試行錯誤のタワーマンション

試行錯誤のタワーマンション
現代のライフスタイルの象徴、タワーマンションが、想定外の悩みに陥っています。きっかけは、去年10月の台風19号です。多摩川の近くでタワマンの地下が水につかり、長期間の停電に襲われました。災害に強いことも売りにしてきたタワマンに、襲いかかった「危機」。1年がたった今、各地のタワマンは安全になったのでしょうか?
(首都圏局 記者 直井良介)

相談急増「次は自分たち?」

今、東京 渋谷区のマンション管理士の武居知行さんのもとには、都内のタワマンからの相談が急激に増加しています。
増えているのは「水害対策」について。
事務所で契約する都内や埼玉のおよそ50のマンションのほとんどから、相談がきているというのです。
きっかけは、台風19号で発生した川崎市の武蔵小杉、通称「ムサコ」の被害です。タワマンの象徴ともされた街、武蔵小杉のタワーマンションは大雨で浸水し、全館が停電し、復旧にも時間がかかりました。
多くの“タワマン民”が「次は自分のマンションで起きるのでは?」と思ったのではないかといいます。

抜本的対策には「億単位」も?

相談するタワマンには、「ムサコ」のように電源設備が地下にあるところが多く、抜本的な対策は難しいのが実情だそうです。
停電を防ぐには電源室を上の階に上げるなどの対策が必要で、場合によっては億単位の費用がかかるそう。裕福とされる層が多いタワマンでも、すぐ出すことは難しい金額です。

防災対策に詳しい武居さんも、悩みながらアドバイスしているといいます。
マンション管理士 武居知行さん
「水害が必ず来るというものでもないので、対策をどこまでして、どこまで諦めるというラインの引き方が非常に難しい。例えば3メートルの水がきたときの対策に何十億円かかります、なんていう提案は、全く提案になっていませんから、実際にできる範囲内でできることを考えるのが大事です」

川に挟まれたタワマン

そんな中、対策を始めたタワーマンションの理事会が、取材に応じてくれました。
東京 足立区にある24階建てのイニシア千住曙町です。
515世帯、およそ1500人が住んでいます。
マンションの理事長の滝井康彦さんは、強い危機感を抱いています。荒川と隅田川に挟まれた場所にあるこのマンションは、荒川が氾濫すると、最悪の場合4メートル余りの浸水が想定されているのです。

理事長の危機感

滝井さんは、去年の台風19号の豪雨で荒川の河川敷が水で埋まり、堤防ギリギリまで迫った現場を目の当たりにしました。
荒川は氾濫を免れましたが、武蔵小杉のタワマンの被害を見て、他人事ではないと感じたと言います。
滝井さんのマンションも、地下に電源設備があるからです
私が「あの被害がこのマンションで起きたら対応できたか」と尋ねると、苦渋の表情でつぶやきました。

「難しかったと思う…」

「できることをやろう」考えた3つの対策

しかし、滝井さんたちは、諦めませんでした。
マンション管理士の武居知行さんにも相談。一つの方針を立てました。
マンションの理事長 滝井康彦さん
「マンションを守りきる範囲をしっかり決めれば、できることはある」
浸水を完全に防ぎきるのではなく、できることをやろうと考えたのです。そこで滝井さんたちが始めたのが、次の3つです。
(1)電源設備の守りを強化
(2)理事会の「タイムライン」作り
(3)住民に求める行動を決める

対策(1)電源設備をどう守る?

まず滝井さんたちが行ったのが、マンションの周りを歩くことでした。電源室にどこから水が入りやすいのかを徹底的に調べたのです。
詳しく検討した結果、電源設備がある地下の部屋の手前は、上り坂のような傾斜ができていて、思ったより水が入りにくい構造になっていることがわかりました。
さらに、その入り口、地下の電気室に降りる階段の手前に土のうを積んだうえで、電気室のドアに防水シートを貼ることで対応することを決めました。
これで、台風19号で各地で起きたような数十センチ程度の浸水には、対応できると考えています。

対策(2)「タイムライン」で被害防げ

さらに行っているのが、「タイムライン」作りです。
台風の上陸が予想される5日前から、水害の対応にあたるマンションの理事会のメンバー30人の行動が記されています。
それによりますと、台風が上陸する1日前には「駐車場の車の避難誘導」。12時間前には「電源設備の防護」。そして6時間前には「下層階住民の垂直避難準備」と「備蓄用品の上層階避難完了」。台風の上陸後は「災害対策本部の運営開始」となっています。

