乗客2人からCA100人採用へ ジップエアの挑戦

乗客2人からCA100人採用へ ジップエアの挑戦
10月16日、韓国のソウルに向けて成田空港から290人乗りのジェット機が飛び立った。日本航空傘下のLCC=格安航空会社「ジップエア(ZIPAIR)」の初の旅客便だ。しかし、この便に乗り込んだ乗客は、わずか2人。にもかかわらず、その1週間後には、客室乗務員約100人を新たに採用することが明らかになった。そのねらいは。(千葉放送局記者 岩澤千太朗)

コロナ禍で異例の新規就航

「えっ、乗客が2人?」

ジップエアの初の旅客便の出発を前に、乗客の数をデスクに連絡すると、信じられない様子だった。2人にもかかわらず、搭乗ゲートは、客室乗務員など多くの関係者が集まり、熱気に包まれていた。

西田真吾社長は胸を熱くしていた。
西田社長
「コロナという相手は大きく、大変厳しい状況だったが、就航の日を迎えられて感無量だ」
ジップエアは、日本航空が2018年に設立した国際線の新たな格安航空会社で、成田空港を拠点としている。

ジップエアの「ジップ」は、英語で矢などが素早く飛ぶ様子を表現したことばで、フライトの体感時間が短い航空会社であることを表現したという。当初の計画では、成田とバンコクを結ぶ路線を今年5月から、ソウルとを結ぶ路線を7月から就航させる予定だった。

コロナで就航5か月延期

ことしに入り、就航に向けて準備を進めていたジップエアの前に、突然、立ちはだかったのが新型コロナウイルスだった。世界各国で入国制限措置によって人の移動が大きく制限され、航空各社は、多くの路線で運休や減便に追い込まれた。
この流れにあらがうことはできず、ジップエアは4月9日、旅客便の就航延期を発表。パイロットや客室乗務員など社員およそ220人と、2つの機体は、空を飛ぶ前からいきなり視界不良となった。
西田社長
「社員がずっと訓練を続け、いよいよ乗客を迎えるという手前でコロナ禍になってしまった。たくさんの予約を受け、華々しく乗客を見送ることを夢見て準備を進めていたが、かなわなかった」
社員は在宅勤務で研修や準備を続けることになった。

旅客機で貨物だけ輸送

この窮地をどう乗り切るのか。西田社長がたどりついたのは、旅客機を、貨物を輸送する貨物便に転用することだった。
就航延期の決断から2か月近くたった6月3日、ジップエアは、タイのバンコクに向けて、貨物便としての初フライトを果たす。当時、旅客便の相次ぐ運休や減便によって、旅客便で運べる貨物の量が減り、貨物運賃は前年の2倍に上昇していた。この需要の高まりに目を付けた西田社長は、客を乗せられなくても貨物輸送で少しでも収入を得ようと考えたのだ。

これを可能にしたのは、保有する2機の航空機だった。中長距離路線への参入を目指すジップエアは、航続距離の長い中型のボーイング787型機を導入していたのだ。
日本のLCCは、小型の機体が一般的で貨物スペースが小さいのに対し、中型機は貨物室のスペースが広く、大きなコンテナを積むこともできる。機械部品や化粧品など、多い時で約20トンを輸送。機体の差が他のLCCにはない武器になったのだ。

貨物便で客室乗務員が訓練

貨物便は、それまで在宅勤務をしていた客室乗務員たちの訓練の場にもなっていた。森本しずく(25)さんは、乗客が1人もいない貨物便の機内で、客室に乗客がいるというイメージを持ちながら接客の訓練を続けたという。
森本さん
「就航がいつになるのだろうと考えて少し不安になることがありました。段階的に就航が遅くなり、刻一刻とコロナウイルスの感染が拡大していると肌で感じていました。座席に置いた熊の人形を乗客に見立てて、訓練を頑張りました」
こうした日々が約4か月間続き、10月16日、ついに旅客便としての初フライトを迎えた。森本さんは、「初便に乗ってもらえることに感謝の気持ちを持ちたい」と笑顔で機体に乗り込んでいった。

