子どもの虐待 19万件超 児童相談所の対応件数 最多を更新

子どもが親などから虐待を受けたとして児童相談所が対応した件数は昨年度、全国で19万件を超え、過去最多を更新したことが厚生労働省のまとめでわかりました。厚生労働省は「児童相談所の体制強化などを着実に行い、子どもの命を守ることを最優先に取り組んでいきたい」としています。

厚生労働省のまとめによりますと、昨年度、18歳未満の子どもが親などの保護者から虐待を受けたとして児童相談所が対応した件数は全国で19万3780件にのぼりました。

虐待の対応件数は統計を取り始めた平成2年度以降増え続けていて昨年度は前の年度より3万3942件、率にして21.2%増えて、過去最多を更新しました。

虐待の内容別にみますと、最も多かったのは暴言を吐いたり、子どもの目の前で家族に暴力を振るったりする「心理的虐待」で10万9118件(56.3%)にのぼり、全体の半数以上を占めています。

次いで、殴るなどの暴行を加える「身体的虐待」が4万9240件(25.4%)、子どもの面倒をみない「ネグレクト」が3万3345件(17.2%)、「性的虐待」が2077件(1.1%)となっています。

また、児童相談所への相談の経路では警察などからの通告が9万6473件(49.8%)で最も多くなっていて、父親が母親に暴力を振るっているところなどを子どもが目撃する「面前DV」が増えているということです。

厚生労働省は、「警察など関係機関との連携を強化する中で通告が増加している。児童相談所の体制強化などを着実に行い、子どもの命を守ることを最優先に取り組んでいきたい」としています。

子育てしている母親は

子育てをしている母親からは新型コロナウイルスの感染の収束が見えない日々が続き、やり場のないストレスを子どもにぶつけてしまうという声が聞かれました。

札幌市の20代の女性は、自営業の夫と小学2年生の長男、それに2歳の長女と暮らしています。

感染が拡大する前は、アパレルの店舗で週5日、パート従業員として働き、子どもの食費や学用品にかかる費用に充てていました。

2人の子どもはそれぞれ保育所と小学校に慣れたところで、休日に友人家族を交えて出かけることを楽しみに、忙しい日々を送っていたと言います。

しかし、ことし2月末から状況が一変しました。

北海道で独自の「緊急事態宣言」が出され、女性がパートで働いていたアパレルの店舗は休業になりました。

建設現場で働く夫は感染が広がる中でも仕事が忙しく、学校や保育所が休校や休園となった5月末までのおよそ3か月間、子どもと3人で自宅にこもる生活を余儀なくされました。

子どもの感染や今後の自分の仕事に対する不安に加え、24時間、ほぼ自宅で子どもと向き合う生活が続いたことで、女性は常に精神的に不安定な状態だったといいます。

ささいなことで子どもをどなり、時には、泣き叫ぶ子どもをたちを自宅に残してひとりで外に出て、どうにか平静を取り戻したこともあったということです。

ことし6月からは学校や保育所が少しずつ再開しましたが、以前のように人と会って話す機会はほとんどなかったということです。
8月中旬、女性は感染が拡大して以降、会うことができていない友人に「精神的に結構キツイ」とメッセージを送りました。

子どもたちにストレスをぶつけてしまいそうになり、スマートフォンを操作し意識を画面に向けることで気持ちを落ち着かせたということです。

さらに経済的な問題もあるといいます。

女性は、子どもが休校中、パートを休まざるを得なくなりましたが、会社は従業員の所得を補償するための国の助成金を利用せず会社から休業手当も一切出なかったということです。

8月からは清掃員のパートの仕事を見つけましたが、アパレルの店舗よりも働くことができる時間が減り夫と合わせた世帯の収入は2割ほど減ったということです。

子どもの将来のための教育費などとしてためていた貯金を取り崩す月もあり、家計の余裕がないことをめぐって子どもの前で激しい夫婦げんかを繰り返してしまうと言います。

北海道では、現在、感染者数が大幅に増えています。

このため17日、札幌市内で不用不急の外出を控えることなどを求める要請が北海道庁から出されました。

女性は「生活スタイルが一気に変わり、今までは普通にできていたことができないストレスで『もう限界かもしれない』と思う瞬間が、どうしてしまったんだろうと思うくらい増えて、自分が変わってしまったと思いました。息抜きができず、ストレスはたまり続けていくいっぽうです。自分は虐待しないと思っていても、もしかして虐待してしまっているのではないかという瞬間はすごくあります。怒りをこらえられない時もあり、次は子どもに手を出してしまうのではないかという大きな不安があります」と話しています。