土のうを積むなど、電源設備の対策は、台風上陸の10時間前までに終えられるようにしています。
あらかじめ行動を決めておくことで、いざというときの速やかな対策につなげようというのです。

対策(3)住民にも協力を求める

1500人の住民にも、対策を求めることにしています。
理事会だけの対策では、万が一停電をしてしまったときに守ることができないからです。
住民向けの「タイムライン」の案です。
それによりますと、台風が上陸する1日前には「防災用品の確認・準備完了」。12時間前には「浴槽の貯水・携帯電話の充電開始」。6時間前には「垂直避難の開始」。そして台風が上陸したら「垂直避難の完了・防災用品の使用」となっています。

万が一停電すると、エレベーターも動かなくなり、生活に支障が出るタワマン。住民に食料や飲料水、生活用品を備蓄するよう呼びかけ、万が一停電が長く続いた場合に、少しでも耐えられるようにしてもらおうとしたのです。

国などに要望で対策強化も

さらに、リスクを減らす対策も進めています。この理事会では、荒川の氾濫のリスクを減らせないかと、周辺の20の自治会と協議してリスクの高い場所で土のうを積み増すよう国と足立区に要望し、実現しました。
マンションの理事長 滝井康彦さん
「マンションに住んでいる1500人のことを考えると、中途半端ではまずいので、できる範囲のことはすべてやろうということで、今やっています」

“住民合意”という壁も

今回、私は多くのタワーマンションの関係者を取材しましたが、ここまで対策が進んでいないタワマンがほとんどでした。
課題の一つが、住民の合意です。
埼玉県内にあるタワーマンションの管理組合は、リスクのある場所に、「止水板」と呼ばれる板を設置することを検討していました。

ただ、2500万円の費用が追加で必要になるため、マンションの総会にかける必要があります。このため、決して安くない費用の負担に住民が同意してくれるか、悩んでいました。

タワマンは、住民が1000人を超えるようなところも多く、特にお金の負担に関わることは合意が難しいのです。

新築タワマンも対策に動く

タワマンを作る企業の中には、去年の台風19号のあと、急きょ建物の設計を変更したところもありました。
大手不動産会社、東京建物などは、東京 多摩市に建設中の33階建てのタワーマンションで、地下に設置予定だった電源設備を、2階に上げる決断をしました。
多摩川が氾濫した場合、浸水のリスクがあるためです。
横20メートル、縦10メートルもの電源設備を上に上げるため、追加でかかる経費は、1億円を超える予定だと言います。
リスクを低くするためにコストを上げる、異例の決断でした。
東京建物の担当者
「台風19号の被害があった以上、見過ごすことはできないと思った。企業として、経費をかけてでも、安全に責任を持つことを選んだ」

「他人任せ」にしない

タワマンの防災に詳しい不動産コンサルタントの長嶋修さんは、今後建設する建物は、このタワマンのように安全を最優先にすべきだと主張します。
さらに、できれば浸水の危険のある場所には建てないようにする方向が望ましいとも言います。
それでは、今あるマンションは、どうすればいいのか。それは、マンションの防災対策を「他人任せ」にしないことが大切だと言います。
不動産コンサルタント 長嶋修さん
「これからは、大雨が来ても『想定外』とは言えない。浸水してしまうと、自分の部屋が大丈夫でも、電気設備やエレベーターが使えなくなるので、マンション全体がどうなるか、住民全体が意識することが重要です。マンションをどう守っていくのか、管理組合の役員や理事、それに管理会社任せになってしまいがちですが、安全を守る意思決定は、所有者一人一人が行うのだと考えを改めるべきです」

さらに深刻な事態も みんなで対策を

今回の取材で、タワーマンションでは浸水で直接命を奪われる可能性は低いからこそ、水害の対策が十分考えられてこなかったのだと感じました。
しかし、想定される大規模水害では、武蔵小杉で起きたよりもさらに深刻な事態が起きかねません。
だからこそ今、多くの住民に防災対策に関心を持ってもらい、対策を進めていってほしいと思います。
首都圏局 記者
直井良介