閉店でも「自己都合」? 追い詰められる非正規労働者

閉店でも「自己都合」? 追い詰められる非正規労働者
「家族3人、死ねって言いたいんですか?」
パートで働いていた女性が、ハローワークで叫んだことばです。

新型コロナウイルスの影響で勤めていた居酒屋が閉店し、失業。辞めたくて、辞めたわけではありません。しかし、ハローワークに届け出た書類では、女性の「自己都合」で退職したことになっていました。
感染拡大の影響を大きく受けている非正規雇用で働く人たち。取材を進めると、仕事を失うだけでなく、その「辞めさせられ方」によって、さらに追い込まれていく実態が見えてきました。(社会部記者 大西由夏)

なぜ?失業給付が出ない

10月中旬、以前、取材をさせていただいた女性に近況を尋ねました。
この女性は、居酒屋チェーンの店舗で週5日間、フルタイムのパートとして働いていましたが、感染拡大の影響でことし7月末に店が閉まり、退職を余儀なくされました。
大学生の子ども2人を育てるシングルマザーです。

取材した当時、「まずは失業給付を受けて、一刻も早く次の仕事を見つけたい」と話していました。
女性にメッセージを送ると。
「何もかもが全くダメで…精神的に追い込まれてきています」
女性の様子が心配になった私は、直接、会って話を聞きました。
そこで女性から聞いたのは…
「ハローワークで手続きをしたら、失業給付は出ないと言われました」

閉店でも「一身上の都合」

雇用保険に加入し保険料を払い続けていた女性。
失業給付が支給されない理由がわからなかったため、ハローワークとやり取りした書類を見せてもらいました。
そこで目にとまったのは、離職票という書類の中の、「離職理由」の欄です。
「労働者の個人的な事情による離職」と書かれた欄にチェックが入っていました。

女性は、勤めていた店が無くなる時、居酒屋チェーンの運営会社から別の店舗での勤務を打診されました。
しかし、自宅から遠いうえに、シフトがこれまでより大幅に減ると説明されたということです。
女性は自分の給与で家族を養っているため、フルタイムで働けないと厳しいと会社側に伝えました。
すると、「一身上の都合で辞める」と書いた退職届を出すよう、求められたということです。

「会社都合」と「自己都合」の差は

「会社都合」で仕事を失った場合と、「一身上の都合」、つまり「自己都合」で退職した場合とでは、その後に大きな違いがあります。たとえば、雇用保険の失業給付を受けられる条件です。

「会社都合」の場合、過去1年間に半年以上、雇用保険に加入していれば受給資格があります。
一方、「自己都合」では過去2年間に1年以上、加入している必要があります。また、支給期間にも大きな差があります。
「会社都合」の場合は、原則、年齢などに応じて90日から最大で330日。しかし、「自己都合」では、最大でも150日と短くなっています。
「会社都合」で仕事を失った人には、余裕を持って新たな仕事を探せるように手厚い補償がされる仕組みになっています。

「自己都合」だからもらえない

この女性の場合、雇用保険に加入していた期間がネックになりました。
ハローワークが計算したところ、感染拡大の影響で店が休業していた期間などを差し引くと、女性が雇用保険に加入して働いていた期間は11か月。
「自己都合」の退職で失業給付を受けるためには1年以上、必要です。わずかに日数が足りませんでした。
「会社都合」で仕事を失ったとされていれば、失業給付は受けられた。その事実に、女性はやり場の無い怒りを感じたと言います。
パートで働いていた女性
「私が辞めたくて辞めたわけではないといくら訴えても、ハローワークは『会社都合』に変えてくれませんでした。失業給付が出るか出ないかは、次の仕事が決まるまでの生活に大きくかかってきます。何のために雇用保険を払ってきたのかと、悔しいです」

ハローワークの判断は

店舗の閉店による離職は、「自己都合」なのでしょうか。

再びハローワークを訪れるという女性に同行しました。
女性と訪れた都内のハローワークは、相談に訪れた人たちで混み合っていました。
「密」な状態を防ぐために待機スペースのいすは間隔をとっていましたが、中で待てない人たちが廊下に長い列をつくっていました。30分ほど待ったところで、ハローワークの担当者に呼ばれ、相談窓口へ。
離職理由は会社の届け出にもとづいて決められるため、働いていた側の認識と異なることもあります。このため、離職票には理由に問題がないかを確認する欄があり、「異議あり」とすると、ハローワークが改めて会社に確認し、場合によっては変更もできる仕組みになっています。
女性は、前回、ハローワークを訪れた時に離職票に「異議あり」とチェックし、不本意にも退職届を書かされたことなどを担当者に説明していました。

