未知なものにも「あきらめない」

未知なものにも「あきらめない」
ことし、登山家にとって最も権威ある賞「ピオレドール」を受賞した登山家の平出和也さんと中島健郎さん。2人は、来年の夏、世界で最も登頂困難な山といわれる「K2」へ挑戦し、前人未到の新しいルートからの登頂を目指しています。しかし、新型コロナウイルスの影響で、計画は不透明な状況です。それでも挑戦をあきらめない2人の言葉には、感染拡大で閉塞(へいそく)感にとらわれている私たちの背中を押すメッセージが込められていました。
(映像センター 山岳取材班 カメラマン 奥田悠/岡部馨)

世界が認めた2人の登山家

平出和也さん(41)と中島健郎さん(36)は、これまで世界中に数ある未踏の山々や初めてのルートへの挑戦を続けてきました。

ことしは「登山界のアカデミー賞」といわれる「ピオレドール」を受賞しました。受賞は2018年に続き2回目で、2人組で2回受賞するのは日本人初の快挙です。
評価されたのは、去年7月のラカポシへの登頂です。ラカポシはヒマラヤ・カラコルム山脈にある標高7788mの山で、これまで誰も挑んだことのない南面から山頂を目指しました。
2人は少人数・速攻型の“アルパインスタイル”と呼ばれるスタイルで登山します。2人だけでロープを結び合い、極限まで荷物を軽くして、登山のスピードを上げ、危険な場所に滞在する時間を短くすることで、リスクを最小限に減らします。

また、2人とも登山家でありながらカメラマンでもあることから、困難な挑戦をみずから映像や写真に記録していました。
南側の斜面は雪崩の巣で、もろく崩れやすい氷塊も多く、非常に危険なルートでしたが、2人はスピードを生かした登山で難所を突破、未踏の南壁からの登頂に成功しました。
私たちは、ピオレドールのトロフィーが日本に届いた10月、2人に話を聞きました。
平出さん
「大きな反響を見て、受賞したという実感が少しずつ湧いてきています。昔であれば1、2か月かけていたところを、時代を経て、スピードをもって1週間くらいで攻略することができた。だからこそ生きて登って帰ってくる登山ができた」
中島さん
「どちらか1人が欠けても絶対に達成できなかった。2人で力を合わせ、お互いの不足を補い合ったからこそ山頂に立てたと思う」

K2未踏ルートを目指す

そして2人は、来年7月にラカポシと同じヒマラヤ・カラコルム山脈の「K2」を目指します。

標高は8611m、エベレストに次ぐ世界第2位ですが、どの面から見ても急しゅんな三角形をしたこの山は、“世界で最も登頂困難な山”といわれ、遭難の死者数が群を抜いて多いことから、“非情の山”とも呼ばれています。

2人がねらうのはK2の西壁、いまだ誰も登ったことのないルートからの登頂です。

新たな挑戦に壁が

2人は2年前に1度、現地を偵察し、計画実現の可能性を確認していました。

K2の未踏ルートという目標に向けて、去年、ことしと訓練を兼ねて2つの山に登り、満を持して来年夏、K2に挑戦する予定でした。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大がその挑戦に大きな影響を及ぼしています。ことし夏に予定していた訓練を兼ねた登山の中止を余儀なくされるなど、十分な準備ができなくなっているのです。

それでもあきらめない

世界で感染拡大が収束しない中、K2への挑戦をどうするのか。2人に尋ねると、「決してあきらめない」という言葉が出てきました。

その言葉の裏には、2人が積み重ねてきた経験がありました。

未知なるものへ

登山家の間で「世界中の山はもはや登り尽くされた」と言われる中、2人は独自の視点から、これまで誰も登ったことのないルートを見いだし、彼らだけの足跡を残してきました。

2人は、ほかの登山家と競い合うのではなく、自分たちが本当にやりたい登山とは何か、みずからに問い続けてきました。

そして、探検・冒険という登山本来の楽しみを追求していく中でたどりついたのが、誰も登ったことのない未踏ルートへの挑戦だというのです。
そして、K2への挑戦を「あきらめない」という思いを強くしたのは、ラカポシの山頂からK2の姿を見た時だったと言います。
中島さん
「K2はひときわ目立っていた。ここよりも1000m近く高く、もちろん不安もあるが、何としても行こう、行けなくはない、可能性があると思った」

