それでも諦めない 日韓映画交流秘話

それでも諦めない 日韓映画交流秘話
「戦後最悪」とも言われる日韓関係。その影響は、政治や経済だけにとどまりません。韓国では、日本映画の上映が延期され、観客数も激減するなど、関係悪化が文化の領域にまで影を落としました。その一方で、映画を通じた交流を諦めていない人たちが、両国にはいます。(ソウル支局記者 徳田亮祐)

『ファイティング』

ポスターにサインペンで書かれた韓国語。
「ファイティング」という激励の文字です。

書いたのは、アニメ映画『君の名は。』などのヒット作で知られる新海誠監督。
「頑張れ」という思いを込めて、韓国 ソウルの映画配給会社に贈りました。
韓国では、日本政府が去年7月、韓国向けの半導体の原材料などの輸出管理を厳しくしたことに、世論が猛反発。
日本製品の不買運動が巻き起こり、10月には日本からのビールの輸出額がゼロになったのをはじめ、対象は洋服、車、さらに日本映画にまで広がりました。
映画配給会社のカン・サンウク(姜相旭)理事は、「どうすることもできなかった。多くの人に日本映画を見せられなくなり、残念だった」と、当時を振り返ります。
カン理事の映画配給会社は、日本のアニメ映画の可能性に早くから注目し、2007年から配給を始めました。3年前に配給した新海監督の『君の名は。』は、韓国で上映された日本映画として最多となる373万人の観客を動員しました。
これを受けて会社は、新海監督の新作『天気の子』の上映を決定。去年9月の上映に向けてプロモーション活動を大々的に展開する予定でしたが、両国関係の悪化を受け、取引先から「今、日本のコンテンツと関わってもいいことがない」と、すべて拒否されたと言います。

結局、『天気の子』は1か月の上映延期を余儀なくされ、観客動員も前作と比べて8割も減ってしまいました。

「ファンがいなくなることはない」

上映延期などの責任を感じていた、カン理事。
そんなとき救ってくれたのが、新海監督の「ファイティング」だったと言います。
カン理事
「おわびしたい気持ちでしたが、新海監督は上映のとき、韓国にわざわざ足を運んで書いてくれたんです。涙が出そうになりました。日本側のほかの関係者も、理解を示してくれました」
新海監督たちの思いに、こたえたい。
カン理事は、すぐれた日本の映画、特にアニメのファンが韓国からいなくなることはないと断言します。
会社は今後、日韓関係が悪化したとしても上映を続けられるよう、日本映画専用の劇場をソウル市内につくることを検討しています。
ビジネスとして成功させ、新海監督をはじめとする日本の映画関係者にも喜んでもらいたいと考えています。
「韓国で日本映画が定着するのに貢献したい。未来の世代が政治的な問題を解決するための土台になると思う」
カン理事は、ことばに力を込めます。

「同志」として交流を

地道な取り組みは、劇場でも続いています。
ソウル近郊・インチョン(仁川)のミニシアター『ミリム(美林)』です。
日本の国際交流基金の協力を得て、ことし2月から毎月1回、日本映画の無料上映会を開いています。
きっかけは、知人を通じて始まった、横浜市のミニシアターとの交流でした。
去年6月には、双方で日韓の映画の上映会を開催。
このとき、『ミリム』のチェ・ヒョンジュン(崔鉉俊)代表は、日本側からおすすめの日本映画を紹介する手作りのポスターをもらいました。
「業界が震撼(しんかん)した話題作だ!」。
慣れない韓国語で書かれた紹介文を、チェ代表は今も大切に、館内に掲げています。
さらに日本側からは「日韓関係が冷え切っている時だからこそ、交流を」と書かれた寄せ書きももらいました。
チェ代表
「『映画を通じて市民と交流する』のは日韓とも同じ。交流する中で、同志愛を感じた。言語と地域の違いはあるが、これからも交流を続けたい。文化や芸術に携わる私たちがより開かれた心で接し、交流の扉をたたくことが重要だ」
日本映画の上映会を、今後も続けることにしています。

映画祭の「責任感」

韓国では国民感情もあり、日本の映画や音楽に触れることは1948年の建国以来、半世紀にわたって、法律などで事実上禁止されていました。
それを1998年、当時のキム・デジュン(金大中)大統領が、「日韓の友好関係をさらに深めるために」と、解禁しました。
それより前、1996年から両国の交流を支えていたのがアジア最大級の映画祭、プサン(釜山)国際映画祭です。

「日本のいい映画を知ってほしい」と、ときにはスタッフが日本の監督や俳優と酒を酌み交わすなど信頼関係を築いたうえで、映画祭に招待したり、日本ではまだ無名の作品も積極的に紹介したりして、相互理解や友好を少しずつ深めてきました。
日本製品の不買運動が起きた去年。韓国のほかの映画祭が日本映画の上映を取りやめる中、プサン国際映画祭は開幕作品に森山未來さん主演の『オルジャスの白い馬』(日本・カザフスタン合作)を選び、「ことしのアジア映画人賞」を是枝裕和監督に授与しました。
そして映画祭はことしも、コロナ禍の中、10月に開かれ、最後を飾る作品に、日本のアニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』を選びました。
パク・ソニョン(朴宣映)選定委員は、「私たちの責任感は、日本映画が政治的な問題に巻き込まれないよう、文化は文化、映画は映画として紹介すること。両国間の政治的緊張が、文化で解消されたらうれしい」と、映画祭の重要性を強調します。

糸口は残されている

韓国で日本製品の不買運動が起きた去年、韓国人の多くは「周りの視線が気になって日本製品を手に取れない」と口にしました。
社会全体が「日本のものとは距離を置きたい」という雰囲気に包まれていたのです。

一方で、今回取材した韓国の映画関係者たちはいずれも、「政治は政治、文化は文化だ」と明言しました。
その迷いのない姿勢に驚くとともに、背景には日本映画界との四半世紀にわたる交流があることも分かりました。

韓国では最近、日本のアニメ映画『ポケットモンスター』と『妖怪ウォッチ』が人気ランキングの10位以内に入り、是枝裕和監督が韓国人俳優を起用して映画を製作することも決まりました。
そして日本では、韓国の男性アイドルグループ「BTS」やドラマ『愛の不時着』などが人気を博しています。
日韓両国の間には、政治的に難しい問題が山積しています。
それでも、文化の交流をあきらめない人たちがいるかぎり、相互理解の糸口は残されています。
ソウル支局記者
徳田 亮祐