私たちはなぜミスコンがしんどいのか

私たちはなぜミスコンがしんどいのか
秋の大学祭のミスコンテスト。
あなたの感想にいちばん近いのはどれですか?

A:「好き」
B:「時代遅れだ」
C:「興味ない」
D:「しんどい」

この質問を周りの人にしてみると答えはさまざまですが、ある特徴が。A・B・Cについては、自分の答えと違っても誰もが「こう考える人もいるよね」とうなずきます。しかし、Dの「しんどい」は「どういう気持ちなのかピンとこない」と話す人が少なくない一方で、激しく同意する人がいました。かくいう取材者の私たちもミスコンに「しんどさ」を感じていました。この「しんどさ」って、何なのでしょうか?

(社会部記者・高橋歩唯、ニュースシブ5時ディレクター・田邊幸)

大学祭のミスコンとは?

大学のミスコンテストは今から50年ほど前、1970年代にはすでに盛んに行われていました。「女子アナウンサーへの登竜門」とも呼ばれ、企業がスポンサーとなって運営資金を援助するなど、大学祭の一大イベントでした。大学祭の実行委員会やサークルなど学生たちの手で運営されています。

当初は、女性が出場するミスコンテストのみが広く行われていましたが、次第に男性が出場するミスターコンテストも生まれ、各地に広がっていきました。現在は、多くの大学でミスコンテストとミスターコンテストの2つのコンテストが同時に行われています。
コンテストでは投票で“グランプリ”を決定します。投票には学内外を問わず不特定多数の人がだれでも参加でき、大学祭の会場だけでなく事前のインターネット投票も行われるのが一般的です。このため近年のミスコンは大学祭の当日だけではなく、長期間にわたって行われる傾向があります。

多くの場合、出場者たちは、春に行われる予選を勝ち抜くと、7月ごろに学内外に向けて出場者として発表されます。「お披露目」と呼ばれるイベントです。そして、秋に行われる大学祭本番までの数か月間、自分への投票を呼びかけるためSNSを中心に連日発信を続けます。

事前のインターネット投票は1人1日1回投票ができる仕組みになっているため、自分に毎日投票してもらうよう呼びかけ続ける必要があるからです。

そして大学祭当日には、女性の出場者がウエディングドレスを、男性の出場者がタキシードを着てステージに登場する「ウエディング企画」と呼ばれる催しが広く行われています。

コンテストへの批判

こうしたコンテストをめぐっては、学生からは疑問の声もあがっています。

複数の大学の学生でつくる「ミスコン&ミスターコンを考える会」は、去年からコンテスト開催に反対する活動を続けています。メンバーの学生は、コンテストに抗議する理由の一つについてこう話します。
「容姿を競争させることがいちばんの問題だと感じています。“かわいい”、“かっこいい”という枠組みが規定されていて、そこに当てはまらない人を傷つけ、排除していると感じます」
東京大学の学生が運営する「東大新聞」でもことし変化が起きました。

かつてはコンテストの出場者の紹介記事を掲載し大学祭の一大イベントとして紹介してきましたが、ことし4月「東大ミス・ミスターコン、そろそろ辞めません?」という記事を配信しました。

コンテストを企画する団体と、反対する団体にそれぞれ取材したうえで、コンテストの在り方を考えようと呼びかけました。
東大新聞 武沙佑美さん
「これまで大学祭のシーズンになると出場者一人一人を紹介する記事を掲載していました。人気のコンテンツでしたが、さまざまな議論のあるコンテストをこのように扱うことが本当に良いのか?という声がメンバーからあがりました。一度きちんと考える必要があると思ったんです」

有識者も批判 認めない大学も

コンテストへの批判は主に「容姿差別(ルッキズム)を助長する」「“男らしさ”、“女らしさ”に基づいて画一的な美しさを押しつけている」「大学にふさわしくない」といったものです。

