“奇跡の干潟”が消えていく

“奇跡の干潟”が消えていく
「干潟で埋め立て工事が始まっているようだ。寝耳に水の話だ」。
震災復興に伴う生態系への影響について取材を進めていた私にある研究者から動画が送られてきた。そこには、ダンプカーが行き交い、ショベルカーが土砂を海に投入する様子が映っていた。工事が始まったのは、奇跡の一本松で知られる岩手県陸前高田市にある、「小友浦」の干潟だった。

震災後「小友浦」の奇跡

「小友浦」は、岩手県陸前高田市の小さな入り江。もともと、干潟が広がっていた場所が、戦後の食糧増産のために昭和40年代に干拓され、農地になっていた。
ところが、震災の津波によって、堤防が崩れて水がたまった。いったんなくなった場所に偶然に現れた“奇跡”の干潟。その場所が、どう変わっていくのか。

岩手医科大学の松政正俊教授は、環境省の依頼で、調査を行ってきた。津波でできた干潟は、日がたつにつれ、たくさんの生き物の楽園になっていった。
環境省のレッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されている「ウネナシトマヤガイ」や「オオノガイ」。
「バルスアナジャコ」と呼ばれる岩手県で小友浦だけに生息するシャコ。

生息が確認された種は、平成25年には49種だったのが、平成27年と28年には60種、平成30年には88種と年々増加し、これまでに161種が確認されている。短期間で、これほど多種多様で豊かな生態系が形成されることは珍しい。

平成28年には環境省から「重要湿地」として選定された。

すでに大半が失われていた

私は、9月中旬、現場の状況を確かめるため、松政教授と共に陸前高田に向かった。

干潟の中央部分は、すでに大量の土砂が積み上げられていた。そこは、いちばん生物の多様性が保たれていた場所だったと言う。

松政教授は、「震災後10年間の生き物の歴史は白紙に戻されてしまった。元どおりになるかも分からないし、なったとしても時間がかかる」とため息を漏らした。

工事は必要なプロセスを踏んできた

工事を担当する陸前高田市の水産課に電話で取材すると、職員が現場の防潮堤まで来てくれた。

そして、工事の計画について、図面を見せながら説明した。職員は、「工事はかねてから計画されていたもので、震災後、地元の住民から、この場所をかつてのような干潟に再生してほしいとの要望もあったため、干潟を造成する」と説明した。
積み上げた土砂は仮置きで、将来的にスロープ状にならして砂をかぶせて干潟として再生する計画だとした。計画にあたって、生物や土木の専門家にも話を聞き、工事前に、地元の住民を対象に説明会を開いてきたという。

干潟を埋め立てて、干潟を再生する?

その意味がよく分からなかったが、私は、この干潟が、環境省の重要湿地に選定されていることは考慮しないのか聞いた。すると、驚きの答えが返ってきた。

「重要湿地とは聞いていない」

職員は、その場で市のほかの部署にも電話して確認していたが、聞いていないという説明を繰り返した。

そして、「ここは水産課が管理する土地だ。環境省系の調査なんて聞いていないし、調査するなら、市に対してひと言あってしかるべきだ」と指摘した。

重要湿地 認識されず?

重要湿地という大事な情報が、干潟の再生を進める市に認知されていないとは、どういうことなのか。
環境省に問い合わせると、選定にあたっては、都道府県を通じて、各市町村に連絡がいくはずだと説明した。そこで、岩手県の環境部局に聞くと、小友浦が選ばれる前の、平成27年8月に、環境省からの情報を、選定に向けた確認という形で、各市町村に送ったとのことだった。陸前高田市役所で環境を担当するまちづくり推進課の生活環境係に問い合わせたところ、記録がなく、分からないとのことだった。

