休日に外出をためらうワケ

休日に外出をためらうワケ
「大丈夫なの?」「近寄らないで」
新型コロナウイルスの感染が続く中で、今も医療従事者にぶつけられる心ないことばです。中には、こうしたことばも一因して、仕事を辞める人も出ているといいます。ある医療関係者は次のようなことばで危機感を表しました。
「病院は、彼ら彼女たちなしでは、ただの空っぽの建物」
コロナ禍の医療従事者をめぐる現状を取材しました。
(国際部 記者 白井綾乃)

外出をためらう看護師

私が話を聞くことができたのは、関東地方の医療機関で看護師として勤務する佐藤洋子さん(仮名・40代)です。
佐藤さん
「新型コロナウイルスのことを考え始めると疲れてしまうので、考えないようにして患者さんのケアをします。せめて休みの日は気持ちを切り替えたいのですが、外出するのをためらってしまいます」
佐藤さんが勤めるのは、新型コロナウイルスなどの感染症治療で中心的な役割を担うとされる「感染症指定医療機関」の集中治療室。

この病院ではことし2月から新型コロナウイルスの患者の受け入れが始まり、現在までおよそ9か月間にわたって対応にあたり続けています。

勤務の際は、防護服と医療用マスク、それにフェイスシールドを身につけるため、すぐに汗でびっしょりになります。

新型コロナウイルスに感染した患者が別の病棟に移ると、1時間ほどかけて部屋の掃除と消毒を行い、新たな患者を迎え入れる日々。

勤務後は毎回シャワーを浴びてから帰宅し、自宅でも家族の体調に異変がないかを気にかけています。

常に神経を張り詰めているからこそ、リフレッシュしたい。でも、彼女が休日に外出をためらうのには理由があります。

“医療従事者の自覚”

ことし7月に東京 新宿で上演された舞台を見た人の間で新型コロナウイルスの集団感染が発生。そのうちの1人は看護師でした。

インターネット上では看護師を非難するコメントが相次ぎました。
「軽率だ」
「医療従事者の自覚がない」
佐藤さんは、看護師に投げつけられたコメントを目にして「悲しくなった」といいます。

彼女が目にした医療従事者への差別や中傷はこれだけではありませんでした。

同じ職場のスタッフの中には、体調を崩した親を見舞うために実家に帰省したところ、車に帰ってきたことを非難する紙を貼られた人もいました。
佐藤さん
「看護師の仕事の重みはわかっているつもりです。でも、ずっと新型コロナウイルスに対応していると、休みの日くらいリフレッシュしたいと思うときもあります。そうじゃないと気持ちの維持が難しいからです。でも、『医療従事者の自覚がない』という中傷を見るたびに、『仕事以外では外に出るな』と言われているような気がしてしまいます」
女性が働く病院では、ことし9月下旬の連休の時点でも、夏休みを取ることを控えている同僚が大勢いるといいます。

広がる医療従事者への「差別」

医療従事者に対する差別や中傷は、決して一部で起きていることではないことも明らかになってきています。

全国の医療機関を対象に新型コロナウイルスに関する緊急の実態調査を継続的に行っている、日本医療労働組合連合会(医労連)は、3回目となる調査の結果をことし9月に公表しました。

その中で、差別的な対応などを受けたことが「ある」と答えたのは120施設のうち25の施設で、およそ20%に及びます。

4か月前に行った2回目の調査では10%近くで、そこから大きく増えている実態が浮き彫りになりました。
調査では、具体的な事例も示されています。
「近所の人から『大丈夫なの?』『近寄らないで』と言われた」
「子どもが保育園でほかの子たちとは別の場所に置かれた」
「公園で子どもを遊ばせると嫌みを言われた」
「美容室の予約を断られた」
医労連の森田進書記長は今回の調査の結果について、想定した以上だったと驚くとともに、政府が差別の防止を発信することや、医療従事者が定期的に検査を受けられる体制づくりといった対策の必要性を訴えています。
森田書記長
「もともと人手不足の中で新型コロナウイルスへの対応が始まり、医療従事者たちは本当にへとへとです。加えて差別や中傷があっては、職場の外で気を休められる場所がなくなってしまいます。感染が再び拡大するようなことがあれば、感染への不安から差別的な言動がエスカレートするかもしれません。終わりの見えない状況で離職者が出ないように、私たちも対策を講じていきたいと思います」
政府もこうした現状を受けて、新型コロナウイルスの感染者だけではなく、医療や介護の従事者に対する偏見や差別への対策を検討するワーキンググループを立ち上げました。

