「全米図書賞」の翻訳文学部門に柳美里さんの小説

アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」の翻訳文学部門に、柳美里さんの小説「JR上野駅公園口」が選ばれました。

ことしの全米図書賞の受賞者は日本時間の19日午前、オンラインのイベントで発表され、このうち「翻訳文学部門」に柳美里さんの小説「JR上野駅公園口」が選ばれました。

この作品は、年老いて東京の上野公園でホームレスとして暮らす福島県出身の男性が主人公の小説で、日本では平成26年に発表されました。

家族を支えるために出稼ぎを続けてきた男性の人生や、周りのホームレスの生活が細かく描写され、経済成長のかたわらで見過ごされてきた日本のひずみを浮かび上がらせています。

柳さんは平成9年に「家族シネマ」で芥川賞を受賞し、東日本大震災をきっかけに平成27年から福島県南相馬市に移り住んで執筆活動を行っています。

全米図書賞の翻訳文学部門には、これまで川端康成の「山の音」などが選ばれているほか、おととしには多和田葉子さんの「献灯使」が受賞しています。
柳美里さんは茨城県生まれの52歳。

高校を中退後、劇団に入って俳優や演出助手として演劇を学んだあと、演劇ユニットを立ち上げて劇作家として活動し、平成5年に岸田國士戯曲賞を受賞しました。

翌年、小説家としてデビューして平成9年には「家族シネマ」で芥川賞を受賞し、その後もみずからのルーツや経験を題材とした作品を発表しています。

また、東日本大震災をきっかけに福島県南相馬市にできた臨時のラジオ局でパーソナリティーを務め、平成27年には南相馬市に移住しておととし書店をオープンさせるなど、地域に根ざした活動も続けています。

柳さん 英語でスピーチ

柳美里さんはオンラインで行われた全米図書賞のイベントで、「私は2011年に爆発した原子力発電所から16キロ離れた、元避難区域の南相馬市に住んでいます。『JR上野駅公園口』の主人公も南相馬市出身です。南相馬の人たちとこの喜びを分かち合いたいです」と英語でスピーチしました。

柳さん「南相馬の人たちへのプレゼントになれば」

柳美里さんは、オンラインで会見を開き、「社会で隅に追いやられた人たちの問題が、共感を持って読んでもらえたのでは」などと語りました。

柳さんはまず、発表前の心境を振り返り、「受賞できるとは思っていなかったのですが、きのう、私が営む本屋に来たお客様が『とれたらいいね』と口々におっしゃっていたので、受賞できなかったらがっかりさせてしまうなと思って緊張していました」と話していました。

そして、「20代の時は自分のために賞をとりたいという思いでしたが、今回の全米図書賞は南相馬の人のために受賞したい、皆さんへのプレゼントになればという思いでした。今回の受賞で注目された作品を、南相馬の人たちが自分たちの物語だと言って下さることがうれしいです」と喜びを語りました。

また受賞された理由について、「新型コロナウイルスの感染拡大で行く場所がなく、絶望感が深まっている中で、この受賞作が2020年に生まれたことに意味があるのではないかと思っています。社会で隅に追いやられた人たちの問題というのが、共感を持って読んでもらえたのではないでしょうか」と話していました。

南相馬の書店で柳さん「小説書いてよかった」

柳美里さんは、オンラインで行われた全米図書賞のイベントで英語でスピーチしたあと、午後1時から福島市南相馬市で営んでいる書店を開きました。

そして、30分ほどしたあと、集まった報道陣の取材に応じ、「南相馬の方、福島の方、東北の方が喜んでくれるので、小説を書いてよかったと感じます。地元の皆さんは震災と原発事故の後一生懸命努力されているので、私もできることは精いっぱいやっていきたいです」と述べました。

南相馬 住民から喜びの声

柳美里さんが暮らしている福島県南相馬市小高区の住民からは喜びの声が聞かれました。

柳さんの書店の近くで旅館を営んでいる60代の女性は、「原発事故による避難指示の解除後、ずっと小高に住みながらこの地域のことを発信してくれているので、今回の受賞は大変うれしく思います。心からおめでとうございますと伝えたいです」と話していました。

近くに住む60代の男性は、「今回受賞した本は、心のひだに入っていく、とてもすてきな文章でした。コロナ禍で大変な状況の時に受賞され、うれしいニュースです。小高が世界から注目されることを期待しています」と話していました。

