サッカーJ1 川崎フロンターレ優勝 2年ぶり3回目 史上最速

サッカーJ1の川崎フロンターレは25日夜、2位のガンバ大阪に5対0で勝ち、2年ぶり3回目の優勝を決めました。
4試合を残しての優勝はJ1で史上最速となります。

フロンターレは勝つか引き分けるかで優勝が決まる中、25日夜、川崎市の等々力競技場でガンバとの試合に臨みました。

立ち上がりからフロンターレが主導権を握り、前半22分にレアンドロ・ダミアン選手が先制ゴールを決めると、前半終了間際にはコーナーキックから家長昭博選手が追加点を奪って2対0で折り返しました。

フロンターレは後半も攻め続け、家長選手がさらに2得点をあげてハットトリックを達成するなど、持ち味の攻撃力を発揮して5対0で快勝しました。

この結果、フロンターレは勝ち点を「75」に伸ばし、4試合を残して2年ぶり3回目の優勝を決めました。

フロンターレは3試合を残して優勝を決めた平成22年の名古屋グランパスを上回り、J1史上最速の優勝となりました。

鬼木監督「選手全員が一丸となって戦った」

川崎フロンターレの鬼木達監督は「優勝がうれしくてしかたない。今シーズンはこれまでの経験を捨てて新しいことにチャレンジしてきた。選手たちはプレッシャーがある中でも失敗を恐れず目標に向かって全員が一丸となって戦ってくれた」と喜びを語りました。

今シーズンで引退 中村憲剛選手「最高です」

今シーズンで引退する中村憲剛選手は「最高です。最高以外のことばが浮かばない。初優勝の時とは違う光景だ。1年間の戦いの成果が反映されたフロンターレらしい優勝ができた」と笑顔を見せました。

そのうえで「みんなが強いフロンターレを作ってくれたので、きょうはその強さに任せるだけだった。これで心おきなく先に進みたい」と話し、最後は集まったサポーターに向かって「皆さんもおめでとうございました」と拍手を送りました。

家長選手「特別な年 報われてよかった」

家長選手は「新型コロナウイルスの影響でリーグ戦が中断したり中村憲剛選手の最後のシーズンになったりと特別な年になったが、きょうのために日々、一生懸命やってきた。報われてよかった。きょうが終わらないでほしいと思うくらいうれしい。これからもいいサッカーをして笑顔を届けたい」と話していました。

圧倒的な強さで優勝

4試合を残してJ1史上最速の優勝を決めたフロンターレ。

シーズン中に10連勝以上を2回マークするなど圧倒的な力で2年ぶりにJ1のリーグ戦を制しました。

これでフロンターレはここまでの30試合の成績を24勝3敗3引き分けとして勝ち点を「75」まで積み上げました。

34試合制となった2005年以降、2015年のサンフレッチェ広島、2016年の浦和レッズがマークした年間の勝ち点「74」をすでに上回り、歴代最多となりました。

さらに24勝という勝ち数も歴代最多となっています。

勝率は8割8分9厘で2001年から2シーズン連続でジュビロ磐田がマークしたこれまでのJ1の最高勝率、8割9分7厘という記録に迫る勢いです。

強さを支えたのが強力な攻撃陣による得点力でした。

鬼木達監督は「毎試合3点以上」を目標に掲げて今シーズンに臨みました。

その結果、ここまでフォワードの小林悠選手がチーム最多の13得点をあげたのをはじめ、レアンドロ・ダミアン選手とルーキーの三笘薫選手がいずれも12得点で続くなど、どこからでも点が取れる攻撃陣を形成しました。

