「事業協力者住戸」って?千代田区長マンション問題 追跡記録

「事業協力者住戸」って?千代田区長マンション問題 追跡記録
多くの人にとって一生に一度の買い物である「マイホーム」。価格はもちろん、交通アクセスや子育て環境などさまざまな条件を考慮し、慎重に選ぶものです。ただ、好条件がそろった都心の人気マンションでは抽選がつきもの。外れて泣く泣くあきらめたという人もいるのではないでしょうか。しかし、そんな物件を「ある方法」で抽選なしで入手できた人がいたとしたらー。それは東京の現役の区長でした。
(社会部 記者 藤本智充・豊田将志)

高級マンションを次々転売?

記者が取材を始めたのは去年の秋。「千代田区の石川雅己区長が高級マンションの転売を繰り返しているらしい」という取材先からの情報がきっかけでした。
千代田区といえば皇居や霞ヶ関を擁する東京の中心地で、高級住宅街が多いことでも有名です。そんな千代田区でマンションの転売を繰り返したとすれば、かなりの利益が得られるのではないか。そう考えましたが、売買自体は個人の自由でもちろん何の問題もありません。

ただ、1つ気になる点がありました。登記簿をもとに特定した複数のマンションの中に、千代田区の許可を受けて高さ制限が緩和された物件があったのです。
千代田区三番町にある、地上18階建てのマンション。

石川雅己区長(79)と妻、次男が共同で部屋を所有していますが、この地区の上限とされている高さを10メートル上回っています。

建築基準法に定められた制度に基づくもので、調べてみると、法律上の許可権者は石川区長本人でした。

高いマンションの建設が可能になれば、その分販売会社にとっては大きなメリットがあります。

その物件を、許可権者である区長とその家族が所有している。このこと自体、販売会社との関係性を疑われかねないようにも思えましたが、それだけで問題があるとまでは言いきれません。

背景を探るべく取材を続けることにしました。

広告の隅に手がかりが

日本の不動産市場は公表されている売買価格などのデータが少なく、情報を集めるのは簡単ではありません。

個別のマンションの販売状況も、分譲が終われば販売会社のサイトが閉じてしまうため、さかのぼって調べることは難しいのが現状です。

ただ、このマンションは2015年の販売当時、専門誌が都内の「注目物件」として取り上げていました。それによると、販売前の人気ランキングは5位。92の部屋に対して、資料請求の数は3000件近くに上ったといいます。かなりの人気物件だったようです。
次に見つけたのは、マンションの当時の販売広告です。

「政治家、財界人、そして文豪たち江戸の昔から人々を惹きつけてきた『番町』に全92邸のレジデンスがまもなく誕生」

いかにも高級そうなキャッチコピー。

何かヒントになるものはないかと探していると、広告の隅に小さく書かれたある記述を見つけました。
「事業協力者住戸3戸含む」

マンション事業に協力してくれた人のための部屋…ということでしょうか?

調べてみると、どうやらマンションが建設された土地の地権者に優先的に提供される部屋のことを指すようです。土地の売買代金の代わりに部屋を提供してもらう「等価交換」と呼ばれるケースが一般的で、通常の販売ルートとはあらかじめ区別されているといいます。

でも、もしその部屋を区長が所有し、かつ地権者でもなかったとしたら…。そんなことが頭をよぎりましたが、「事業協力者住戸」が具体的にどの部屋なのかは公表されておらず、それ以上の情報は得られませんでした。

地権者が知らない「事業協力者住戸」

公表されていないなら自力で調べるしかない。まずは事情を知っているであろう地権者に話を聞いてみることにしました。

登記簿を取ってみると、マンションが建設された千代田区三番町の土地にはもともとオフィスビルなどがあり、法人を含む複数の地権者がいました。その中に区長やその家族の名前はありません。

登記簿の情報などを頼りに1人1人訪ね歩き、当時の経緯について聞いてみると、返ってきたのは意外な答えでした。

「事業協力者住戸の提供は受けていない。そもそもあることすら知らなかった」

取材に応じてくれた地権者はいずれも土地を現金で売却しており、その後マンションとの関わりは一切ないということでした。

つまり、地権者のために用意された部屋ではなかったのです。

地権者以外にも提供?

