“トランプメリカ”で見た現実

“トランプメリカ”で見た現実
「トランプ氏が当選を確実にしました」ー2016年11月、衝撃のニュースが世界を駆け巡った時、私は東京の生放送のスタジオにいた。大方の予想を覆す大逆転劇に理解が追いつかず、震える手でキャスターに原稿を渡したのを覚えている。

あれから4年。“TRUMPMERICA(トランプメリカ)”とも呼ばれるようになったアメリカでは、どんな社会の変化が起きたのか。くしくも新型ウイルスの猛威にさらされるなか、有権者はいかなる審判を下そうとしているのか。

60日近い滞在中、アメリカ社会の“リアル”を探しに、選挙結果を左右するとされた「ミレニアル世代」「スイング・ボーター(浮動層)」「ラストベルトの労働者」を訪ね歩いた。

(ニュースウオッチ9 チーフ・ディレクター・加納丈嗣)

「ミレニアル世代」を探して

74歳のトランプ大統領と、77歳のバイデン前副大統領。

候補者が高齢である一方、勝敗の鍵を握ると言われていたのは20代半ば~40歳未満のミレニアル世代。その人口は今回初めてベビーブーマー世代を超え、最大の有権者層として注目が集まっていた。

まず取材に向かったのは、カリフォルニア州サンフランシスコ。若者が集まる繁華街に並んでいたのは、木製のブース。新型コロナで店内の営業を制限されたレストランが、即席のテラス席を設けていた。
そこでひときわ目立っていたのが、真っ青に塗られたブース。半個室の中では、若い男女が電話をかけたり、手紙を書いたり…実はここ、屋外の選挙ボランティア事務所。カリフォルニア以外の州の有権者に、電話・手紙・メールでバイデン氏への投票を呼びかけているのだという。

リベラルな価値観の人が多いカリフォルニアは長く民主党の地盤で、今回も民主党・バイデン氏が優勢だ。そのためボランティアは、お隣アリゾナや遠く離れたフロリダといった共和党が強い州に支持を訴えかけていた。

活動中の30代の男性に、バイデン氏を支持する理由を聞いてみると「いや、別に支持は…」と言葉を濁す。男性は多様性を重視していて、現政権の移民政策に反対。トランプ大統領を落選させるために、バイデン氏を応援しているのだとか。
よく見ると、ブースには「ミシェル・オバマ」や「エリザベス・ウォーレン」といった民主党関係者の名前が掲げられていた。

けれど「ジョー・バイデン」という部屋はなく、熱烈さに欠けるとも言われる実態を象徴しているようだった。

サンダース支持の若者が未来を託すのは…

サンフランシスコを訪ねたのは、2月に取材したミレニアル世代、エイミー・ザイグラーさん(26)と再会するため。

当時、エイミーさんは家賃の高騰でホームレスとなり、大学も中退。そんな中、「大学の無償化」や「国民皆保険」を訴えて民主党の大統領候補を目指していたサンダース上院議員に希望を抱いていた。
しかし2月の取材後、サンダース氏は選挙から撤退。今回再会したエイミーさんは「未来を託したい候補がいなくなった」と悔しがっていた。

実は、彼女のようなサンダース支持者の票がどこに流れるかは、大事なポイントだ。

サンダース氏は4年前も、民主党の候補者争いでヒラリー・クリントン氏に敗退。サンダース支持者の多くがクリントン氏を嫌って投票しなかったため、結果的にトランプ氏に有利に働いたとも言われている。
いま、エイミーさんの最大の関心事は「ブラック・ライブス・マター(黒人の命も大切)」のデモに参加すること。みずからも厳しいホームレス生活を送る中、警察の暴力に苦しむ黒人に共感するのだという。

私もデモに同行。約1時間にわたって声をあげ続けたエイミーさんとの別れ際、大統領選について聞くと、かえってきた言葉は「しかたなくバイデン氏に投票する」「社会の分断をあおるトランプ大統領に比べれば、まだいいのではと思うから」。

共和党員なのに反トランプ?