環境省の職員は、「重要湿地の情報が伝わっていなかったとしたら、広報のしかたも考えねばならない」と話した。

一方で、陸前高田市は、この場所の干潟の再生に向けた事業を震災の年の平成23年から始めている。

市がシンクタンクに依頼して行った調査の報告書が平成24年に出されている。
「東日本大震災地盤沈下区域における干潟の再生と生物多様性の検討」というタイトルの文書には、「震災後から現在に至る期間で新たな生物環境が根付いてきており、これを維持するとともに、干潟を造成することで積極的に向上させることが必要である」と記されていた。

しかし、平成23年に決まった計画は、その後、予算がつかず、本格的に実行に移されることはなかった。
平成24年以降、実態調査は行われていない。
そして、ことし、突然、事業が動き出した。市が、復興庁と協議した結果、干潟を再生するために、復興工事で発生した残土を使って整地することにしたという決定だった。
残土の処理に使うための復興予算がついたという。
そして、5月から7月にかけて、漁協や地元の地区の代表に説明会が行われた。
震災の後、この10年の間に干潟で育まれてきた豊かな生態系や重要湿地に指定された情報は、ほとんど考慮されることはなかった。

専門家グループ 埋め立て一時中止を要望

10月1日、専門家のグループが、陸前高田市に対して、埋め立て工事の一時中止を求める要望書を提出した。

底生生物(水底などにすむ小さな生き物)の専門家でつくる学会の委員会だ。

5万4000立方メートルという大量の建設残土を投入する今の方法では、現在ある干潟の生態系が失われてしまうので、埋め立てを一時中止し、残土処理の方法を再検討して干潟と生物を守ることが必要だとした。

また、市の計画にある「人工的な造成による干潟の再生は、現在、生態系が維持されていない『劣化した』場所に適用すべきだ」と指摘した。
要望書が出されたことについて、小泉環境大臣は記者会見で次のように述べた。
小泉環境大臣
「小友浦周辺の干潟を含む広田湾全体は生物多様性の観点から重要度の高い湿地に選定している。なんらかの法的制約を生じさせるものではないが、事業者などに保全上の配慮を促すために選定しているものなので、基礎資料として適切に活用していただきたい。市は工事にあたって複数の専門家からヒアリングを行ったと聞いており、引き続き、多様な専門家などの意見を聞いて、適切に工事を行うことが重要だ。震災復興と環境保全は、一体的に進めていかねばならず丁寧に復興事業を進めていくことが重要だ」
要望書に対して、陸前高田市は、10月15日、回答した。

回答書では「今後とも、当該工事にご指導いただいております有識者の方々のご意見をいただきながら、広田湾の環境に配慮した工法により工事を進めてまいります」とした。

そして、要望書が出されてから一時的に止めていた残土の搬入を19日から再開するとした。

また、小友浦の干潟の両脇にある小川が流れ込む場所は、そのままにすることで、底生生物への影響を軽減するとしていて、工事にあたって、これまでアドバイスを得てきた専門家を増やして4人にして、助言や監視を依頼するとしていた。

市の計画に助言した専門家

市が改めてアドバイスを求めるとした4人の専門家のうち、水生生物、生態系が専門の北里大学の朝日田卓教授に取材した。

朝日田教授は、ことし、残土投入にあたってのアドバイスを求められ、「今ある生物多様性、環境に配慮してほしい。砂は均一にならすのではなく、浅いところや深いところ、潮だまりなど多様な地形が出きるようにしてほしい」とメールや電話で助言したと話した。
一方、朝日田教授は、小友浦の複雑な事情についても話した。干拓地として造成されたが、作物の育ちが悪く、震災前は高速道路の工事で出た土砂が置かれていた。

津波でできた干潟は、泥や砂ではなく、れきで覆われていた。地元の住民は、アサリの取れるような干潟を求めており、現場は、そうした姿とはほど遠かったとした。

また、平成24年の調査以降、市として現場の環境調査を行わず元の計画のまま、ことしになって突然工事が始まったことについて、
▽市役所自体が被災し情報収集やリスク評価を行う人員が十分に確保できなかったこと、
▽復興事業の予算の関係で年度内に事業を終わらせたかったこと、
▽震災前は干拓地で、海ではなく陸だった場所で工事を行う認識だったこと、
などをあげ、今ある自然環境に100%配慮することが難しかったのではないか、と話した。

一方で、朝日田教授は、要望書が出された後に、現場を視察し、「仮置きの残土をドカンと干潟部分に置いていた。もう少し陸側に置くべきだったとの印象は持った」と話した。

ほかの場所では配慮?