福島県白河市では、正しい知識の普及などを通じて差別をなくすことを市民に求める独自の条例を制定。

千葉県君津市ではツイッターを使って、市内で感染者が確認されたという情報を知らせるときに、「誰もが感染者になりうる状況を受け止め、冷静に行動してほしい」と差別の防止を呼びかけています。

「差別」は世界でも

医療従事者に向けられる差別や中傷は、日本だけの問題ではありません。
およそ130の国と地域が加盟する国際看護師協会(ICN)は、新型コロナウイルスに対応する看護師への差別や中傷の現状を把握するため調査を実施し、ことし9月に結果を公表しました。

それによると、回答した看護師団体の約70%で、新型コロナウイルスを理由にした医療従事者への差別や暴力、ことばの攻撃があったことがわかりました。
「住まいを追われた」
「家を借りるのを拒否された」
「消毒液をかけられた」
また、ヨーロッパでは日本と同様に保育施設での子どもの預かりを拒否されたケースが報告されているということです。

“医療従事者は外出すべきでない”

コロナ禍での医療従事者に対する偏見の根深さをうかがわせる調査結果もありました。

カナダの大学が、アメリカとカナダの成人およそ3500人を対象にした調査で、全体の25%、4人に1人が「医療従事者はコミュニティーの安全のために公の場に出てくるべきではない」と回答。

また、「新型コロナウイルス患者を治療する医療従事者の周りにいたくない」と答えた人は半数近い47%に上りました。

なぜ差別や中傷広がる?

私たちは、医療従事者を「ヒーロー」とたたえ、感謝を込めて拍手を送る人たちの姿をニュースなどで数多く目にしてきました。

その一方で、なぜ差別や中傷が広がっているのか。

国際看護師協会のハワード・カットン事務局長にこの疑問をぶつけました。
カットン事務局長
「医療従事者への差別や中傷は、多くの国で問題になっています。間違いなく緊急の課題です。差別的な言動の一部は、人々の新型コロナウイルスへの恐怖、不安に対する『無知』が招いた結果だと思います。これが意味することは、『人々にどう行動してほしいのか明確なメッセージを打ち出せていたか』だと思います。政府がリーダーシップをとって『差別的な言動は許されない』と発信しているでしょうか?病院の経営層は、消耗したスタッフに『休んでいい、相談しても大丈夫だ』とメッセージを送っていますか?もう1度振り返る必要があるでしょう」
そのうえでカットン事務局長は、医療従事者をめぐる差別や中傷をこれ以上繰り返さないために取り組むべきことを、次のように強調しました。
カットン事務局長
「パンデミックで、世界の看護師は600万人不足しました。当初から人員が十分ではない職場にいた医療従事者には、大きなプレッシャーがかかっていました。加えて差別や中傷といったストレスがかかっているのです。本当のリスクは、彼らが離職し人材を失うということです。病院は、医療従事者なしでは、ただの空っぽの建物です。だから私たちは医療従事者に対する言動を見直す必要があります」

一度折れた気持ちは簡単には戻らない

今回取材を進めている中で、ことし7月に医療用マスク不足の問題を取材した際に話を聞いた医師のことばを思い出しました。

「マスクはお金を出せば手に入るが、一度折れた医療従事者の気持ちは簡単に元には戻らない」
多くの医療従事者がウイルスという見えない敵との闘いの最前線で対応を続けていられるのは、患者の回復に喜びを感じるからだといいます。

でも、私たちは彼らの使命感や職業倫理に頼りきりになっていないでしょうか。

医療従事者のために、私たち1人1人ができることを改めて考えていかなければならないと感じています。