今シーズンのフロンターレは30試合で79得点を上げていて1試合の平均得点は2.63。

1998年のジュビロ磐田がマークした歴代最多となる3.15には届いていないものの現時点で歴代2位につけています。

強さの背景は…

今シーズンはことし2月に開幕戦を終えたあと、Jリーグは新型コロナウイルスの影響で4か月余り中断。

7月のリーグ戦再開後は6か月間で33試合をこなすという異例のシーズンとなりました。

再開後に一気に抜け出したのが川崎フロンターレでした。

勝ち点を積み重ねて第4節で首位に立つと、連勝を10まで伸ばしました。

8月に名古屋グランパスに敗れていったん連勝は途切れたものの、再び白星を重ね、こんどは12連勝と1回も首位の座を明け渡すことなく、独走しました。

その強さの秘密の背景には意欲的なチームの方針がありました。

1. 貫いた攻撃サッカー

「今までの経験をチームとして捨てて、新しいものにチャレンジした。選手たちが失敗を恐れずやってくれた」。

フロンターレの鬼木監督は優勝を決めたあとのインタビューでこう振り返りました。

2017年の就任以降、フロンターレを2回のリーグ優勝に導いている鬼木監督。

ことし行き着いたのは攻撃サッカーの徹底です。

選手たちには「毎試合3点以上」を課しました。

前線から激しいプレスをかけ、相手ゴールに近い位置でボールを奪って一気に攻撃に転じる。

そして、たとえリードしていても攻撃の手を緩めず、つねに追加点をねらうという方針は選手たちに試合を重ねるごとに浸透していきました。

ミッドフィルダーの大島僚太選手は「今までは『90分で勝つこと』に比重を置いていたが、ことしは『1試合3点以上』を目標にしてより攻撃的にボールを奪うことにみんなでチャレンジした。その結果だと思う」と話せば、元ブラジル代表のフォワード、レアンドロ・ダミアン選手は「高い位置でボールを奪い、攻撃に移すことがフロンターレの形。1対0ではなく、2対0、3対0を目指してアグレッシブにいったことが得点を重ねられた要因だ」と話しました。

目標の「3点」には届いていないものの25日までの1試合平均の得点数は2.63。

1998年のジュビロ磐田に次ぐ歴代2位のペースです。

2. 激しい競争

そして、もう1つチームを支えた要因が選手層の厚さです。

主力の家長選手も「2チーム作れるくらいの戦力がある」と自信を示していました。

特に強力な攻撃陣では激しいポジション争いがみられました。

5年連続でふた桁得点をマークしているストライカーの小林悠選手やここまで12得点のルーキー・三笘薫選手などがベンチで控えることもしばしばあります。

「結果を出さなければ試合に出られない」。

ヒーローになった選手からたびたび聞かれるこうした“危機感”がポジション争いの厳しさを物語るとともに選手の原動力になっています。

「推進力を増すとか、パワープレーができるとか、選手の組み合わせでいろんなパワーの出し方があると思っている。どの選手の組み合わせがベストみたいなものは自分の中ではまだ見つかっていない」。

鬼木監督のこのことばが選手層の厚さを物語っていて、フロンターレのさらなる進化の余地がうかがえます。

レジェンドも認めた強さ

首位独走を続ける中、チームに舞い込んだのがフロンターレ一筋で18年プレーしてきた中村憲剛選手の引退でした。

今シーズンは左ひざの大けがからの復帰を果たすとみずからの40歳の誕生日、10月31日のFC東京戦では決勝ゴールを決めるなど、チームに貢献してきました。

その中村選手は25日の会見で「みんなが強いフロンターレを作ってくれた。心おきなく先に進みたい」と述べました。

チームの要である“レジェンド”が安心してチームを去ることができるほどの強さにフロンターレは達しているのです。

記録づくめ

フロンターレはここまでの30試合の成績を24勝3敗3引き分けとして勝ち点を「75」まで積み上げました。

年間の勝ち点、勝ち数ともに歴代最多となっています。

そして勝率は8割8分9厘で2001年から2シーズン連続でジュビロ磐田がマークしたこれまでのJ1の最高勝率、8割9分7厘という記録に迫る勢いです。

鬼木監督は「特別なシーズンだと思うのでこういう形で独走して優勝するのはこれから先、難しいと思う。ただ、選手を信じて戦えば決してできないことはないと思った。一戦必勝で戦ってきたが今度は記録にチャレンジすべきだと考えている」と話しました。

圧倒的な強さでリーグを制したフロンターレ。

残り4試合、さらなる高みを見据え、異例のシーズンを締めくくろうとしています。