砲撃から10年「北朝鮮への最前線の島」のいま

砲撃から10年「北朝鮮への最前線の島」のいま
2010年11月23日。人口2000足らずの漁業の島は、突然、北朝鮮からの約80発の砲弾に襲われました。住宅から激しく立ち上る、いくつもの黒煙。現地の映像に、世界中が驚き、緊張が高まりました。あの、ヨンピョン島砲撃から10年。「最前線」から南北関係の現状を探ろうと、島を訪ねました。(ソウル支局記者 佐々一渡)

いざ、ヨンピョン島へ

「ヨンピョン島」は、朝鮮半島の西の黄海に浮かぶ、2つの島の総称です。

今回、私は2島のうち大ヨンピョン島を船で目指しました。

ソウル近郊のインチョンから約100キロ。

気象条件によって欠航になることも珍しくありません。

今回も霧の影響で出発が遅れ心配しましたが、何とか出航しました。

船内では、大きな荷物を抱えた島民と見られる人たちの中に、軍服を着た人の姿も目立ち、独特の緊張感が漂っていました。

「島の人たちはこの10年間、どのような思いで北朝鮮と向き合ってきたのだろう」などと考えているうちに、約2時間半で島に到着しました。

目の前は北朝鮮

船を下りると、いきなり軍の関係者に呼び止められました。

「軍事関連の施設は決して撮らないように」。

私たちが撮影機材を持っているのを見つけ、注意事項を説明していきました。

最初に向かったのは、島の展望台。

目の前に見えるのは、北朝鮮の島です。
天気がよければ、10キロ余り先にある北朝鮮の陸地も見えるということです。

展望台にいるとき、近くから「パン、パン」という大きな音が聞こえました。

韓国軍の訓練です。

最前線の島では、今も厳重な警戒が続けられています。

「まるで戦争」

島は10年前、突如として北朝鮮軍の砲撃に見舞われました。

約1時間にわたる砲撃で、北朝鮮が撃った砲弾は約170発。

このうち約80発が島に着弾し、民間人と兵士合わせて4人が命を落としました。

韓国軍が当時行っていた陸海空の合同軍事訓練に、北朝鮮側が反発したものと見られています。
ソン・ヨンオク(宋英玉)さん
「突然、バンという音がして、コンピューターの電源が切れました。何だろうと思って町の方を見たら、炎と黒い煙が上がっていました」
島に30年以上暮らし、民宿を営むソン・ヨンオク(宋英玉)さん。

当時、島の南側の港にいました。

砲撃で島の姿は大きく変わり、自宅も窓が壊れるなどの被害を受けたと言います。
「本当に、まるで戦争のようでした。住民たちはどうすることもできませんでした」

残る傷あと、消えない不安

砲撃を後世に語り継ぐため、被害を受けた一部の建物は、そのままの姿で残されています。

屋根や壁は激しく崩れ、ところどころ黒く焦げているほか、撃ち込まれた砲弾も展示され、砲撃のすさまじさを伝えています。
キム・ヨンスン(金英順)さん
「『平和』がどれぐらい大切なものなのか。この現場を見ることで、韓国だけでなく、世界中の人に伝えられるのではないか」
案内してくれた住民のキム・ヨンスン(金英順)さんは、話します。

あれから10年。

島の人たちの不安は、今も消えることはありません。

2018年には南北首脳会談に続き、史上初の米朝首脳会談が行われるなど、融和ムードが広がり、それを受け翌年、島の灯台に45年ぶりに灯がともりました。
それでも照らしているのは、島の南側だけ。

北側を照らすと、北朝鮮からの標的になるなどとして、いまも光を向けていません。

北朝鮮への警戒は、緩めていないのです。

次に訪れたのは、この施設。
小さな体育館のように見えますが、砲撃のあと新たに整備された避難施設です。

島内8か所に作られた施設のうち、ここは規模が最も大きく、460人余りが入れます。

炊事場やトイレを備えているほか、ガスマスクなども保管されていて、1週間程度滞在できるということです。

こう着する国際情勢

島を取り巻く国際情勢は、こう着状態が続いています。
アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長は、2019年まで3回にわたって首脳会談を行いましたが、北朝鮮の非核化には進展が見られません。

韓国のムン・ジェイン(文在寅)政権は、南北融和を最優先課題に掲げてきましたが、北朝鮮はことし6月、南北の共同連絡事務所を爆破。

その3か月後にはヨンピョン島近くの海上で、韓国の漁業指導船の乗組員が北朝鮮軍に射殺されました。
11月23日には、韓国の中部テジョンの国立墓地で、砲撃事件の犠牲者を追悼する式典が開かれました。

ソ・ウク(徐旭)国防相は「過去の苦しみが2度と繰り返されないよう、強固な国防態勢を確立する」と述べる一方、「南北は対決と葛藤の時代を終え、一度も進んだことのない平和の道を歩むために努力している」と述べました。

北朝鮮を直接非難せず、刺激することを避けたい狙いもあったと見られます。

こうした中、新たな変数となるのが、アメリカ大統領選挙で勝利を宣言したバイデン前副大統領です。

「ボトムアップ」で打開なるか

バイデン氏は11月の選挙後、韓国のムン大統領とさっそく電話で会談。

「朝鮮半島の非核化や恒久的な平和定着に向け、意思の疎通を緊密にしていきたい」としたムン大統領に対し、バイデン氏は「北朝鮮の核問題解決のために協力していく」と応じました。
ムン大統領への助言を行ってきた、ソウルにある北朝鮮大学院大学のヤン・ムジン(梁茂進)教授は、トランプ大統領が好んだ「トップダウン方式」に対し、バイデン氏の北朝鮮政策は、実務者の間で協議を重ねる「ボトムアップ方式」になると見ています。

この方式は時間がかかるのが難点だとする一方で、より具体的な合意につなげやすい利点があるということです。

安心できる日を待ちわびて

ヨンピョン島の人たちは、今後についてどう見ているのでしょうか。

「不安です」と吐露したのは、60代の男性。

アメリカの大統領がトランプ氏からバイデン氏にかわれば、北朝鮮が再び強硬な姿勢に転じるのではないかと心配しているということで、「とにかく政治家たちが、物事を平和的に解決してほしい」と話しました。

50代の男性も「バイデン氏になり、私たちにとっていい方向に進んでほしい」と、アメリカの動向を気にかけています。
一方、民宿を営むソンさんは、「国際協調重視」などを掲げるバイデン氏の政治姿勢には共感するものの、北朝鮮との関係の進展には、あまり期待していないと話します。

「北と歩み寄ったり、往来ができたりするのかと期待したこともありましたが、結局、足踏みでした。簡単なことではない」と南北や米朝首脳会談が相次ぎ、融和ムードが高まった2018年などを振り返り、半ばあきらめ顔です。

逆に、情勢が悪化すれば島を訪れる人は減り、民宿の経営にも影響が出ると、懸念を口にしました。

朝鮮半島情勢をめぐって、関係各国による駆け引きが続く中、ヨンピョン島の人たちは、安心して暮らせる日を待ちわびています。
ソウル支局記者
佐々一渡