有識者も次のように指摘しています。
東京大学上野千鶴子名誉教授
「『ミス』は『未婚女性』限定、つまり特定の男に所属しておらず、誰でもアクセス可能なお嫁さん候補に男性目線で順位をつけようというもの。廃止運動は1980年代からもう半世紀近くにわたって行われています」
教育ジャーナリスト 小林哲夫さん
「少なくとも大学という教養、専門知の場でそういうことをやるのはふさわしくありません。大学は人権の大切さを教えるところであり、差別を生み出すようなコンテストの開催はおかしいでしょう」
コンテストを認めていない大学もあります。

法政大学では大学祭の実行委員会がミスコンについて「人格を切り離したところで都合良く規定された“女性像”に基づき、女性の評価を行うものだ」としています。大学側も「大学施設を利用したコンテストを一切容認しない」とする声明を去年発表しています。

大幅に見直したコンテストも

そんな中、これまでのコンテストを廃止し、多様な価値観を反映したイベントを作ろうという試みも始まっています。
上智大学では40年以上続いたミスコン「ミスソフィア」を主催団体の学生たちが廃止し、ことしから全く新しいコンテストを立ち上げました。

新しいコンテストでは、性別を問わず候補者を募集し、審査基準を外見ではなく、スピーチや社会問題に関する発信力などと定めました。
主催団体 荒尾奈那さん
「性別にこだわらずその人自身を大事にするという風潮のなかで、女、男という性別で人を区別して、そのなかで一番の美女、一番のイケメンを決めようというようなやり方が古いんじゃないかとみんなで考えました」
団体では、1年以上議論を重ね、新しい形を模索してきました。

特定の価値観の押し付けにつながりかねないという従来のコンテストの課題を受け、新しい理念としたのは「多様性を尊重するコンテスト」です。

男性、女性、性的マイノリティー、外国人、障害のある人など多様な学生が集まる大学で、誰が見たとしても「見ている人が傷つかないコンテストにしよう」と決めたといいます。

新たなコンテストでは、女性の候補者がウエディングドレスでステージに登場する従来のイベントをなくしたうえで、自分が着たいと考える思い思いの衣装を身にまとって登場することにしました。

ステージ上でのポーズも、これまではかわいらしく両手を振るなど「女性らしく見える」ポーズを行うよう「指導」してきましたが、今回は出場者の個性に合わせた本人らしさを表現できるポーズを一緒に考えていきました。
さらに、別のステージでは候補者が海洋汚染について訴えたり、フルートの腕前を披露したり、自己PRの場も設けられました。

こうした新たな取り組みに対しては好意的な意見が寄せられましたが、「今までのミスコンと何が違うの?」という反応もありました。

“これが正解じゃない”模索続く

コンテストを終え、主催団体が開いた反省会では、学生たちから次のような意見が出ました。
「候補者全員が“きれいな人”、“かっこいい人”だという指摘もあり、結局外見で選んでいるのではないかと疑問を持たれてしまった。候補者の個性や発信内容に十分目を向けることができなかったのではないか」

「多様性を重視するといいながらグランプリを決めている。個性を認めることと順位付けする事はもともと矛盾している」

「投票する観客の視点も変えてもらう必要がある。内面をもっと重要視して投票してくれる人を取り込んでいかなければ」
コンテストの課題を認識するなかで、学生たちは今後も模索を続けることが重要だと考えています。
主催団体 荒尾奈那さん
「ことしのやり方が正解だとは思っていません。学生が主体となって1つの舞台を作り上げたいという目標を持ってやってきましたが、同時にコンテストを批判的に客観視し続ける姿勢を忘れてはいけないと思っています」
取材した私たちも、学生たちが批判に向き合って考え続けることは、意義があるのではないかと思うようになりました。

