別れてはみたものの… イギリス EU離脱のその後

別れてはみたものの… イギリス EU離脱のその後
「イギリスは自由だ」「EUよ、さようなら!」
ことし1月、離脱の瞬間のロンドン市内は離脱を求めてきた人たちでごった返し、熱気に包まれていました。
EUの議会も、議員たちが蛍の光を歌って別れを惜しみ、イギリスを送り出しました。
曲折を経たものの、最終的には円満な形で別れたはずだったイギリスとEU。しかし、両者は今、再びお互いを非難し、対立を深めています。(ロンドン支局長 向井麻里/ロンドン支局 記者 栗原輝之/ブリュッセル支局長 工藤祥)

切っても切れない縁

イギリスが完全にEUを抜け、「身内」から「他人」どうしになっても、その縁を切れるわけではありません。

イギリスがEUから離脱したというのは実は名ばかりで、ことしいっぱいは急激な変化を避けるための移行期間です。本当の意味で離脱する来年1月以降に向けて、社会、経済、安全保障の各分野でどんな関係を築くのか、交渉が行われています。

このうち最も重要なものの1つが「自由貿易協定」の締結です。
関税がかからない「自由貿易協定」が双方にとって都合がよいということでは一致していますが、交渉は難航したままです。

立場が大きく食い違っているのが、「競争力」の考え方です。
仮にEUを離脱したイギリスが、EUのルールには縛られずに労働条件や環境基準を一気に緩和し、さらに政府が企業に対して補助金を投入したとしたら、イギリスの企業の競争力は高まります。

そのうえで、もし自由貿易協定が結ばれていたら、関税がかかっていない安いものがEUに大量に入ってくることになります。

そうなるとEU域内の企業の業績が悪くなり、さらには失業者が増えることも考えられます。社会不安やEUの求心力低下にもつながりかねません。

このため、EUは「公正な競争」をするためにさまざまな基準をEUに合わせるよう求めています。

一方、イギリスは「せっかく離脱したのに、まだEUに縛られるのはごめんだ。競争力を高めるのは当然のことだ」とEUの要求を突っぱねているのです。

深い深い「海」の問題

「漁業権」をめぐっても双方の意見は対立しています。
EUの一員だったイギリスの水域では、EUのルールのもと、フランスやオランダなど他の加盟国が漁業をすることが認められていました。
EUは「EUを勝手に抜けたのはイギリスであって、こちらがルールを変える筋合いはない。これまでどおりの漁業権を認めるべきだ」と主張しています。

しかしイギリスはやはり「離脱したのだから、今後EUに縛られる必要はない」として認めようとしていません。

双方にとって漁業がGDP=国内/域内総生産に占める割合はさほど大きくはありません。しかし人々の食を支える漁業を守ることは、実際の利益以上に政治的、象徴的な意味を持ち、いずれの側も安易に妥協できないのです。

「交渉期限」過ぎてさらに混乱

交渉が行き詰まる中、イギリス側は9月、一方的に交渉の期限を10月15日に設定。そこに向けて、まずジョンソン首相が動きました。
離脱に至る交渉の中で最も難航した北アイルランドの国境問題について、反故(ほご)にできる内容を含む法案をイギリス議会に提出したのです。
これには「約束が違う」とEUが激怒。欧州司法裁判所への提訴も視野に、法的な手続きに乗り出しました。
双方の攻防は続きます。
期限の15日、EUは、交渉を続けようという方針を打ち出しましたが、同時に「イギリス側が譲歩しなければならない」と要求。

翌日、ジョンソン首相は、EUの姿勢が変わらないかぎり、イギリスは自由貿易協定で合意できない事態に備える準備があると声明を発表し、一気に緊張感が高まりました。

21日になって、双方は交渉の席に戻ることでは合意したものの、今後の交渉で打開策が見いだせるかどうかはわからず、緊迫した状況が続いています。

焦る自動車業界

こうした状況に焦りをつのらせるのが企業です。
ジョンソン首相が合意できない事態に備える準備があると声明を出した10月16日、イギリスのある業界団体が「間違いなく繁栄は望めない。イギリス中のすべてに壊滅的な打撃となる」と強く反発しました。
自動車の業界団体です。
日産自動車やトヨタ自動車、ホンダをはじめ世界の大手が工場を置くイギリスでは、車の輸出の半数以上がEU向けです。

もし自由貿易協定が結ばれなければ、来年1月から乗用車に突然10%の関税が発生します。

そうなれば値上がりによって需要が落ち込み、働く人たちの雇用にも影響が出ると訴えているのです。

日本も無関係ではいられない

イギリスには日系企業およそ1000社が進出しています。
不安が強まっているのは自動車業界だけではありません。

ロンドン近郊で半世紀にわたって操業するメーカーは、イギリスを拠点にヨーロッパ各国に火災報知器を輸出していますが、ずっとEU離脱をめぐる政治の混乱に振り回されてきました。
なかなか離脱の形が定まらなかった去年は、急きょ、EUの安全認証をとる必要に迫られ、審査の遅れから輸出ができなくなるおそれに直面しました。

ことしは、移行期間終了間際になっても先が見えません。EU向けは全体の6割を占め、協定なしだと火災報知器には最大7%の関税がかかることになります。

大口の顧客の中には負担が数百万円規模で増えるところもあるだけに、最悪の場合、取引先を失うことにもなりかねないと懸念しています。
火災報知器メーカー 門倉良昭社長
「本当にまたかという思いです。EUの同業のメーカーともやっぱり競争していかなければいけないので、価格戦略を先手で決めていくことができないのは、非常に困っているんです。とにかく早く確定させてもらいたい」

他人になりきれない難しさ

イギリスもEUも、現在と同じようなかたちで貿易を続けていきたいというのが本音です。
新型コロナウイルスの影響で、双方とも経済には大きな打撃を受けていて、これ以上の打撃は、どちらにとっても得にはなりません。
ただ、ジョンソン首相は、離脱をきっちり成し遂げたことを国民にアピールする必要がありますし、27か国のメンバーを抱えるEUも、大きく譲歩することによって「抜け得」の前例を作るわけにはいきません。

議会での承認手続きなどを考慮すると、交渉は11月上旬までにはまとめる必要があるというのが大方の見方です。

どちらも拳を振り上げてしまっただけに、どう落としどころを見つけていくのか。交渉に残された時間は長くありません。
ロンドン支局長
向井麻里
ロンドン支局
記者 栗原輝之
ブリュッセル支局長
工藤祥