また、70代の女性は、「柳さんはいつも小高のことをたくさん宣伝してくれていて、本当に助かっています。これからも体に気をつけながら執筆活動に取り組んでいただきたいです。応援しています」と話していました。

世界で高い評価を受ける日本の女性作家

外国語に翻訳されている日本文学としては、村上春樹さんの小説などが広く知られていますが、近年は、女性作家が書いた作品が高い評価を受けています。

全米図書賞の翻訳文学部門では、おととし、多和田葉子さんの「献灯使」が受賞したほか、去年は小川洋子さんの「密やかな結晶」が最終候補に残りました。

ベルリン在住の多和田さんは日本語とドイツ語で作品を発表していて、4年前にはドイツで最も権威のある文学賞の1つ「クライスト賞」を受賞し、ノーベル文学賞の候補としても名前があがるようになりました。
小川さんの「密やかな結晶」は、ことし、イギリスのブッカー国際賞でも最終候補に選ばれています。

さらに、今月発表されたアメリカの雑誌「タイム」が選ぶ「ことし読むべき100冊」には、柳美里さんの「JR上野駅公園口」のほか、川上未映子さんの「夏物語」松田青子さんの「おばちゃんたちのいるところ」村田沙耶香さんの「地球星人」が選ばれています。

ホームレス支援者「苦しむ人たちに目を向けるきっかけに」

アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」の翻訳文学部門に、柳美里さんの小説が選ばれたことについて、小説の舞台となった東京の上野公園でホームレスの支援活動をしている男性は「社会の隅で苦しんでいる人たちに目を向けるきっかけになってほしい」と話しています。

「全米図書賞」の翻訳文学部門に選ばれた柳美里さんの小説「JR上野駅公園口」は、福島県出身の男性が家族のために出稼ぎを続け、年老いて、上野公園でホームレスとして暮らす人生などが細かく描写されています。

小説の舞台となった上野公園などでホームレスの支援活動を続ける「ひとさじの会」の吉水岳彦さんは「作品のように、地方から出てきて、仕事を失うなどして路上生活を送らざるをえない人はたくさんいるし、コロナ禍で家や仕事を失う人が増えている今、この作品に光が当たりとてもうれしい」と話しました。

また、上野公園のホームレスの人たちの現状について、吉水さんは「このところ彼らの荷物に警告書が貼られたり、仮眠をとる木の周りにコーンが置かれたりといった措置が強まったように感じる」としたうえで「今回の受賞が社会の隅で苦しんでいる人たちに目を向けるきっかけになってほしい」と話していました。

ロバート・キャンベルさん「英語圏に受け止められ快挙」

日本文学の研究者で、国文学研究資料館の館長、ロバート・キャンベルさんは「今回の受賞は、日本語で小説を書いている書き手たちによる活気あふれるスピリットや、伝えるべきメッセージが英語圏の中で受け止められ、求められていることがよく分かり、快挙だ」と評価しました。

作品について、キャンベルさんは「上野公園のホームレスの人たちの現実を克明に描くことによって、戦後の日本の矛盾に満ちた部分や、生きづらい現実を描いた、非常に力強い作品だ」と評価したうえで、「翻訳された作品でも、東京や上野を知らない英語の読者たちが入っていけるような書き方で、元の日本語の精神や勢い、リズムのようなものも、とてもよく捉えている。とてもいい翻訳家に出会って、柳美里さんはとても幸運だったと思う」と話しました。

また、近年、日本の女性作家が書いた作品が、海外で高い評価を受けていることについて「3年前から英語圏に翻訳文学ブームが到来して、日本の女性作家たちが非常に注目され、愛読者をたくさん獲得している。これまでは村上春樹さんばかりが注目されてきたが、世界の文学の中における日本というものが、だんだんと多様に広がっている」と指摘しました。

そのうえで「今回の柳さんの作品のように、厳しい現実から目を背けず、それでも一方的に押しつけていくのではなくて、難しい状況や生きづらさを静かに掘り下げていく。そういう特徴が、現在の日本の作家たちの作品で評価されているところだ。これからも、優れた翻訳者や編集者、出版社が、日本の優れた文学に目を向けて、世界へ出版していってほしい」と期待を寄せていました。