「拝啓 お元気ですか」~コロナで広がる文通~

「拝啓 お元気ですか」~コロナで広がる文通~
両親や友人、それに恋人、大切な人の顔を思い浮かべながら時間をかけてことばを選び、手紙をしたためる。SNSやメールのやり取りが日常になる中で、あえて“文通”を始める人がいま増えているようです。何が多くの人の心をとらえているのでしょうか?(ネットワーク報道部 記者 目見田健・林田健太 / SNSリサーチ 三輪衣見子)

文通相手は79歳の母親

「新型コロナウイルスがなければ文通はしていなかったと思います」

電話での取材に応じてくれたのは、新型コロナウイルスの感染が再拡大し始めた3か月ほど前、文通を始めたという、東京都内の53歳の男性です。

相手は、福島県に住む79歳の母親。

実家に帰省するのはいつも年末年始と大型連休でしたが、新型コロナウイルスの影響で、ことしはそれができなくなりました。携帯電話のショートメールや電話でやり取りをしていましたが、ふと、こんなことを思ったそうです。

「手書きの文字だったら、母親も何度も読み返してくれるんじゃないかな」

男性は20年以上ぶりに母親に手紙を書くことにしたそうです。

何十年も書いたことがなかったという手紙。「拝啓」の書き出しに「照れくさいなぁ」と感じながら、1枚の便せんを書くのに30分以上かけて家族の近況や体調を気遣う手紙をしたためました。
まもなく返ってきた母親の手紙には、
「何かほしいものがあったらお知らせ下さい」
そして、
「何度も読み返せるのでうれしい」ということばも。

日常にも変化 郵便ポストにワクワク

文通を始めたことで、男性の日常にも少し変化が生まれています。
男性
「無事に手紙は届いているのかなって心配になるし、すぐに返事が来るかもしれないと郵便ポストをワクワクしながら見るようになりました。この年になって、和紙を使ったものなど、きれいな便せんを選んで送ることが楽しくて文具店に通うなんて想像もしていませんでした」
はからずも新型コロナウイルスによって文通の魅力を改めて知ることができたという男性。
男性
「電子メールのように消去して書き直すことができないので、書く前に整理して、相手のことを思いながら丁寧に文字を書くようになりました。字の癖もその人の個性で魅力ですし、書き間違いですら“味”だなと思います。そして、何よりも母親の顔を思い出すんです」

じわじわきてる! “手書き”ニーズ

「きれいな字を書けるようになりたい!」といったニーズも高まっています。

10種類以上のペン字練習帳を販売する出版社の宝島社では、家で過ごす時間が長くなったことなどから、練習帳の売り上げが伸びているといいます。
新型コロナウイルスの感染が拡大したことし4月から7月にかけて、人気のシリーズでは前の年の同じ時期と比べて2倍近くの売り上げを記録しました。

担当者によりますと、同じものを何度も買って繰り返し練習する人も多いのだそうです。

仕事でもプライベートでもメールやSNSでのやり取りが当たり前になっていますが、その一方で、手書きの魅力がじわじわと広がっています。

SNS世代には“文通”が新しい

「SNS世代の子どもたちには目新しさもあるのかもしれません」

東京・豊島区の千登世橋中学校では、ことしから生徒と先生との間で“文通”を始めました。

これまでは生徒と先生が対面で面談して悩み相談に応じる機会を設けていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、文通方式に変更しました。

“文通”相手の先生は、生徒が自由に決めることができます。そして、「お話カード」という専用の質問用紙に相談や悩みを書いて、直接先生に手渡します。
「好きな野球選手は誰ですか?」
「新しい部活を作りたいけどどうすればいいですか?」
生徒から最初に寄せられるのは、日常会話の延長線上のような、たわいもない質問や相談。

それに対して先生は「あの野球選手と自分は実は同級生なんだよ。だから活躍がうれしくてしょうがないんだ」と、まずは先生自身のことを知ってもらうことばを添えるよう心がけているのだそうです。

回数を重ね、打ち解けていくと、家庭の悩みやストレスを抱えていることを打ち明けてくれるようになったといいます。

生徒からは「文通をきっかけに悩みを相談しやすくなった」と好評で、学校は当面、この“文通”を続けることにしています。
千登世橋中学校 小林豊茂校長
「生徒が文字にして書いてくれると、先生も丁寧に対応できます。生徒たちもあとでことばを読み返すことができるし、お互いの人となりを“文通”を通してより理解できるようになりました」

エールのふるさとで「レター婚活」

そして、手紙で伝える思いといえば、やっぱり愛のメッセージ。

NHKの連続テレビ小説「エール」では、主人公の古山裕一と妻の音が若かりし頃、文通で思いを募らせ、便りを心待ちにするシーンが描かれました。
主人公のモデルとなった古関裕而のふるさと、福島市では、第2の古関夫妻の誕生を応援しようという取り組みがスタートしています。

その名も「レター婚活」です。市が結婚を希望する地元の男女を対象に、文通の橋渡しを行います。

氏名や住所は伏せたまま、年齢や職業、趣味など簡単なプロフィールだけが紹介され、希望する相手に市を通じて手紙を渡し、3か月間文通します。そして、お互いが希望すれば面会して連絡先を交換する、まさにエールの舞台となった時代にさかのぼったような婚活です。
発案したのは福島市の54歳の女性職員。新型コロナウイルスのため、例年予定されていた婚活パーティーが中止となり、代わりに考えたのがこの「レター婚活」でした。

学生時代、雑誌に文通相手を求める投稿が掲載されていたことを思い出し、企画してみたものの、当初周りからは「時代に合わないのでは」と言われたといいます。

ところが、これまでに11組が文通でのやり取りに発展し、うち2組が面会、1組は連絡先の交換にまでこぎ着けました。

参加者からは「実際に会う前に手紙を通じて人柄をうかがい知れるのがいい」と手紙ならではの味わいが好評だといいます。
職員
「手紙だと人によって、便せんの趣味や文字の形、大きさもそれぞれなので、人柄が伝わりやすいのではないでしょうか。何を書くか考える時間、返事が来るのを待つ時間も、どちらも楽しんでいらっしゃると思います」
女性職員は、スピードを重視して簡単に要件を伝えがちな今だからこそ、相手に思いをはせながら時間をかけて気持ちを伝える文通が人の心をつかんでいるのではないかと話します。
職員
「世の中、いろいろなことのテンポが速くて、それに無理をしてあわせてヘトヘトになっている人も多いと思う。婚活のイベントはとかく短期決戦で、第一印象に左右されがちですが、自分のペースで手紙を書き、返事を楽しみに待つ。ウェブの世界では味わえないぬくもりのようなものが、こんな時代だからこそ求められているのではないでしょうか」