“電気ナマズ”に震かん?中国 EV競争 その先にあるものは

“電気ナマズ”に震かん?中国 EV競争 その先にあるものは
「中国では今、ナマズ(鯰)が市場を席けんしています」。その時、自動車業界の話を取材していたので、取材先から聞いたことばに思わず首をかしげてしまいました。中国にとっての「ナマズ」とはいったい何なのか。そして、その影響も受けて、大きな転換期を迎えつつある中国の自動車市場の今を取材しました。(中国総局記者・伊賀亮人/広州支局長・高島浩)

ナマズの正体

「ナマズ効果」ということばを知っていますか。あるグループに異質な存在が加わると、それが刺激になって、グループ全体の活力が増すことをいいます。もともとは北欧の漁業から生まれたことばです。水槽の中のいわしの群れを放っておくと弱って死んでしまうのですが、ナマズを中に入れると、いわしが緊張して泳ぎ続け、鮮度が保たれるということに由来します。

中国の自動車市場にとっての「ナマズ」。それはEV(電気自動車)の世界最大手「テスラ」です。

世界最大の市場で一気にトップに

テスラはことし、アメリカ国外では初の生産拠点となる上海の工場で生産したEVの販売を開始しました。そして、たちまち、上半期の中国のEV市場のシェアで20%を占め、一気にトップに立ったのです。
人気の理由はブランド力と価格です。中国の国内で生産されることで関税がかからなくなり、およそ25万人民元、日本円にして400万円弱から販売され、「手が届く高級車」として売れています。テスラは、世界最大のEV市場・中国で、その存在感を急速に高めているのです。

中国政府、異例の待遇の理由は?

テスラによる上海工場の建設の経緯は異例でした。というのも中国政府はもともと国外の自動車メーカーが進出する際には、国内メーカーとの合弁でなければ認めていなかったからです。しかし、この規制が2018年に撤廃されると、外資単独の工場の第1号案件として、この工場が建設されることになったのです。さらに、去年1月に建設を開始してからわずか11か月という異例のスピードで生産にこぎつけ、これも地元政府の強力な後押しがあったと見られています。

そこまで中国側が期待する理由は何なのか。それこそが「ナマズ効果」なのです。中国のEV市場は政府の積極的な支援によって、この6年間で販売台数が60倍と急速に拡大してきた一方、EVを生産するメーカーは50社を超え、乱立状態になっています。
そこでテスラという「ナマズ」を刺激策として投入することで競争を促しつつ、優秀なメーカーを選別していこうというのです。また、電池やモーターなど関連する部品メーカーの育成にも役立てたいという思惑があるとみられます。

とう汰が進む中国市場

中国のEV市場は今、転換期を迎えているとも指摘されます。

中国は国家を挙げてEVなどの「新エネルギー車」を育成してきた結果、急成長を遂げたものの、今度は過剰生産が懸念される事態に陥ったため、政府は去年、補助金の削減に踏み切りました。新型コロナウイルスの影響も追い打ちをかけ、新興メーカーの中には、経営難に追い込まれる会社も出ています。

さらにテスラの存在もあり、中国の自動車市場に詳しい、みずほ銀行の湯進主任研究員は「新興EVメーカーのうち生き残れるのは3、4社だけだろう」と言います。

生き残りの鍵は「スマートカー」

競争を勝ち抜くため、中国メーカー各社が力を入れているのが「スマートカー」の開発です。世界の自動車業界は今、100年に一度の変革期にあると言われ、各社が電動化をはじめ、車をネットにつなげるコネクテッド、自動運転などの先端技術の開発にしのぎを削っています。こうした動きは、中国では「スマート化」と呼ばれ、中国政府は普及や開発に力を入れています。

特に生き残りの鍵となっているのが、自動化やコネクテッド技術です。新興EVメーカーの1つ「ウェイマー」は、IT大手の「バイドゥ」と提携しています。
バイドゥは自動運転の分野で中国政府から重点的に支援を受けています。その技術力を生かしてウェイマーが開発したのが、無人での自動駐車の機能を搭載したモデルです。車の外からでも専用アプリをタップするだけで、立体駐車場で空きスペースを見つけて自動的に駐車。安全にも配慮し、車に搭載されたカメラやセンサーで周りの状況を把握、歩行者や障害物も検知できるといいます。来年、市販する計画です。

自動運転の実用化も近い?

自動運転の技術は駐車場などの限られた場所だけでなく、中国各地の公道でも実証実験が進められています。注目を集める企業の1つが広州市のスタートアップ「ウィーライド」です。
去年11月から自動運転によるEVの配車サービスを開始。事前の利用登録がなくても、市内200地点でスマホの地図アプリを使って予約すれば、乗車できます。100台の車両を運行し、これまでの利用客は延べ10万人近く。蓄積した地球72周分にあたる290万キロという膨大な走行データをAI(=人工知能)が学習し、開発に生かしています。さらに、ことし7月からは中国国内で初めて、公道での完全な無人運転の実証実験を始めました。自動運転の機能が停止するなど、緊急時には高速・大容量の新たな通信規格「5G」を活用し、遠隔で操作します。
設立からわずか3年のウィーライド。ライバル大手から人材を引き抜き、自動運転に欠かせない地図を高い精度でデジタル化する技術などを獲得してきました。3年後、2023年までに、完全な自動運転の技術を実用化しようとしています。張力COOは次のように話します。
張力COO
「自動運転技術の核心は車が道路状況を認知し、判断し、どのような運転操作をすればいいのかを導くAIの開発だ。前方からの割り込みや交通事故の現場など、多くのデータをわれわれは蓄積してきた。あらゆる場面に対応するAIをいち早く開発できるかが勝負になるだろう」

“スマートカー強国”中国の向かう先は?

中国の自動車業界団体は、EVなどの新エネルギー車産業の育成のねらいを「カーブでの追い越しだ」とよく表現します。ガソリン車では日本や欧米メーカーがすでに圧倒的なシェアを占めているため、未開拓の分野で強みを磨き、レースに例えて、カーブで一気に追い抜くぞ、ということです。

ただ、ガソリン車も含めて年間2500万台にのぼる中国の新車販売のうち、EVが占めるのはわずか100万台。2025年までに新エネルギー車の比率を全体の20%まで引き上げるという中国政府の目標の達成は容易ではありません。

しかし、みずほ銀行の湯主任研究員は、中国メーカーは現状ではアメリカ企業の後を追う立場だとしながらも、「中国は2035年にスマートカー強国になることを目指している。世界最大の自動車市場、5Gの整備、大手IT企業の存在。中国はその条件を整えている」と指摘します。
新型コロナウイルスをめぐる経済対策で、中国政府は道路や橋といった従来のインフラに替わる「新型インフラ」の1つとして、充電ステーションなどスマートカー関連の投資に力を入れ、開発を加速させようとしています。

米中対立が深まる中でも、アメリカ企業のテスラまでも取り込んでEV市場を成長させようという中国の戦略に今後も目が離せません。
中国総局記者
伊賀 亮人
平成18年入局
仙台局 沖縄局 経済部などを経て
8月から現所属
広州支局長
高島 浩
平成24年入局
新潟局 国際部 政治部を経て
8月から現所属