次に訪ねたのは、共和党の牙城・テキサス州。ここで出会ったのが、クリスチャン・スリルキルさん(26)だ。

母親が社会主義国・キューバからの移民で、政府の厳しい統制について聞いて育ったため、共和党の「政府の介入を最小限にする」という理念に賛同。十代のころから、共和党・ブッシュ元大統領や故マケイン氏の選挙ボランティアに参加してきた。
“筋金入りの共和党員”、クリスチャンさん。でも今回は「民主党のバイデン氏を支持する。死んでもトランプは支持しない」と強い口調。

「共和党の美徳は異なる意見を尊重することだが、いまは異論が封じられる“Trump Party(トランプ党)”になってしまったからだ」と、怒りをあらわにした。

一方でバイデン氏を支持する理由は、調整型の政治家であることと、「コロナ禍であり、社会の分断が深刻な中で大統領に求められる“共感力”を持っている」ことへの評価。積極的なバイデン氏支持かと思いきや、「バイデン大統領の誕生で共和党が反省し、“脱トランプ党”の道を歩み始めるきっかけになればいい」と。

ミレニアル世代の間では、支持政党にかかわらずトランプ政権への反発があるのかもしれないと感じた。

“スイング・ボーター”が見た討論会

大統領選終盤の注目イベントが、両候補による「討論会」だ。“口撃”で相手をするどく突くか、巧みにかわすか、いわば「言葉のボクシング頂上決戦」のようだ。

ただ、勝敗を判定するレフェリーはいない。

各メディアが「○○氏の勝利だ」とか「いや引き分けだ」と報じるが、アメリカのメディアはどちらかの候補に肩入れしているようにも見え、その評価に首をかしげてしまうことも少なくない。
そこで、どちらにも寄っていない一般市民の評価を聞いてみたいと、「オンライン座談会」を開催することにした。

レフェリー役を頼んだのは、“スイング・ボーター”と呼ばれる人たち。特定の支持政党をもたず、選挙のたびに投票先が揺れ動く有権者たちだ。集まった全員が、前々回は民主党・オバマ氏に投票し、前回は共和党・トランプ氏に票を投じていた。

早速、最後の討論会でどちらが勝ったかと聞くと…「バイデン氏の勝利」という結果に。
トランプ大統領に軍配をあげた男性は「実績のアピールにたけていた」と評価。

一方、バイデン氏と答えた女性2人は、新型ウイルスの議題で「トランプが回答をはぐらかした」、「また中国のせいにした」と指摘。敵失でバイデン氏勝利という判定だった。

では、実際の選挙で、誰に投票するかを問うと…優勢は「トランプ大統領」。
右上の女性は、討論会でバイデン氏に軍配をあげつつ、トランプ大統領に投票すると明言。理由は「パンデミックの最中に政権交代をすべきでない」とのこと。

でも自分が、討論会で回答をはぐらかしたと指摘した大統領の対策に不安は?と聞くと、「そもそも既存の政治家が嫌い。トランプ氏なら何かやってくれる」という答え。

トランプ大統領が、4年前に売りにした「政治経験のないアウトサイダー」という看板は、今も有効だった。

残りの3人は「まだ政策論争がつくされていない」として、決めかねている様子。この迷いこそが、政党ではなく政策で判断する「スイング・ボーターの証し」だと感じた。

ラストベルト・ペンシルベニア州で見た熱狂

「トランプ氏を大統領にした場所」と呼ばれるラストベルト。

前回、トランプ氏は「雇用を取り戻す」と約束し、この地域の労働者から絶大な支持を得て当選した。そのラストベルトの1つ、ペンシルベニア州を車で走ると…星条旗カラーの家と4メートルを超える大統領のパネルが。

「トランプハウス」と呼ばれる施設だ。
ここでは、トランプ大統領の名前が書かれた看板やTシャツ、帽子などが無料で配られ、週末には全米から人が押し寄せて、1日1500人に上る日もあるそう。

私が取材した日も、車で7時間かけてケンタッキーから来たという女性たちが。

「トランプ支持者にとってのディズニーランドね」と興奮ぎみに話をしていた。
この施設ができたのは4年前。熱狂的な支持者レスリー・ロッシさんが、トランプ氏への投票を呼びかけるためにつくった。

「以前はトランプ氏への投票を『お願い』していたが、今では何も言わなくても『投票するよ』と言ってくれる」のだとか。

前回の選挙で「トランプ旋風」が巻き起こったと言われているが、その強さの健在ぶりを見たようだった。

ラストベルト・オハイオ州 根強いトランプ支持

次の目的地はペンシルベニアの隣、オハイオ州。

目指したのはアメリカの歌手、ブルース・スプリングスティーンが「今は鉄くずとガレキが残るだけ」と歌ったヤングスタウンの近郊。

鉄鋼業で栄えたが、80年代に製鉄所が相次いで閉鎖。そんな地域を救ったのが、大手自動車メーカー・GMの工場進出だった。
しかし2019年、この地域を支えてきた工場が閉鎖。4500人が働いていた跡地には、見渡すかぎりの従業員駐車場が無残に広がっていた。

