「ガンジーも参加を許さない」 RCEP交渉の舞台裏

「ガンジーも参加を許さない」 RCEP交渉の舞台裏
東アジア地域の15か国が参加するRCEP=地域的な包括的経済連携。8年がかりの交渉がことし11月、合意に至った。世界の人口の3割を占める巨大な自由貿易圏が生まれることになる。しかし、合意に至るまでの道のりは紆余曲折(うよきょくせつ)の連続だった。各国の複雑な利害関係や思惑が絡みあった交渉の舞台裏に迫る。(経済部記者 早川俊太郎)

署名式

11月15日午後1時30分。
新型コロナウイルスの影響でオンライン形式で行われた署名式。ベトナムの会場の中央にはフック首相。その横には、各国の首脳や担当大臣を映し出す大型のモニターが用意された。

各国の閣僚らが署名する様子が画面に映し出されるたびに大きな拍手がわき起こった。
日本も菅総理大臣の立ち会いのもと、梶山経済産業大臣が署名した。8年間の交渉が凝縮された瞬間だった。

RCEP構想の原型

RCEP交渉が正式に始まったのは2012年。実はその潮流は2005年にまでさかのぼる。中国の提案で「東アジア自由貿易圏構想」という研究が始まったのだ。

ASEAN=東南アジア諸国連合の10か国と日本・中国・韓国の3か国が参加するものだった。
一方、日本はインド・オーストラリア・ニュージーランドを加えた16か国による「東アジア包括的経済連携」を提唱した。人口が中国に匹敵するインドや、日本と良好な関係のオーストラリア、ニュージーランドを巻き込み、中国に主導権を握らせない枠組みが重要だと考えたのだ。

その後、2つの構想は並行して研究が進められたが、2010年に日本の構想に沿う形で1つにまとめられ、RCEPの原型が産声を上げた。

進まない交渉、加速のきっかけは…

RCEPの交渉は、当初から苦難の連続だった。人口、経済規模、主要産業が全く異なる国が16もあるのだから当然と言えば当然だ。

RCEPは当初、2015年中の合意を目指していたものの、交渉はまとまらず、先延ばしされた。こうした中、参加国の結束を強め交渉を前に進めるきっかけとなる出来事が起きた。
アメリカのトランプ大統領の登場だ。トランプ大統領は保護主義的な政策を次々に打ち出し、TPPからも離脱。

同じ時期、イギリスが国民投票でEU離脱を決めた。フランスの大統領選挙では、EUとの関係の見直しを掲げる極右政党が躍進した。

保護主義のうねりが世界を覆う中、自由貿易を守り推進していく機運が逆に高まったのだ。

中国もアメリカから不公正な貿易を行っていると名指しされ、制裁関税や輸出規制による包囲網が敷かれようとしていた。それに対抗する新たな経済的枠組みを設けようという思惑から交渉に積極的な姿勢に転じたのだ。
2018年には1年に閣僚会議が4回も開かれるなど交渉は加速。2019年11月の首脳会議の前には、一部の交渉関係者から「大詰めを迎えているといった状況だ」、「頂上に近づいた」という発言が出るほど、合意への機運が高まっていた。

交渉は暗礁に

ところが、交渉は暗礁に乗り上げる。国内産業の保護を重視するインドが離脱も辞さない姿勢を示し、合意ムードに冷や水を浴びせたのだ。モディ首相は、首脳会議の中で「ガンジーも参加を許さないだろう」とインド独立の父とされるガンジーの名前まで出したという。
日本は、梶山経済産業大臣がインドを訪問。橋渡し役を担おうとした。

さらに日本は切り札を用意した。安倍総理大臣(当時)のインド訪問によるモディ首相との首脳会談だ。しかし、インドの政情が不安定となり、実現しなかった。

結局、その後、インドは、事務レベルから閣僚レベルまで、いっさいの交渉に姿を見せなくなる。

「あの時、総理がインドに訪問できていれば潮目が変わったかもしれない」
交渉担当者からは、そう悔やむ声とともに、この構想の鍵とも言えるインドをどうつなぎ止めたらいいのか、苦悩と焦りが伝わってきた。

新型コロナの感染拡大で…

さらにことしに入って世界は想像だにしない危機に直面した。新型コロナウイルスの感染拡大だ。

通商交渉では対面でのやり取りが大前提だが、閣僚の出張がなくなり、多国間での会合や会合に合わせて行われる各国との会談や懇親の機会も失われた。

交渉関係者は「非公式の場での本音ベースの交渉が重要だが、オンラインでは画面に映らないところで誰がいるか分からず、腹を割って話ができない」とこぼした。

さらに各国は国内の経済対策を優先させ、通商交渉どころではなくなっていた。特にインドでは爆発的な感染拡大で国内対応に追われており、復帰は望み薄となっていた。
交渉関係者の中には、「プランB(インド抜きの合意)」といった単語や「インドありきの方針をいつまで維持し続けるのか」という発言も出始める。

そして11月の首脳会議が近づいてくると「見切りをつける時期だ」という声も聞こえるようになる。

“インド抜き”にかじを切る

コロナ禍で各国が国内優先の姿勢を強め、サプライチェーンも寸断されるなか、これ以上の先延ばしは空中分解につながりかねず、自由貿易推進の機運も失いかねない。ついに日本もインド抜きの合意にかじを切った。

交渉は、最後の詰めに入った。各国との細かい品目の関税や貿易のルールをめぐるせめぎ合い。さらにインドに「扉を開いている」というメッセージをどう伝えるか、慎重な作業が続いた。

日本政府内でも「インド抜きでまとめていいのか。中国の影響力が強まるのではないか」という懸念を払拭(ふっしょく)する作業が丁寧に進められた。

こうした課題を乗り越えようやく首脳会議と署名式がセットされたのは11月9日。11月15日の予定日まで1週間を切っていた。

どう動く バイデン次期大統領

RCEPの合意をきっかけに日本としては改めて世界的な保護主義の強まりに歯止めをかけ、TPPやEUとのEPAなどとも合わせて自由貿易を推進していきたい考えだ。

さらにアメリカのバイデン次期大統領がこれまでの保護主義的な政策を見直すのではないかという期待が高まっている。政府関係者はこのタイミングでの合意の意義は大きいと口をそろえ、日本としてはアメリカに対しTPPへの復帰を働きかけていきたい考えだ。
しかし、バイデン次期大統領は多国間の枠組みを重視する姿勢は見せているものの、当面は国内経済の強化を優先し、TPPには参加しないという見方が強まっている。

一方の大国、中国は貿易面で国際的な存在感を高めようと地固めに余念がない。
RCEPの合意から5日後、習近平国家主席はTPP=環太平洋パートナーシップ協定への参加についても「積極的に検討する」と初めて表明した。

その一方で、安全保障に関わる製品などの輸出規制を強化する法律を12月に施行。アメリカなど外国との対立が激化したときの武器も用意してあるのだ。

アメリカと中国のはざまで

そのはざまに立つ日本。

RCEPの合意に先立ち、インドとオーストラリアとの間で自動車部品などの供給網の強化に向けて協議を始めた。インド抜きとなったRCEPを補完する枠組み作りに着手したのだ。

RCEPの合意は歴史に新たな1ページを刻んだ。しかし、米中の対立は続き、各国の利害や思惑はより一層複雑になっている。日本はそのパズルをどうやって解いていくのか。

新たな時代を切り開くしたたかな戦略が求められている。
経済部記者
早川 俊太郎
平成22年入局
横浜局、岐阜局、
名古屋局を経て現所属