草なぎ剛“エピソードゼロ”~役がくれた再出発の勇気~

草なぎ剛“エピソードゼロ”~役がくれた再出発の勇気~
毛先を巻いた長い髪に、どこか寂しげな表情。※草なぎ剛さんの映画の中の姿です。いま公開中の映画「ミッドナイトスワン」で、草なぎさんは体と心の性が一致しないトランスジェンダーの主人公を演じています。その熱演も話題となり、ロングランのヒットとなっています。
この映画に出会ったことでこれまでの自分がリセットされて「エピソードゼロ」、新たな出発点に立ったという草なぎさん。大きな節目を経たいまの心境を1時間以上にわたるインタビューで語ってくれました。
※草なぎのなぎは「弓へん」に「剪」の字。
(「おはよう日本」ディレクター 岡本直史)

「人生のターニングポイントに役が舞い降りてくる」

映画の撮影はおよそ1年前。

当時の気持ちを思い出してもらおうと、撮影で使った衣装や小道具を借り、ズラッと並べたスタジオに草なぎさんを迎えました。

履いていた真っ赤なハイヒールを手に取り「これは痛かったですね、カツカツ歩くの。ずっとつま先立ちだから、苦労しました。でも僕はダンスをやってるから、バランス感覚があるし、大丈夫でしたよ」と語ったかと思えば、「このコートはスタイリストさんの実家のおばあさんが夜なべをして繕ってくれました、嘘ですけど」など冗談交りのゆるーい雰囲気。
しかし、今回の“役”との出会いについて話が及ぶと、真剣な表情になっていきました。
草なぎ 剛さん
「人生のターニングポイントとかそういう時に自分の気持ちにあった役が舞い降りてくるものだと思っていて、この役が『もっとより自由に個人が生きていいんだよ、剛!』って言ってくれたような気がしました」

あえて役作りなしで挑んだ“トランスジェンダーの役”

草なぎさんが演じたのはトランスジェンダーの主人公・凪沙(なぎさ)。

男性の体に強い違和感を持ち、故郷を離れ東京の夜の街で働き、一人で生きてきました。

ひょんなことから親戚の子ども、一果(いちか)を押しつけられるように預かります。
親に育児放棄された一果は人に心を開くことができず、当初は凪沙とも反発しあってしまいます。

しかし、バレエに打ちこむ一果の姿を見て、凪沙は次第に応援するようになっていきます。

冷たく、そっけなかった凪沙が、すべてを投げうっても一果を守ろうとする“母親”のような存在に変わっていく姿を草なぎさんは、これまで見せたことのない表情で演じました。
関係者に俳優・草なぎ剛の印象を聞くと、話題に上がるのが独特の存在感です。

まるで役と同化していくような様から“憑依型の役者”と呼ばれ、その演技力はこれまでも高く評価されてきました。

今回の役に対してはどのようにアプローチしたのか尋ねると、意外にもあえて役作りをせずに臨んだ事を教えてくれました。
草なぎ 剛さん
「最初に台本を読んで、めちゃくちゃ難しい役だなってすごく思ったんです。トランスジェンダーの方に会って話をさせてもらったりしたのですが、こうじゃなくちゃいけないとか、女らしさって何かなとか、あまり考えずにやった方がいいなって。
トランスジェンダーの方でも一人ひとり違うし、だから本当に役作りをしなくていいと思って、自由に演じることにしたんです。異性を越えたところの人間らしさとか、そういうのが大事だなと思っていたし、より今回、思えたので、構えることなく、飛び込んでいけたというのがありましたね」

トランスジェンダーを取り巻く厳しい現実

「トランスジェンダーらしさ」ではなく「一人の人間としての主人公」をどう演じるかを考えた草なぎさん。

しかし、映画の中では「一人の人間」としてではなく“色眼鏡”を通して見られることの多いトランスジェンダーの孤立感がリアルに描かれています。
映画の序盤、主人公の凪沙が働くショーパブのシーン。

常連らしき男性が若い女性たちを伴って、店にやってきます。
凪沙たち店のキャストの容姿を褒める女性客たちに向かって、男性は次のような言葉をかけます。
男性「お前らさ、とりあえず男に負けてるのやばくないか」
女性「えーひどくないですか?」
男性「オカマでもこんなに頑張ってるんだから、お前らも頑張れよ」
(映画「ミッドナイトスワン」より)
そして、こちらは一果の夢を応援するため凪沙が意を決して、就職のための面接を受けるシーンです。
男性面接官「今ね、流行ってますよね、LGBTね。大変ですよね、僕も講習受けたり、勉強してますよ」
女性面接官「課長・・・!」
男性面接官「え?なんか、まずかった?」
(映画「ミッドナイトスワン」より)
どちらも話している本人に悪気はないものの、凪沙たちを傷つけている言葉の数々。