この日は、改めて離職理由を変更し、失業給付を受けることはできないか、担当者に尋ねました。

返ってきた答えは。
「ハローワークから会社に問い合わせましたが、会社が認めないので離職理由は変えられません」(ハローワークの担当者)
女性は、わずかな希望が打ち砕かれ、私の横で声を張り上げました。
パートで働いていた女性
「会社の言い分しか通らないのですか?家族3人、死ねって言いたいんですか?」
東京都の休業要請で女性の勤めていた居酒屋は4月から休業。
この間の休業手当は「パート」だからという理由で支払われず、6月から店が再開したものの営業時間は大幅に短縮。さらに7月末で閉店となり、女性はこの日の時点で半年以上、まとまった収入を得られていませんでした。
貯金を取り崩し、大学生の子どもたちがアルバイトで稼ぐお金にも頼りながら日々をしのいできました。

このあと黙り込んでしまった女性を前に、ハローワークの担当者は申し訳なさそうに続けました。
ハローワークの担当者
「離職理由で、会社と食い違いが生じているという相談を受けることはよくあります。会社と交渉を続けるか、裁判に持ち込むケースもありますが、時間と手間がかかるので、非正規雇用の人だと諦めて次の仕事を探すケースが多いです」

相次ぐ「離職理由」めぐる相談

調べてみると、「自己都合」をめぐる相談は、年々、増加傾向にあることがわかりました。
全国の労働局などで受け付けている総合労働相談の中で、「自己都合退職」など離職の理由をめぐる相談は、「いじめ・嫌がらせ」に続いて多く、昨年度はおよそ4万件余りにのぼりました。10年前のおよそ2倍です。
この間、非正規雇用で働く人は増え続けていて、国の調査では、ことし9月時点で労働者全体の37%を占めています。
非正規雇用の場合、短い期間で契約を終える人も多く会社側が書面を明示しないなど手続きや対応が不十分なために仕事を辞める時に不利な立場になりやすいという指摘も出ています。
こうした現状について、厚生労働省の担当者は、次のように話しています。
厚生労働省の担当者
「相談者を雇用形態ごとに分けていないため、『自己都合退職』に関する相談が増えている理由をはっきりとは言えません。ただ、非正規労働者が増えているということも一因ではあるとみています」

「立場弱い非正規には不利」

非正規雇用で働く人が増える中、それに比例するように増えている離職理由をめぐるトラブル。
働き方の変化や雇用保険の仕組みについて研究している京都産業大学の高畠淳子教授は、次のように指摘します。
高畠教授
「離職理由は、雇用保険の失業給付を受けるうえで非常に大きなポイントだが、多くは雇い主側が作成する資料にもとづいて決められてしまう。ハローワークを通して交渉する仕組みはあったとしても、労働者側の言い分を裏付けられる証拠は乏しい場合が多く、特に、立場が弱くなりやすい非正規労働者にとっては不利益が起こりやすい」
さらに、高畠教授は、次のようにも話しています。
高畠教授
「今後、働き方、雇われ方が相当、複雑化していくと、現在の雇用保険の仕組みでは補償が行き届かないケースがより一層増えると考えられる。感染拡大で問題が顕在化している今、保険では救いきれないところをカバーしていく別の仕組みを考えていくべきタイミングだ」

コロナ禍、非正規の失業の実態は

ハローワークを訪問したあと、女性はこう言いました。
パートで働いていた女性
「理不尽じゃないですか。店では正社員と同じように働いてきたのに、都合が悪くなったら先に辞めさせられて、勝手に辞めたような扱いをされて。そのうえ、失業給付ももらえないなら、まじめに雇用保険を払って働いていたことがバカみたいです」
「同一労働同一賃金」が大企業に適用されるなど、正規と非正規の「働くうえでの」格差を無くそうという動きは進みつつあります。
一方、置き去りにされていた「辞めたあと」の格差が、雇用環境の急激な悪化で浮き彫りとなりました。

厚生労働省の調査では新型コロナウイルスの影響で仕事を失った非正規雇用の人は把握できているだけで3万人余り。実際にはもっと多いとみられています。

私たちは、引き続き取材をしていきたいと考えています。読んでいただいた皆様からのご意見や情報提供をお待ちしています。
社会部記者
大西 由夏