トランプ大統領は「新型ウイルスが来る前、アメリカは歴史的な好景気だった」と語るが、この工場は例外の一つ。にもかかわらず、オハイオではトランプ支持が根強いと言われる。

なぜなのか?
答えを探しに、GM従業員が通っていたダイナーに入った。そこで偶然出会ったのが、村長のアルノ・ヒルさん。

工場閉鎖の影響を聞くと「大勢の労働者が村を出ていった。税収は100万ドル以上減ってしまって、道路を補修するカネもない」と打ち明けてくれた。

しかし、その表情に暗さはない。
というのも近年、この地域に中小の工場や配送所などが進出。
GM跡地にも、電動トラックのメーカーが入った。

ヒル村長は「こうした企業進出は、大統領による減税や規制緩和のおかげ」だと評価する。
9月、GM跡地に入った電動トラックメーカーの幹部が、ホワイトハウスに招かれた。トランプ大統領は開発中の試作車を前に「われわれが努力した結果、工場ができた」「この地域では経済ブームが起きている」と、みずからの経済政策をアピール。

その後も選挙集会で「オハイオの経済は好調だ」「去年は最高の年だった」と繰り返した。
このトランプ大統領の主張に異議を唱える人に出会った。

GMの工場で24年働き、労働組合の幹部もつとめたマット・モアヘッドさんだ。工場の閉鎖が発表された後、マットさんのもとには組合員から「家族が路頭に迷う」「なんとかしてくれ」という電話が鳴りやまなかったという。
マットさんが、工場でつくられた最後の車と撮った写真を見せてくれた。

「みんな笑顔だけど、心は泣いていた」と。

実際、将来を悲観した元従業員の中には、みずから命を絶った人もいたのだそうだ。トランプ大統領が成果として誇る中小の工場進出について聞くと「小規模の工場ができて雇用は少し回復したが、どこも最低賃金しか払わない。“経済ブームが起きている”というのは完全なるウソだ」と悲しげに語った。

オハイオで根強いとされる大統領支持。

大統領の“大きな声”に、マットさんのような“小さな声”が、かき消されているからかもしれないと感じた。

その時ワシントンは

「バイデン氏が当選を確実にしました」―現地11月7日、メディアが速報で伝えた直後、首都ワシントンのホワイトハウス前に駆けつけた。
そこには、バイデン氏の当選確実を喜ぶ雄たけびや、歌や踊りで感情を爆発させる大群衆の姿。数千人はいただろうか。車も何台も集まってパレードのように走り、祝福のクラクションを街中に鳴り響かせていた。

「歓喜に沸く」という言葉は知っていたが、それを全身で体感するのは初めてだった。
人々が掲げているプラカードや旗を見ると「トランプ氏は終わりだ」「クビだ!」と書かれていて、現政権への不満が渦巻いていたことを感じさせた。
一方で、バイデン氏のプラカードやグッズを持って集まった人の数に驚かされた。
2か月にわたる取材で「反トランプ感情」を抱く人にはよく会ったものの、積極的に「バイデン支持」と明言する人はほとんど出会わなかったからだ。

“TRUMPMERICA”(トランプのアメリカ)で影を潜める“隠れバイデン”が数多くいたのだろうか?それとも新型ウイルス対策で、家に閉じこもっていただけなのだろうか?

国土が広大で、価値観や人種が多様なアメリカ。そこでトランプ大統領が顕在化させた、かつて無いほどの人々の分断。そして新型ウイルスの感染拡大。
このアメリカを「1つにまとめる」と語るバイデン氏が正式に大統領になるのなら、これから大変な役目を担うことになると、歓喜に沸く人々を目の当たりにしながら、そう感じざるを得なかった。

新しい大統領は、「トランプのアメリカ」でも「バイデンのアメリカ」でもないアメリカ合衆国をつくることができるのだろうか。
ニュースウオッチ9
チーフ・ディレクター

加納丈嗣

番組制作会社を経て
2010年入局
福岡局・沖縄局・現所属