客が来ないなら いる場所へ キッチンカーに活路

客が来ないなら いる場所へ キッチンカーに活路
「あがくしかない」
東京 新宿の飲食店の経営者が、今の気持ちを話してくれました。
「Go Toイート」も始まりましたが、厳しい状況が続く飲食業界。それでも「客がこない。それなら、いる場所へ」と変化に対応してチャンスをつかもうとする人たちがいます。(ネットワーク報道部記者 加藤陽平)

キッチンカーが向かった先は

都内の大規模病院の昼休み。
肉が焼ける音と香辛料の香りに誘われて、財布を片手に医師や看護師たちが裏口から出てきました。
駐車場には2台の「キッチンカー」。
駐車場の一角は、さながら屋台街のようです。
キッチンカーがいる昼休みは、この病院の新たな日常になりました。
店は毎日入れ代わるので、「日替わり」のメニューが食べられると人気です。
この日は、お好みでステーキもトッピングできるボリューム満点のタコライスの店と、豚バラ肉を甘辛く煮て香辛料を利かせたルーローハンの店が出店していました。
「ほぼ10年以上(食堂やコンビニの)そばかサンドイッチかカレーしか食べていなかったので、食事の喜びが出ます」と興奮気味に話したのはタコライスを購入した女性。
夜勤明けの男性は、「コロナであまり外にも出られないので、いい気分転換にもなります」と、大盛りのルーローハンを手に家路につきました。
もちろん病院に食堂やコンビニはありますが、キッチンカーの熱々の個性的なメニューは、職場を離れられない医療関係者のニーズにぴたりとはまりました。
この日出店していたタコライスのキッチンカーが本格的に各地を回りだしたのは、新型コロナの感染が深刻化してからでした。

歌舞伎町バーボンさんの場合

経営するのは、島田功さん(50)。
もともと野菜の仲卸の仕事をしていましたが、2002年、飲食業の世界に飛び込みました。
バーテンダーから仕事を始めたこともあり、「バーボンさん」の愛称で知られます。

東京の高円寺と歌舞伎町でメキシコ料理の店を経営し、キッチンカーは主にイベント用として使っていました。
新型コロナの感染が日本でも確認されたころ徐々に客足が減っていきましたが、島田さんは当初は深刻に考えてはいなかったといいます。
島田さん
「正直、最初はそこまで危機感がなかったです。梅雨が終わるころにはもとに戻るんじゃないかって思ってました」
事態は急速に悪化しました。
特に深刻な影響を受けたのが東京のど真ん中、歌舞伎町の店でした。

去年まではインバウンド客が多く訪れ、特に花見シーズンの3月、4月はかき入れ時でした。
しかし日に日に客足は減り、3月30日、売り上げは2万円に落ち込みました。さらに31日、4月1日、2日と、3日連続で客はゼロになりました。
「どうにもならない」
そう感じた島田さんは、4月と5月、歌舞伎町の店を完全に休業することを決めます。

この間、高円寺の店舗をテイクアウト中心に切り替えることでなんとか売り上げを確保しましたが、緊急事態宣言の解除後に再開した歌舞伎町の店にはなかなか客足が戻りません。

月に500万円ほどだった売り上げが、6月、7月はいずれも60万円ほどと、およそ10分の1に。
月70万円かかる店の賃料にも足りません。
それに人件費もかかります。

あがくしかない

「今までだってうまくいくことのほうが少なかった。策なんて立てようがない状況だから、あがくしかない」
島田さんは、下を向きませんでした。
注目したのはキッチンカーです。
持続化給付金や日本政策金融公庫の融資を元手にキッチンカー事業を強化。これまでのイベント用の1台に加え、7月に1台、8月にさらに1台稼働させました。
新型コロナで都心に人が来ないなら「人がいる場所に出向けばいい」と考えたのです。

現在は3台を毎週月曜日から金曜日までの5日間フル稼働。
病院にも3か所、週に1度ずつ出店しています。
アボカド入りのタコライスは野菜と肉が気軽にとれると人気で、毎週買いに来る常連客もできました。
キッチンカー事業の売り上げは徐々に伸び、島田さんは少しずつ手応えを感じています。
島田さん
「困って始めたことですが、コロナがなければこんなスピードでキッチンカーに挑戦することはありませんでした。従業員にかける負担を少なくして稼ぐことができると可能性を感じているので、さらに伸ばしていきたいです」

オフィスから郊外へ

島田さんのようにキッチンカーに活路を見いだしている飲食業者は増えています。
キッチンカーと出店場所をマッチングする仲介企業の「Mellow」によると、登録業者の数は現在930ほどと、新型コロナの拡大後に100社以上増加しました。
以前は飲食業界への足がかりとしてキッチンカーが注目されていましたが、今はすでに店舗を運営している事業者からの問い合わせが急増しています。
新型コロナで店を訪れる客が減る中、事業の多角化を図りたいという声が目立ちます。

とはいえキッチンカーのビジネスも新型コロナで打撃を受けました。
これまでは昼休みのオフィス街が主な出店場所でしたが、在宅勤務が当たり前になり出店の機会が激減しました。
出店場所として増えているのが、都心から離れた集合住宅です。
ことし3月までは登録している事業者の売り上げ全体のうち集合住宅の売り上げは1%もありませんでしたが、いまでは10%ほどを占めているということです。

独立を目前にコロナの壁 でも、自分の店を…

郊外にキッチンカーを出店して、チャンスをつかもうという料理人もいます。
高梨隼矢さん(32)は12年間、イタリアンや和食のレストランで働いていましたが、独立のため去年12月に退職しました。
都内で料理店を開業しようと準備を進め、借りる店舗も見つけて契約寸前でした。

ちょうどそのころ新型コロナの感染が拡大。
あとはサインをするだけという状態でしたが、緊急事態宣言が出されたところでいったん店舗の開業を諦めました。
「不安しかなかったけど、自分にできることを」
そう考え直し、地元でもある東京 江戸川区で5月からキッチンカーを始めました。

イタリアンや和食の経験をいかした総菜をメニューにすると人気に。
家庭では出せないプロの味で、自粛が続いた住民たちに「外食気分が味わえる」と喜ばれています。
今は総菜のニーズがありそうな郊外の集合住宅を中心に出店の回数を増やしています。
9月末の日曜日、葛飾区の500世帯以上が入居する集合住宅に出店すると、用意した総菜とパスタが早々に売れていきました。
店舗を構えた場合に比べると、売り上げは10分の1ほどだということですが、高梨さんは前を向きます。
高梨さん
「コロナがあってよかったということはないですが、いろんな場所でいろんな人の顔を見られるのはやりがいです。料理人である以上いつかは自分の店を持ちたいのですが、今はキッチンカーで頑張ります。落ち込んでいてもしかたないので、立ち上がるしかないです」
キッチンカー 基本情報〈開業に必要な準備〉
●一般の飲食店と同じく、食品衛生責任者の資格
●営業する都道府県の保健所ごとに食品衛生法に基づいた営業許可
●例えば東京都の場合、耐久性のある車か、換気できる構造か、調理器具などを洗浄するための十分な給水タンクを積んでいるかなどをチェックしています。
●車とは別に、調理などする仕込み場所の営業許可

また、事業者と出店場所を仲介する業者によると、開業にあたっては車の購入や調理のための改装、調理器具の準備などで、400~500万円の資金が必要だということです。
ネットワーク報道部記者
加藤 陽平
平成20年入局。
富山局、千葉局、経済部を経て現在の担当。
デジタル分野や学生の
就職活動などを取材。