では誰のために、どのような経緯で事業協力者住戸が用意されたのでしょうか。マンションの一部の所有者にも尋ねましたが、知っているという人はいませんでした。

そんな中、ある不動産関係者が取材に応じてくれました。その関係者によると、一般に分譲されない部屋を地権者以外にも提供するケースがあるといいます。
不動産関係者
「富裕層などの優良顧客、いわゆるVIPです。こうした人があらかじめ部屋を買うことを決めている場合、一般には分譲されない部屋を用意する販売会社もあります。抽選になってしまうと希望の部屋を提供できなくなるおそれがあるので、事業協力者住戸などの形であらかじめ『非分譲』の扱いにしておくのです」
これが事実なら、地権者ではない区長が事業協力者住戸を所有していたとしても不思議ではありません。

さらに、別の不動産関係者からは「事業協力者住戸は、販売の初期段階ではどの部屋か必ず公開しているはずだ」との情報が。モデルルームを訪れた人なら、少なくとも会場で目にしている可能性が高いというのです。

そこから、モデルルームの訪問者探しが始まりました。

ついに「証拠資料」を入手

しかし、この「訪問者探し」が思った以上に難航しました。

訪問者の情報は販売会社しか把握しておらず、第三者がたどれる記録は残っていません。SNS上に購入希望者の当時の書き込みが残っていないかも探しましたが、残念ながら見つかりませんでした。

マンションめぐりをライフワークにしているような人にも取材しましたが、手がかりは得られず。もはや証拠がないまま、区長や販売会社に直接取材するしかないのか…。

半ばあきらめかけていた時、ある関係者から重要な資料を入手しました。
それは販売会社が作成した、区長が所有するマンションの「予定価格表」と呼ばれるものです。すべての部屋の価格や間取り、面積が一覧で表示されています。モデルルームなどで見ることができ、購入希望者がどの部屋に申し込むかを決める際の参考にするのだそうです。

その予定価格表を目にした時、すぐに飛び込んできたのが、3つの部屋に表示された「事業協力者住戸」の文字でした。おそるおそる部屋番号を確かめてみると…。やはり、このうちの1部屋がまさに区長とその家族が所有する部屋だったのです。

NHKは、そのほかの裏付け取材などを経て、ことし3月、この問題を初めて報道。

千代田区議会も、詳しい経緯を解明する必要があるとして、強い調査権を持つ「百条委員会」を設置し、調査を進めることになりました。

販売会社が語った“裏事情”とは?

百条委員会では、販売会社の三井不動産レジデンシャルが提出した資料などから、当時の購入に至る経緯が明らかになりました。

ポイントは次のとおりです。
▽事業協力者住戸とは、地権者を含む得意客に提供される部屋のことを指す。一般の販売とは区別され、抽選の対象にはならない。

▽マンションの販売前に石川区長の名前で資料請求があった。

▽その後、区長の妻や次男がモデルルームを訪れ、希望するタイプの部屋を担当者に事前に伝えた。

▽さらに、区長の妻が営業所長に電話し、購入の意向を伝達。

▽これを受けて三井不動産レジデンシャルの当時の担当部長らが協議し、希望の部屋を事業協力者住戸にすることを決めた。

▽そのうえで、一般の販売が始まる前に、抽選なしで購入できることを家族に伝えた。
なぜ、こうした「特別な」対応がとられたのか。

10月26日、当時の担当部長だった三井不動産レジデンシャルの役員が百条委員会に証人として呼ばれました。
役員はその理由について、「購入に強い意欲を感じたことに加え、区長が過去に別の物件を購入しており、資金面でも問題がないと考えた。販売戦略上の判断だった」と説明しました。

石川区長はかつて、三井不動産レジデンシャルが販売した千代田区内の別のタワーマンションの1室を家族と共同で所有していました。3年前に売却し、資産報告書などによるとおよそ7000万円の転売益を得たとみられています。こうした経緯から、今回は得意客の扱いだったというのです。

しかし、問題のマンションは区の許可を受けて高さ制限が緩和されています。許可を出したいわば「当事者」を得意客として優遇する…こんなことがあっていいのでしょうか?