先月、女性を心配した知人の紹介で、札幌市で子育て支援を行っているNPOのスタッフが女性の自宅を訪れました。

このNPOでは、ことし8月から自宅にこもりがちな幼い子どもを育てる家庭を中心に訪問活動を行っています。

女性は、NPOのスタッフに感染拡大以降、自由に外にでづらいストレスや、抱えていた子育ての悩みを1時間近くかけて話し、スタッフがアドバイスをすると時折、笑顔が見られるようになりました。

女性は「誰かと共感できると、もやもやしていた気持ちがすごくすっきりします。話せるだけでも違うと感じました」と話していました。
NPO北海道ネウボラの五嶋絵里奈さんは、「『元の生活に戻りたい』と思いながらも戻れないというジレンマの中で、だんだんつらくなってきている親が多く、誰かと関われるような支援を望んでいると感じています。感染拡大によってより一層地域で孤立している家庭が増えていると思うので家庭という密室の風通しを少しでもよくするためには第三者の存在というのが非常に重要だと思います」と話しています。

保護者がどこかで限界を迎え エスカレートを危惧

東京・江戸川区の児童相談所では虐待の対応件数が増えてきたにもかかわらず今年度はほぼ横ばいにあることから、新型コロナウイルスの影響で家庭の中の様子がより見えづらくなっているのではないかと危機感を抱いています。

江戸川区の児童相談所では、虐待の通告があった家庭について職員全体で共有する会議を毎週、行っています。

先月の会議の中では、「あんたなんか産まなきゃよかった」などと子どもに暴言をぶつけたり、酒に酔った親が子どもの前で激しい夫婦げんかをしたりといった「心理的虐待」が多く報告されていました。

江戸川区では、ことし5月、「心理的虐待」の件数が大幅に増え、179件中118件と全体の65%を占めました。

学校や保育所など、ふだん子どもを見守っている施設の多くが休校や休園となったなか、相談の経路でみると半数近くが警察からの通告でした。

大声を聞いた近所の住民や恐怖を感じた子ども自身からの110番通報で発覚したケースが多かったということです。

一方、全体の対応件数は伸び悩んでいて、ことし4月から10月まででおよそ1300件と、昨年度とほぼ横ばいだということです。

子どもの身の安全のために児童相談所で一時的に保護せざるをえないケースも多く、区の児童相談所には、定員36人の一時保護所がありますが、6月以降、常に満員の状態が続いています。

都内のほかの施設や医療機関に協力を求めて居場所を確保しているほか、先月には、民家を借り上げて新たに4人を保護できるようにしましたが、すでに満室だということです。

また、これまで児童相談所の支援を必要としていなかった家庭からの相談や通告も増えているということです。

江戸川区児童相談所の上川光治所長は、「感染拡大の影響でそれぞれの家庭が精神的な不安定さや孤立感を抱えていて、虐待するつもりは無いのに、子どもに暴言をぶつけてしまっているケースが多くなっています。いつ感染するかわからない状況下での生活が続くと、家庭内の虐待リスクは高くなったままで保護者がどこかで限界を迎えてエスカレートした行動を起こしてしまうのではないかと危惧しています」と話しています。

専門家「自治体は家庭とのつながりをより強く持つ方針で活動を」

児童虐待の問題に詳しい山梨県立大学の西澤哲教授は、「今は人の移動がある程度、自由にできる状態にあるが、人々が抱える見通しの無さや漠然とした不安はそう簡単には取り除くことができていない。

今後、冬に向けてさらに感染が拡大する懸念がある中で、不安がこれまで以上に高まり精神的なバランスを崩して深刻な虐待という形で表面化するおそれがある」と懸念を示しました。

また、西澤教授は、ことし3月から5月にかけて、学校や保育所が休校や休園となったり自治体の乳幼児健診や家庭への訪問などの中止が相次いだりした影響は続いていて子育て家庭の孤立が進んでいると指摘しています。

