食べられないまつたけ ~福島 失われた山の恵みと文化~

食べられないまつたけ ~福島 失われた山の恵みと文化~
秋が旬といえば“きのこ”。福島県に実家がある私は子どものころから山の幸が食卓に並ぶのが普通でした。でも原発事故以降、生活は一変。山菜や野生のきのこには出荷制限がかかり、山で見かけても「これは食べても大丈夫なのか」というモヤモヤした気持ちを抱えるようになってしまいました。原発事故から10年目のことし、山のきのこはどうなっているのか。取材を進めると見過ごされてきた課題が見えてきました。(福島放送局記者 矢部真希子)

採れるのに食べられない

「原発事故があってもまさか自分たちの組合まで影響があるとは当初は考えてなかったんです」
東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きた2011年3月当時、福島県棚倉町でまつたけ組合の組合長をつとめていた陣野勉さん(71)はこう話し出しました。
町は福島第一原発から80キロ以上も離れています。ところが、その年の夏。町内の野生きのこから高い値の放射性物質が検出されました。棚倉町では今も、出荷だけでなく、自分で採って食べることも制限されています。中でもまつたけは、水はけのよい砂を含んだ土地で育つため、味も香りもよいと評判で、毎年秋に「まつたけ狩り」が行われ、多くの客を集める重要な収入源でした。
上図は、毎年行っているまつたけの検査結果の推移です。放射性物質のセシウムについて、国の食品の基準は1キログラム当たり100ベクレル。しかし、棚倉町のまつたけはなかなか下がらず、いまも基準の3倍を超えています。

まつたけを食べられなくなってから、山は無断で入る人に荒らされるようになりました。一度荒らされてしまうと、まつたけは採れなくなってしまうといいます。陣野さんは、まつたけ狩りを再開できる日を信じて、山の見回りを続けています。3時間もすると、かごいっぱいのまつたけが集まりましたが、処分するほかありません。
陣野さん
「9年もたったので、こんなものかという気持ちになっていますが、もったいない、正直もったいないです」

なぜ今も高い放射性物質が?

2020年10月現在、国内では原発事故の影響で11の県の113自治体で、野生きのこの出荷が制限されています。福島県内では59ある自治体のほとんど、55市町村で出荷制限が続いています。

原発事故からもうすぐ丸10年。コメや野菜からはほとんど放射性物質が検出されなくなっていますが、まつたけをはじめとする野生きのこの放射性物質はなぜ下がらないのか。長年、野生のきのこを研究している広井勝さんに聞きました。広井さんは、きのこの種類によって放射性物質の濃度には違いが出ているとしたうえで、こう話します。
広井さん
「木から生えるきのこの場合は放射性セシウムの濃度の低下傾向が見られますが、落ち葉を分解した腐葉層とか、土壌に菌糸を張るきのこは、まだまだ高いものが多いんです。特に雪国では、寒くて落ち葉の分解速度が遅いので、3年や5年ぐらいたってから濃度が上がっているきのこがあるので注意が必要です」
広井さんの説明はこうです。森林の落ち葉が分解されると、含まれていた放射性物質のセシウムは、腐葉層や吸着しやすい粘土鉱物が多い地面から5センチほどまでの深さにたまります。まつたけのような菌根性と呼ばれるきのこは、ちょうどその深さに菌糸を伸ばし養分を摂取しているものが多く、その際、養分となるカリウムに性質が似ているセシウムを吸収してしまうといいます。

森ではこのセシウムが分解と吸収を繰り返し循環しているため、きのこの放射性物質がなかなか下がらず、広井さんによれば、基準の100ベクレルを下回るのには、十年単位の長い時間がかかるとみられています。

厳しすぎる?基準に疑問も

ただ広井さんは国の基準は尊重すべきとしつつ、少量を楽しむ野生きのこを他の食品と一律の基準で規制することには、疑問があるといいます。
広井さん
「コメのように毎日食べる食品は厳格な基準が必要ですが、山菜とかきのこは年に数回しか食べませんので、被ばく量はほとんど問題ありません。まつたけを1キロ食べる人は、まずいないと思いますので」
まつたけ1キログラムというと、大ぶりのサイズで4~5本、価格は輸入物でも1万円は下りません。多くの人にとって、年に何度も食べる食品ではありません。仮に1キログラム当たり100ベクレルのセシウムを含んでいても、食べる量が100グラムなら、摂取するセシウムは10ベクレルにとどまります。
さらに、日本の基準は世界の基準に比べ、厳しく設定されていると言います。WHO=世界保健機関とFAO=国連食糧農業機関でつくる国際的な合同食品規格、コーデックス委員会の基準では、食品に含まれる放射性セシウムの基準は1キログラム当たり1000ベクレルとされています。100ベクレルという日本の基準は単純に考えると10倍厳しいことになります。
日本の基準が厳しい背景には、作られた当時の状況があります。原発事故を受けて作られた基準は、食品を食べることによる被ばく(内部被ばく)を年間1ミリシーベルト以下に抑えることを目的としています。そのために『私たちが食べる食品の半分が汚染されている』と仮定し、それでも1ミリシーベルトを超えないための基準として1キログラム当たり100ベクレルという数字が導き出されたのです。ただ実際には、事故から10年がたとうとする今、流通している食品からは放射性物質はほとんど検出されていません。

出荷制限解除にもハードル

出荷制限を解除するための手間も高い壁です。野生きのこは種類が多く、一般の人には判別が難しい場合があるため、ある自治体で1種類でも基準値を超えればすべての野生きのこに制限がかけられます。

一方で、解除は種類別に判断されます。市町村ごとに1種類当たり5か所以上でサンプルとなるきのこを集め、基準値の100ベクレル以下(なるべくなら50ベクレルとされる)であることを確認し、2年目も同じ調査をして、さらに数値が下がることを確認します。
3年目には市町村全域の60か所でサンプルを集め、すべて100ベクレル以下であれば出荷制限は解除されますが、1種類のきのこで60か所からサンプルを集めるのは困難を極めます。

実態に合わせて基準の見直しや、柔軟な運用を検討する必要はないのか。所管する厚生労働省に取材すると「現状では見直しが必要なことを示すデータがない」として、考えていないという回答が返ってきました。

失われたのは食文化

棚倉町では、大切な地域の食文化までも失われようとしています。国有林を借り受けて、まつたけを販売する暮らしが代々受け継がれてきた棚倉町。地域の名物として「きのこまつり」を開いて多く人を集めるなど、単なる収入源を超えた地域の活力そのものでした。陣野さんは、なによりも子どもたちが、季節の味に興味を持たなくなってしまったことに肩を落としています。
陣野さん
「かつては季節の山菜を採ってきて、食卓に上がってましたけれども、原発事故でそういう文化が途絶えてしまっています。実際食卓にも上がりませんし、食卓に上がらないと子どもたちも興味を示しません。かといって、現実問題として広大な山林をすべて除染できるかというと、理論的には可能でしょうけど現実的には絶対に不可能ですよね。もう10年ですから、諦めの境地です」
山とともに暮らす生活、文化をどうすれば取り戻すことができるのか。原発事故からまもなく10年。見過ごされてきた課題です。
福島局記者
矢部 真希子
令和元年入局
白河支局を経て郡山支局
震災から伝統芸能まで地域に密着し取材