わずかの可能性を信じる

そして、2人がこれまでの登山でさまざまな危険な場面に遭遇しながらも目標を実現させてきた経験が、「あきらめない」という気持ちにつながっていました。
ラカポシ登山で、山頂まであとわずかと迫った時です。急な天候の悪化で風雪が強まり、テントから一歩も外に出られなくなってしまいました。

標高は6800m、酸素は地上の半分以下、氷点下15度の過酷な環境で、軽量化で食料も限られ、1食を4分の1に減らしました。

それでも2人は懸命に登頂の可能性を模索したといいます。
わずかな可能性でもあきらめない。

2日半の停滞後、奇跡的な晴天に恵まれ、前人未到の南壁ルートから登頂を果たしたのです。
平出さん
「何か壁にあたった時、やらなくていい理由を探せば簡単だし、やめて引き返すことはいくらでもできる。それでも、やりたいという理由を探すほうを、僕は選択したい。僕たちの登山自体が小さな可能性でしかない。もともとのチャンスが少ないからこそ、小さな可能性にかけるしかない」

生活の変化に苦しむ人たちへ 2人からのメッセージ

2人はいまも陸上トレーニングを欠かさずに続けているほか、現地の気象データを毎日確認し分析を続け、K2への挑戦に向けて準備を進めています。

私たちは、感染拡大の影響でこれまでの生活が大きく変化し、苦しさや閉塞感で打ちのめされそうになっている人たちに、2人の経験から伝えられることがあるか尋ねました。
中島さん
「(コロナウイルスによって)本当に世の中こんなにガラッと変わるなんて誰も予想していなかった。ある意味すべてが未知のこと。かといって皆が何もせずに漫然と生きていけるわけではない。ただ待っているだけではなく、新しいことに向き合ってみる。それは、未知のルートに挑戦しようとしている私たちと全く同じことだと思う。やってダメならしかたがないが、やらずに終わってしまうのが一番後悔する」
平出さん
「目まぐるしく変化するこの時代だからこそ、すべての人に立ち止まる覚悟のようなものが試されているのではないか。いま、苦しく押しつぶされそうな人もたくさんいると思う。私もその1人かもしれない。しかし苦しい壁の前にも、きっと希望の光はある。それはとても小さな光かもしれないが、私はそれをしっかり見据えて近づいていきたい」

生きていくために “怖さ”も必要

今回のインタビューでふと疑問に思ったことがありました。

「誰も登ったことのないルートに挑戦することに“怖さ”はないのか」

世界中の山々を登ってきた登山家に対して聞くこと自体恥ずかしいと感じるような素朴な疑問に対して、平出さんからは意外な言葉が返ってきました。
平出さん
「登山をすればするほど臆病になってきている」
平出さんにも中島さんにも大切な家族がいること、そして過去の登山で何人もの仲間を失い、これ以上仲間を失いたくない思いから、年々登山に対して怖がりになっていることを打ち明けてくれました。

しかし、この臆病さによって、かえって足元の危険に気づけるように視野が広がったといいます。
平出さん
「怖くないと思った時が一番怖いんじゃないかと思います。足元にある危険にちゃんと気づいて、それに対処していく。その小さな積み重ねの上に、山頂に立てているだけです」
私たちは未知の新型コロナウイルスに不安を感じながら生活していますが、2人からは、それは決して間違いではなく、これからを生きていくために必要な“怖さ”だということを教えてもらいました。

未知なものにも「あきらめない」

私たちは2人の挑戦をこれからも見続けていきたいと思います。
【動画】ラカポシ 未踏ルートへの挑戦(1分03秒)
映像センター カメラマン
奥田 悠
平成22年入局 入局してから本格的に登山を開始。去年は尾瀬国立公園を8Kカメラで撮影するなど、山や自然をテーマに取材。
映像センター カメラマン
岡部 馨
平成19年入局 大学時代は山岳部に所属。室蘭局、長野局などを経て、現在はアフターコロナの山登りを継続して取材。