そのうえで、「感染のさらなる拡大で、今後、何らかの形で移動の制限をかけるなどして社会が人との接触の機会を減らしていく方向になったとしても、自治体は児童虐待を防ぐためにむしろ家庭とのつながりをより強く持つという方針で活動を継続していくべきだ」と話しています。

子育ての相談受けている支援団体は

子育ての相談を受けている支援団体は、感染が拡大する中で、ストレスや不安感を訴える母親が増えていることに懸念を抱いています。

三重県桑名市のNPOでは、東海地方を中心に20年前から妊娠や出産、育児に関する相談を電話などで受けています。

例年だと1年間の相談はおよそ900件ですが、ことしは4月から先月までですでに、およそ700件近くの相談が寄せられているということです。

感染拡大前は、子どもの食事やしつけなど、生活に関わる相談が多くを占めていましたが、「育児への不安」や「産後うつの症状」など、切迫した内容が半数近くをしめるようになっています。

相談を寄せた30代の女性は、夫と1歳の長男と暮らしていますが、感染の不安から夫以外の大人と会話ができない日々が続いたことでストレスがたまっていったと言います。

1人になれる時間が全く無い日が続いたことなどから眠ることができないなど体調にも影響が出始め、夫と子どもを自宅に残し、車の中で泣きながら支援団体に連絡し、助けを求めたということです。

女性は、NHKの取材に対して、「自治体の子育て支援施設や相談スペースに行きづらくなり、育児の不安や生活のストレスをすべて1人で抱え込んでいました。限界になる前に支援団体に思いをはき出せたので、自分を取り戻すことができ、家族とも向き合えるようになりました」と話していました。


相談件数は緊急事態宣言が出されていた5月をピークに緩やかに減る傾向にありましたが、先月下旬ごろから再び増加しているということです。

NPO「みっくみえ」の松岡典子さんは「経験したことのない閉塞感(へいそくかん)が長期化し、これまでは自分の中で処理できていたストレスを抱え込み続けている母親が増えていると感じています。家庭が子どもや母親にとって必ずしも安心・安全な場所ではないということを理解して、地域での居場所やつながることができる相談先を確保することが必要だと思います」と話していました。

児童虐待件数の月ごとの推移

厚生労働省は新型コロナウイルスの影響で虐待の増加などが懸念されたことから、児童相談所が対応した件数をことしは月ごとに公表しています。

それによりますと、子どもが親などから虐待を受けたとして、児童相談所が対応した件数はことし1月から7月までで全国で11万5969件に上り、過去最多となった昨年度を上回るペースで増加しています。

月ごとにみると1月は1万4805件、(+21%)、2月は1万5039件(+11%)、3月は2万3685件(+18%)といずれも去年の同じ月より大幅に増えましたが、緊急事態宣言が出されていた4月は1万4684件で7%の増加、5月は1万3551件で2%の減少で、マイナスに転じました。

緊急事態宣言が解除された後の6月は1万7649件と10%増加しましたが、7月は1万6556件と6%減少しました。

外出の自粛などで子どもを見守る機会が減少し、虐待のリスクが高まっているとして、厚生労働省は自治体が、子ども食堂などの活動を行う民間団体と連携して見守り体制を強化した場合に費用を補助する取り組みを始めました。

しかし、実際に取り組みをしているのはことし9月の時点で全国で45の自治体にとどまっているということです。

厚生労働省は、「ことし1月から7月までの件数について要因は分析できていないが、今後の状況を注視したい。自治体も民間団体と連携して見守りの強化につなげてほしい」としています。

加藤官房長官「新型コロナ影響も注視する」

加藤官房長官は、午後の記者会見で「件数の増加の背景には、警察などとの連携強化により関係機関からの通告が増加していることや児童虐待防止に対する国民の意識が高まっていることが影響しているのではないか。引き続き、児童相談所の体制や地域の見守り体制の強化などの対策を着実に実施し、子どもたちの命をしっかり守っていくことを最優先に取り組む」と述べました。

また、加藤官房長官は「発表された件数は去年4月からことし3月までの状況で、新型コロナウイルスの影響なども注視する必要がある。具体的な要因の分析はなかなか難しいが、引き続き、動向はしっかり注視していかなければいけない」と述べました。