LGBTなど言葉としては知っていても、異質な存在として受け入れていない今の社会の現実を多くの当事者から聞いたエピソードをもとに描きました。

無知が生む“トゲ”をなくしたい

「ミッドナイトスワン」は内田英治監督が脚本も手がけています。

内田さんは雑誌記者として10年以上のキャリアを持つ異色の映画監督です。

トランスジェンダー当事者への取材など5年以上の歳月をかけて、この脚本を書きあげました。
今回、このテーマを取り上げるきっかけとなったのは、表面的な理解からその先に進むことができていない社会に対してのもどかしい思いだったと言います。
内田英治 監督
「昔みたいな、ドカンとした差別というのは、どんどんなりを潜めてきているけど、日常の会話の中で『ん?』って思うことって、誰しもがあると思うんです。『それ、違くないか』みたいなことって、なんとなく許容されて、スルーされていきますよね。
自分の身近でも、そんなクエスチョンな考え方を持っている人がいて、それが僕はとてもショックで、このテーマを凪沙の背景として描こうと思うきっかけになりました。
何も知らないからだと思うんですよね、そういうことを言うと傷つく人間がいるっていう事を知らないからだと思うんです。無知からくる偏見がとても多い気がします。現実は進んでそうでいて、たいして進んでないっていうことも、何となくみんな心の中では分かっていますよね。
まず知らないっていうのが一番よくないじゃないですか、知って、それで何かしら考える、まず第一歩目として。やっぱりスタート地点にはもう立つべきだと思います」

主人公の生き方に学んだ“人間の強さ”

草なぎさんには映画の中で、強く印象に残っているシーンがあるといいます。

それは物語の中盤、これまで誰に対しても心を閉ざしていた一果が思いを爆発させる場面です。

自らの身体を傷つけようとする一果を全身で受けとめながら凪沙は必死で訴えます。
「うちらみたいなんは、ずっと一人で生きていかんといけんのじゃ…強うならんといかんで」
(映画「ミッドナイトスワン」より)
悩みや孤独を抱えながらも、強く生きようと言った凪沙の言葉に、演じながら「これまで感じたことのない気持ち」がわき起こり、思わずハッとさせられたという草なぎさん。

凪沙の姿を通して、相手も自分もあるがままに受け入れる「強さ」を学んだと話してくれました。
草なぎ 剛さん
「すごく憧れるんですよね、僕は凪沙に。彼女みたいに人として強い心が欲しいなと思うときがありますよね。ほかの人を許してあげるのも素晴らしくて必要で最高なことなんですけど、まずそれ以前に自分を認める力というか。そこがやっぱり凪沙が人生ではじめて感じたんでしょうね、一果のおかげで。
自分のことをずっと認められないと思っていた凪沙ですが、自分のことを、すこしずつ一果のおかげで許していく気持ちになったんじゃないかなって。自分のことを受け入れられなかったり、認められない人生は一番つまらなくて、さみしくて、悲しいなと僕は思うんです」

「いい意味で僕をまたゼロに戻してくれた」

凪沙を演じて発見したことを熱く語ってくれた草なぎさん。

その言葉を聞いていると、3年前の大きな転機を経て新たな世界を切り拓こうとしている自身の人生を重ねているのかな、と感じる部分もありました。
草なぎ 剛さん
「僕の中にもなにか、今の自分に対してとか、世の中に対してとか、炎症が起きているというか。いろいろなタイミングが重なってこの作品が今、存在していて、非常に僕の気持ちにも合っていると思うんですよね。だから神様が役をくれるものなんだなと。
許せない自分というのもあるんですよね。なんであのとき、ああいうふうにやっちゃったかな、なんであんなふうに言っちゃったのかなとか、心に残っていることって、ありますよね。それを許したらいけないんじゃないかとか、みんなもあると思うんだけど、でも、それもひっくるめて今じゃんみたいな、そういうふうに思わせてくれた作品でしたね。
幸せは自分の心のなかにあって、人に決められるものでもない、至ってシンプルなことですよね。でも人間って、複雑なんですかね。他人の意見は気になるし、周りのことが気になるし、自分って、どう思われているのかなとか、それは僕もすごく気になります。
だから凪沙はすごくかっこいいなって思いました。自分の幸せとシンプルに向き合った結果、ああいうストーリーになったんだなって。男、女とかでもないし、人なんだよ、1つの個として輝く人は素敵じゃないか、前からわかっているだろうみたいな。いい意味で僕をまたゼロに戻してくれたというか。それは僕の人生だったり、演じることに関してだったり、年をとると色々とたまっていくじゃないですか。だからすごく身軽になったというか。気持ちも本当に“エピソードゼロ”になったというか。ここからまた僕自身も、また出発できるんじゃないかなって」
「おはよう日本」
ディレクター 
岡本 直史 
平成24年入局。
沖縄局、経済番組などを経て現所属。