人生8万回の可能性にかける

人生8万回の可能性にかける
まだ食べられるのに捨てられてしまう「食品ロス」の問題。お店で売れ残って捨てられる食品、工場で規格外となり流通しないまま捨てられる食品、家庭での食べ残し…。日本の食品ロスは、年間612万トン。実は、国民全員が、毎日毎日、茶わん1杯のごはんを捨てている計算になるのです。これだけ深刻な食品ロスをビジネスの力で減らすことはできないか。29歳の社長率いるスタートアップが、チャレンジしています。(経済部記者 池川陽介)

まずはアプリ使ってみた

取材したのは「TABETE」(タベテ)というアプリを提供するスタートアップ「コークッキング」です。余った食材を抱える飲食店と、お得に食事をしたい消費者をつなぐマッチングアプリのサービスです。
飲食店や惣菜店では、まだ食べられるけれども、閉店時や、商品の入れ替え時など、事業の都合で捨てるしかなくなった料理や食品が出てしまいます。

アプリでは、余った料理や食品を割安価格で販売したい店の情報が掲載されます。利用者はそれをアプリで購入。約束した時間に店に引き取りに行く仕組みです。企業には、売り上げの一部が手数料として入ります。まずは、どんなサービスなのか、10月某日、実際に利用してみました。
<16:00 スマホでチェック>
売れ残りが出そうな店が情報を提供していた。この日は、しゃぶしゃぶ店が余った肉を使った「牛丼」や、カフェの「カレー」、パン屋さんの「詰め合わせ」などがずらり。通常1000円ほどの商品が、600円前後で販売されていた。ただ残念ながら、職場と自宅の近くに店が見当たらなかった。
職場から徒歩15分のパン屋さんの「詰め合わせ」と、帰り道に電車を途中下車したところにあるカレー店で「ほうれん草カレー」を注文。
受取時間を指定して、支払いを済ませる。
<19:05 パン屋さんに到着>
店に行き店員に声をかける。
「アプリで注文した者ですが…」
「あ、ちょっとお待ちください。(奥に行って、戻ってくる)これどうぞ!」
あらかじめ用意してあったパンの詰め合わせ(680円)を手渡し。
滞在時間1分に満たず受け取り完了。
<19:30 カレー店到着>
680円のほうれん草カレーは、こんな感じ。
夕食に食べ、おなかいっぱいになりました。
パンの詰め合わせは翌日の朝食にするも食べきれず、昼食でも食べました。

チェーン店でも

別の日には、都内の飲食チェーンが提供するラム肉を使った「ラム丼」を購入。食べるだけでなく取材もしました。チェーン店の看板メニューは、ラム肉をスライスしたしゃぶしゃぶの食べ放題です。
しかし仕込みの段階で、スライスミスや、はぎれなどがどうしても出て食品ロスになっていました。この、はぎれの肉で「ラム丼」を作り、毎日8食前後を販売しているといいます。
田村さん
「はぎれといっても仕入れた肉の一部なのでコストになります。捨てずに、料理にして、1つでも2つでも売れれば、利益になります。とても助かっています」
たまたまこの日、サービスを初めて利用してラム丼を買った20代の女性会社員がいました。
「食品ロス削減に関心があったので試してみました。おいしかったら、また利用します」と話していました。

起業のきっかけは“違和感”

アプリは、レストランの食品ロスを減らすサービスの草分けとして2017年にスタート。

運営会社のコークッキングを率いるCEOの川越一磨さん(29)。2014年に大学を卒業後、いったんはビアホールなどを展開する大手チェーンに入社しましたが退社し起業。きっかけは学生時代のある体験でした。
川越さん
「ひとことでいうと『違和感』です。大学在学中にアルバイトとして和食店のちゅう房で働いていたとき、食べ残しなど大量の食べ物を捨てていました。『何でこんなに捨てるんだろう』とか『食べ残すんだろう』ということに、違和感を感じていたんです。そのモヤモヤ感はずっと心の中に残っていたんです。起業後、一時、形が悪く売り物にならない規格外の野菜を、ファーマーズマーケットで売っていました。でも、これだけでは社会は変えられないな、と思っていた時に、ヨーロッパで廃棄寸前の食事のマッチングサービスがあることを知りました。日本にない取り組みだったので、では自分たちがやろうと」

人生8万回の食事で食品ロス削減を

アプリには、全国の1400以上の店と、およそ32万人の個人が利用者登録しています。しばらくの間、毎日アプリをチェックしましたが、まだまだ店は足りない印象も。自分の行動範囲の中に、いつも売り物がある、という状況ではありませんでした。

川越さん自身も、ビジネスとして成立するには、もっと店の登録を増やす必要があるといいます。
川越さん
「アプリを登録してくれている32万人は、自分が使えるエリアにお店が増えるのを待ってる人たちがほとんどです。アプリはまだ発展途上です。運営資金を出してくれている投資家にも『お金を稼げるんですか?』と必ず聞かれます。人間の一生に食事の機会はどのくらいあると思いますか?だいたい8万回です。その8万回のうち、『きょうはなにを食べようかな、なんでもいいや』ということが何回かあるはずです。そういう時に、アプリを使って食品ロス削減に貢献してもらう。そんなサービスを目指したいのです」

目標は“クールビズ”

今後のことを聞いたところ、意外なたとえ話で目標を語りました。
川越さん
「食品ロスがゼロになることはないと思っています。ロスを出さないように『売り切れ御免』としてしまうと、お店の売り上げも減り、雇用も失われるということになりかねません。アプリをきっかけに、消費者の意識を、食品ロスをなるべく減らす、というところにもっていきたいと考えています。目指すところはクールビズです」
(クールビズ…?)
「クールビズも最初は効果があるのか?といろいろ批判されました。でも、夏はネクタイも外せて、むしろラッキーじゃないぐらいの価値観に変わった。食品ロスの世界でも、そうした変化を目指していきたいと考えています」
「食品ロス削減を、もっと当たり前にしたい」という川越さん。5年後の2025年までに、ビジネスとして安定させることが当面の目標だと話していました。
新型コロナウイルスの感染拡大が続き、先行きが見通せない時代。そうした中、環境や貧困、ジェンダーなどの社会課題に目を向け、ビジネスで解決しようという社会起業家(チェンジメーカー)が日本でも相次いで登場しています。さまざまな分野で活躍する、40歳未満(Under40=U40)の若きチェンジメーカーの動きを追っていきます。
経済部記者
池川陽介
平成14年入局