これについて役員は「手続きに従って許可を受けたもので、区長から特別な便宜があったとは考えていない。また、事業協力者住戸の提供も便宜供与にはあたらない」と主張しました。
一方、石川区長はこれまでの調査に対し「購入手続きは家族が行い、詳しい経緯は分からない」「この件が報道されたあと、知人を通じて販売会社に確認したが、当時は事業協力者住戸というはっきりした説明はなかった」などと証言。

しかし千代田区議会は、販売会社が問い合わせを受けた事実はなく、区長がうその証言をしたとして、偽証などの疑いで東京地方検察庁に刑事告発しました。引き続き購入の背景などについて調査を進めることにしています。

ペーパー会社も「得意客」?

今回の取材で、地権者以外にも提供されることが明らかになった事業協力者住戸。

住宅評論家の櫻井幸雄さんによると、こうした部屋が目立ち始めたのは、東京オリンピック・パラリンピックの招致が決まり、都心の地価が上昇した5、6年前からだといいます。

購入希望者が増え、抽選しなければ買えない物件が出てきたことに加え、複数の物件を購入する富裕層が増えたことで、地権者以外の得意客を優遇する動きが広がったということです。
では、ほかにどのようなケースがあるのか、別の複数の高級マンションについても調べてみました。

多かったのはやはり地権者でしたが、不動産会社などの法人が所有しているケースも目立ちました。

そんな中、東京 港区の一等地で気になる物件を見つけました。
地上44階建てのタワーマンション。1部屋の最高価格が15億円とも言われる超高級物件です。

事業協力者住戸が30部屋余りあることが分かり、登記簿を取って調べてみると…。

このうち3部屋の所有者が、いわゆるタックスヘイブン(租税回避地)として知られるイギリス領バージン諸島の法人でした。
住所を見ると、3つの法人のうち2つは「私書箱」。つまり、オフィスを持たないペーパーカンパニーです。

タックスヘイブンはその名のとおり、税率を大幅に低くして企業や富裕層の資金を呼び込んでいる国や地域のこと。こうした国などで設立された法人は匿名性が高く、十分な課税ができないという問題も指摘されています。そのような法人が「得意客」とはどういうことなのでしょうか?

販売会社の親会社、三井不動産は取材に対し「お客様の属性や取引の経緯については守秘義務があるため開示できない。購入の目的などを確認したうえで、適正に取引している」とコメントしています。

このマンションは販売された当時、抽選倍率が最高で18倍とも言われた人気物件です。抽選で外れる人が相次ぐ中、真の所有者が分からないペーパーカンパニーが優先的に部屋を購入していたとすれば…。

もちろん、民間どうしの取引であれば問題があるとまでは言えないかもしれません。ただ、マンションは多くの人にとって一生に一度の買い物であり、その後の人生設計に大きな影響を与えるものです。不動産業界として、取引の透明性を高めていく取り組みが必要なのではないか。取材を通じてそう感じました。

専門家「背景しっかり説明を」

最後に、こうしたマンション販売をめぐる現状について、専門家に話を聞きました。

不動産取引に詳しい早稲田大学大学院の山野目章夫教授は、販売は原則、自由な経済活動に基づくものだとしたうえで、次のように指摘しています。
山野目教授
「街づくりは公正に行われなければならないという観点から見ると、マンションの建設に影響する権限を持つ公の人物が部屋の優先的な提供を受ける場合、その背景や経緯をしっかり説明しなければならず、それを省くことは許されません。官民の癒着を防ぐため、こうしたケースについては一定の規制を設けることを検討してもいい。また、販売会社側も事業協力者住戸がどのような人たちに提供される部屋なのかを広告で明示するなど、住民や消費者の理解が得られるよう努めることが求められます」
私たちの生活と密接に関わる、住まいや街づくり。その裏で公正性をゆがめかねないような事態が起きていないか、今後も取材を続け、課題を探っていきたいと思います。
社会部 記者
藤本智充
社会部 記者
豊田将志