出場者の変化も

一方、別の大学では、出場者の側からコンテストを変えようとする動きもありました。

千葉大学のミスターコンテストでグランプリを獲得した4年生の道脇勇輝さん。
体は男性ですが、性自認は男性でも女性でもないと考えています。

男女に分かれて競うコンテストによいイメージを持っていなかったという道脇さんですが、なぜ出場したのでしょう?
道脇勇輝さん
「自分と同じように性別で悩んでいる人に対して、自分が人目につくコンテストに出ることで何か応援できることがあればと思って出場しました」

「男女に分かれた既存のコンテストにあえて自分のように性別を問わないでいたいような人間が出場することで、男性らしさのイメージやこれまでのコンテストの形を変えられるのではないかと考えました」
コンテスト期間中は、SNSで趣味のメイクを披露したり、お菓子作りをしたりする動画を配信しました。

さらに、自分の性別や「男らしさ」「女らしさ」について考えたブログも投稿しました。

ブログにはこうつづられています。
「自分はかわいいものが好きです。メイクします」

「やりたいことがあるのに性別という壁があるためにできずにいる人がいたら励ましたい」
こうした発信を続けグランプリを獲得しましたが、道脇さんが意味があったと感じているのはコンテストの画一的な「男らしさ」や「女らしさ」に一石を投じることができたのではないかということです。
道脇勇輝さん
「賛成・反対の意見がある中で議論していくことが重要だと思います。時代に合わせてコンテスト自体が変わっていかなきゃいけないと感じています」

社会にもあふれる“ミスコン”

こうしたなか、大学のミスコンだけが変化するのではなく、大学の外、社会全体が変わる必要があると指摘する声もあります。

一橋大学の大学院生、前之園和喜さんは、学部時代のゼミでミスコンをテーマに書いた文章が、本として出版されました。前之園さんは、ミスコンのように、とりわけ女性に外見の美しさを求める場面に学内でも学外でも出会うことがあるといいます。
一橋大学 前之園和喜さん
「学内のサークルでは、入会のときに女子学生だけ外見の選考をする“顔選抜”と呼ばれるセレクションを設けているサークルが複数あります。就職活動でも、学生から“女子は顔採用らしい”とうわさされる大企業がたくさんあります。女性の価値を容姿の美しさに還元しようとすることは私たちの身近で起きています」
ミスコンに詳しい和歌山大学教育学部の西倉実季准教授もこう指摘します。
和歌山大学教育学部 西倉実季准教授
「ミスコンを問題視して反対してきた人たちは、コンテストそのものだけを批判しているのではありません。ミスコンのように女性を外見で評価し、品定めすることが社会の中で繰り返されていることを問題にしています」

「大学のコンテストだけにとどまらず、日常的にミスコンのような状況が起きていないか注意してみていく必要があります」

私たちはなぜミスコンがしんどいのか

前之園さんのゼミでは、『うちの学科からミスコンに出るとしたら誰?』『あの子はかわいい』『あの子は微妙』といった会話が周囲で頻繁に繰り返されることがすごく嫌だという意見が女子学生から出たといいます。女子学生からしたら、コンテストに関わりたくなくても、自分の意志に関係なく勝手に順位付けされるプロセスに巻き込まれてしまったことになるのではないでしょうか。

私たちが感じたミスコンの「しんどさ」の正体は、外見の優劣や「女性らしい魅力」を、自分が望んでもいないのに勝手に比較され評価され続けることにあるのではないでしょうか。評価を繰り返されることで、自分自身も知らず知らずのうちに美しいことに高い価値を置いてしまう。

そして決められた「美しさ」から外れた自分は価値が低い存在なのではないかと錯覚してしまうことに、なんとも言えない居心地の悪さや生きにくさを覚えるのではないかと感じます。

たかがミスコン、されどミスコン。

あなたの身近にも「ミスコン」は隠れていませんか?
高橋歩唯

H26年入局
松山局を経て社会部記者。
田邊幸

H30年入局
福岡局おはよう日本を経て
シブ5時ディレクター。