいました。

感染対策といっても入り口の扉を開けるくらい。そもそも密になるほど客は来なくなりました。

そこに都が営業の時短要請を年明けまで延長するというニュースが飛び込んできました。営業時間を午後10時までに短縮した事業者には協力金100万円が支給されることになっています。

しかしこの店の営業時間はそもそも午後10時までだったため、短縮したわけではありません。このため支給の対象にはならないのだそうです。
神久さん
「街からお客さんがさらに減るでしょう。協力金ももらえません。こんな店もあるんですよ」
少しでも売り上げにつなげるため年末は12月28日まで年始は1月4日から営業するつもりです。
神久さん
「このコロナ禍で借金が膨らみ店を途中で閉めることもできません。店を開けてお客さんを待つしかないのです。一部の常連さんはまだ来てくれています。気持ちとしては、なんとかふんばって最後のこの店を続けたいですね」

新たに店をオープンした人も

このコロナ禍に夢だった自分の店を始めた人もいます。

東京の下町、門前仲町の商店街。真新しい看板が出ていました。
こんな時期に店を始める人もいるのか。話を聞こうとのれんをくぐりました。

店主の青木哲也さん(37)です。
青木さん
「将来への不安や恐怖はありました。ただそれ以上に、自分たちのお店が持てる喜びが上回りました」
仙台市出身で18歳の頃からすし店に勤め、この道一筋。6年ほど前からは東京 丸の内の店で腕を磨いてきました。

大きな店で働くことにやりがいを感じた一方、ちゅう房の中からはお客さんの反応が見えません。
飾り包丁が得意で盛りつけにもこだわりがある青木さん。カウンター越しに直接お客さんの反応を見てみたい。いつしか自分の店を持つことが夢になりました。

2年前、同じ飲食業界で働いていた女性と結婚。妻と2人で店を持つことが具体的な目標となり去年11月、勤めていたすし店を退職。

知り合いのつてを頼って門前仲町に物件を見つけたのがことし3月のことでした。

新型コロナの影響で…

しかしその後、困難が続きます。感染が拡大し緊急事態宣言が出されると銀行の融資などさまざまな手続きが滞りました。

予定していた8月のオープンは見送り。生活費を稼ぐため食事を自転車で宅配するアルバイトを始めました。

開店の準備もままならず体力的にも精神的にもつらい時期を過ごしたあと、ようやくオープンにこぎ着けたのがことし10月でした。
青木さん
「感染が収まらないこんな時期に開店していいのかなという気持ちがあったことは確かです。ただこれ以上バイトで食べていくのも限界だった。もう引くに引けなかったんです。感動的な話じゃなくて申し訳ないんですけど(笑)」

不安は尽きないけれど…

青木さんにはコロナ禍でもやっていくための計算がありました。

長年のつながりで産地から鮮度の高い魚を仕入れるルートを確保。感染対策は都のガイドラインを守り、座席は当初の計画よりも間隔を空けて配置しました。

来店してくれる客が目標の半分1日20人いればなんとかなる。そう考えていました。

オープン当初は感染がやや落ち着いていたこともあり20人以上のお客さんが来てくれる日もあったといいます。

しかしここに来て再び感染が拡大。11月下旬から目に見えて客足が遠のき1日2組という日もありました。
店を訪ねたこの日、1日6食限定で用意した白子がまだあるというので注文しました。コロナ禍でなければきっと売り切れていたはずの白子でした。

本来の営業時間午後11時まで店を開けられるのはいつになるのか。協力金はいつ支払われるのか。不安は尽きませんが夫婦2人で踏んばっていこうと話しています。
青木さん
「私たちはオープンしたばかりで蓄えが潤沢にあるわけでもないので、お金を借りながら毎日なんとか乗り切っている自転車操業の状態です。感染が収まらない状況が続いているので、時短要請は受け入れざるをえませんが店をあきらめるわけにはいかない。テイクアウトも始めました。妻とはけんかすることもしょっちゅうですが、二人三脚でコロナ禍を乗り越えていきたいと話しています」

人には第3の空間が必要

試練の時を迎える飲食店。感染防止の対策は欠かせませんが居酒屋は人にとって必要な空間だという研究者もいます。社会学が専門の早稲田大学人間科学部の橋本健二教授です。
橋本教授
「居酒屋は社会学でいう第3空間。無くしてはいけないものだと考えています」
格差社会を研究するかたわら居酒屋から社会を考察した著書を出しています。
橋本教授
「私たちは家や地域社会など第1の空間と職場などの第2の空間を行ったり来たりして暮らしています。ただそれだけだと息苦しい。だから親や職場での役割と無関係でいられる第3の空間が必要になるのです。中でも居酒屋は中心的な存在。料理を頼めば居続けることができ、話をすることができる。人をこれだけ滞留させられる場所はほかにありません。そうした居酒屋の役割を私たちは客としてずっと享受してきたわけです。コロナ禍で行く回数は減っても生活や精神を保つために失われてはいけない文化だと思います」
飲食店、とりわけ居酒屋は客たちの笑い声が飛び交い多くの人たちののどだけでなく心までも潤してきました。しかし皮肉なことにそうした居酒屋らしさが感染のリスクとされ、経営を直撃する事態になっています。

「最後の店を守る」「長年の夢をつかむ」事情はさまざまですが店主たちの店へのこだわりが新型コロナによって絶たれてほしくない。

居酒屋に通っていた客としてそう感じました。