震災復興の土砂の投入によって、現在の豊かな生態系が損なわれようとしている小友浦。

実は、すぐ近くの場所にある、沼では、同じ復興工事だったにもかかわらず、自然の干潟はそのままにする配慮が取られた。
「古川沼」と呼ばれる奇跡の一本松がある、海とつながる沼の復興工事だ。

当初の計画では、沼をコンクリートで固める予定だったが、最終的には、沼の中に津波でできた干潟を残すような工法がとられた。

この場所では、松政教授は国や県、市でつくる委員会の委員として助言した。

松政教授は「私自身、小友浦で長年調査してきた身として、もっと市民向けの自然観察会を開くなどして、重要性を多くの人に伝えるべきだった」と話す。

地区から見えない 見たくない小友浦

地元の人たちは、干潟についてどう考えているのか。

漁業者の一人に話を聞くと、「小友浦が昔のようにアサリが取れるような場所になって、子どもが潮干狩りできればいい」と話した。

また、地区の震災遺族の女性に話を聞いたところ、女性は、遺族にもさまざまな考え方があると断ったうえで、「小友浦周辺では津波で多くの人が犠牲となり、いまも行方不明の人も多く、正直なところ、忘れたい、見たくない、関わりたくないと思っている住民も多いと思う」と語った。
小友浦は、県が建設した高さ12.5メートルの防潮堤が取り囲んでいて、町側からはその様子がうかがえない。

心理的にも視覚的にも見えない干潟の自然環境に、地元の関心は必ずしも高まっていなかったのではないか。

この問題を、市議会で取り上げた菅野広紀市議は、「われわれ市議も市民も、環境保護の「監視」ができていなかった。早く復興のインフラ整備が終わってほしい、頑張っていこうという中で、環境は利益を生まず、おろそかになっていたのではないか。市民の中には、自然再生といっても、昔の潮干狩りができる場所のイメージが強く、生物多様性という意識はあまりなかったかもしれない」と話した。

復興と環境 ~ 自然環境の犠牲は本当にしかたないのか?

市が工事を再開したいま、松政教授は、「すでに津波で生まれた干潟の自然再生という希少な意味合いは失われた。せめて人工干潟としてなるべく良い形に持って行くしかない」と話す。

そのうえで「今回の小友浦のようなことは、あってはならない」と指摘する。

松政教授が、特に懸念しているのは、復興工事の陰で、環境保全に対する専門家への意見聴取が形式的なものになっているのではないかということ、そして、場合によっては健全な干潟でも埋めてもいいという、前例になるのではないか、ということだ。

東日本大震災の被災地では、震災から10年を迎え、防潮堤や水門の工事が大詰めを迎えている。

震災復興の大義のために、多少の犠牲は致し方ない。
たかが、水生生物。

多くの人はそう考えるかもしれない。

だが、復興が急がれる中で、情報の共有や認識の不足によって、不必要な犠牲が生まれていたとのだとしたら、それは避けられるべきだったと思う。

工事が再開する前日の10月18日、再び小友浦の様子を見に行った。
干潟に流れ込む小川にはサケの姿が見られた。コンクリート三面張りの浅い水路を懸命にさかのぼろうとしていた。

生き物は強い。

引き続き、取材せねばと思った。

※震災復興と環境保全について、皆様からのご意見・情報を募集しています。以下の「サイカルジャーナル」の投稿フォームからお願いします。
黒瀬総一郎

平成19年入局
岡山局、福岡局を経て平成26年から科学文化部。
海洋や天文のほか、現在はサイバーセキュリティーやAI倫理、ネット社会の問題を中心に取材。
また、全国の水辺を巡ってウナギやサンゴなど、生態系の保全や資源管理に関する取材を続けている