CA100人 異例の採用

念願の旅客便就航からわずか1週間後、驚きの計画が明らかになった。客室乗務員を新たに約100人採用するというのだ。現在の約110人から一気に2倍にする。航空各社が採用活動を相次いで中止する中で、異例の対応だ。

ジップエアは、今年度中にハワイ・ホノルルへの就航を予定し、来年度以降に日本のLCCとして初めて北米と結ぶ便の就航を目指しており、そのための人材が必要という。
ちょうどこの時、日本航空が出資するLCCの「ジェットスター・ジャパン」が、国内の一部の路線から事実上、撤退する方針が明らかになり、客室乗務員が希望退職などを打診されていた。

今回のジップエアの新たな採用は、日本航空とそのグループ会社、それにジェットスター・ジャパンが対象となっていて、グループ内の雇用維持と、優秀な人材の確保がねらいだったと言える。
西田社長
「航空会社の中には、特に国際線で旅客数と配置されている人員にギャップがあり、人員にゆとりが出てくるところがある。コロナで仕事が減っている状況を鑑みれば、100名であっても、われわれが採用する意義は大きい。パイロットや客室乗務員などすべての面で航空会社から他の航空会社への人員の流動が続くだろう」

アフターコロナでLCCにチャンス?

苦境の航空業界の中で、ジップエアが異例の攻めに打って出るのは、アフターコロナを見据えた日本航空の戦略がある。

もともと、日本航空のグループでは、「FSC=フルサービスキャリア」と呼ばれる日本航空が主にビジネス利用者を取り込み、傘下の「LCC=ローコストキャリア」であるジップエアが観光や帰省などの利用者を取り込むねらいで、すみ分ける計画だった。
ウェブ会議やリモートワークなどで働き方が変化し、ビジネス利用は以前の水準には回復しない一方、低価格を求める観光や帰省などの利用者は比較的早く回復するという声が、航空業界で多く聞かれる。

こうした中で日本航空は、LCC事業を強化して観光需要を取り込みたい考えで、ジップエアの成長は不可欠なものとなっている。

一方、ライバルのANAホールディングスも、10月27日、新たな中距離LCCの立ち上げを発表。2022年度をめどに東南アジアやオーストラリアと結ぶ路線の開設を目指すという。
西田社長
「それぞれのエアラインがコロナからの立ち直りを目指して準備を始めたところだ。コロナの影響でビジネス需要が細るとフルサービスキャリアの往来が減ると考えられ、その空白を埋める中長距離LCCが活躍できる場面がさらに増えることになる。他社の参入によって生まれる競争は甘いものではなく、気を引き締めないといけない。どの路線に需要があるのかを調査や分析を通じて見極めていきたい」

ジップエアは飛躍できるか

初フライトからまもなく1か月。わずか2人からスタートした乗客は、今もほとんどの便で1桁台が続いている。貨物輸送を同時に行うことで客が少なくても運航を維持できるというが、このまま貨物に頼った低空飛行で、会社が軌道に乗るはずがない。

エアアジア・ジャパンが日本からの撤退を決めたように、多くのLCCが今、厳しい経営を余儀なくされている。こうした中で、ジップエアがアフターコロナの時代に支持されるLCCになるには、観光目的の利用を中心に需要の変化をどれだけ的確に見極められるかがカギになると思う。

ジップエアの関係者は、「ゼロからのスタートだったからこそ、余剰の機材も無く、路線の選択も柔軟にできる」と強気だ。

次のステップとなるハワイへの就航。バンコクやソウルと比べて貨物需要が高くはない路線で、どれだけの収益を上げられるか。ジップエアの真価が問われることになる。
千葉放送局成田支局記者
岩澤千太朗
平成28年入局
大阪局を経て現所属
成田空港で航空取材にあたる