キム・ジョンウン委員長の目に涙? その理由は?

キム・ジョンウン委員長の目に涙? その理由は?
時折涙ぐむような表情を見せる北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長。そしてその口から出てきたのは「本当に面目ない」という反省のことば。今月10日、朝鮮労働党の創立75年に合わせて行われた軍事パレードの前に行われたキム委員長の演説は、反省と感謝のことばを何度も繰り返す異例の内容でした。そして軍事パレードも「世界最大級」とも呼ばれる新型兵器が登場するなど、まさに異例ずくめ。背景には何があるのか、取材しました。(中国総局・長野祥光、国際部・長砂貴英)

“涙ぐむ”キム・ジョンウン委員長

「人民の大きな信頼を受けるも、一度も報いられず本当に面目ない」
「私が国を率いる重責を負っているが、努力が足りず、人民が生活苦から抜け出せない」
「防疫や災害復旧戦線での将兵の献身は、感謝の涙なしにはいられない」
「1人も新型コロナウイルスに感染せず、健康でいてくれて本当にありがとう」(キム・ジョンウン委員長)
軍事パレードを前にしたキム委員長の演説は30分に及びました。その中でキム委員長は、国民に向けて反省と感謝のことばを繰り返しました。そして、ひときわ目を引いたのは、時折涙ぐむような表情を何度も見せたことです。

“涙”の背景には

キム委員長が涙ぐむような表情を見せた背景には何があるのでしょうか?取材を進めると浮かび上がってきたのが、北朝鮮が直面している「三重苦」。それは、国連安保理の制裁、新型コロナウイルスへの対応、そして水害です。
北朝鮮は、制裁がいっこうに緩和されず、思うように貿易ができず、厳しい経済状況が続いています。そうした中、新型コロナウイルスへの対策として国境を封鎖したため、貿易の頼みの綱である対中国の貿易額は前年比7割減と、激しく落ち込んでいます。

さらにことしの夏、台風が相次いで北朝鮮を直撃。被害の全容は明らかになっていませんが、関係者に聞くと9月下旬時点の話として「国境を封鎖したため、被災地に物資が入ってこないので復旧資材が足りない。厳しい冬を前に先を見通せない状況だ」と明かしてくれました。

北朝鮮政治に詳しい慶応義塾大学の礒崎敦仁准教授は、異例の演説となった背景には、こうした北朝鮮の厳しい国内事情が反映されていると指摘しました。
礒崎 准教授
「『ありがとう』を連呼し、『心が痛む』などという国民感情に訴えることばを多用していたのは、党の記念日なのに経済的な成果を目に見える形で示せなかったことの裏返しです。つまり『三重苦』で経済的に非常に厳しい状況だということです。目元を拭うキム委員長の姿が映しだされ、それに対し多くの人が実際に涙を流していました。現状を克服するために、まさに指導者・党・人民の一体化を大きく演出する場だったと思います」

真夜中のパレード

キム委員長の演説に続いて行われた軍事パレードも異例づくしでした。
まず、開始時刻が真夜中。北朝鮮の国営テレビには、高層ビル群の夜景やライトアップされた会場が映し出され、カラフルな花火が打ち上げられていました。礒崎准教授は、「ショー」のようなパレードにすることが狙いだったと見ています。
慶応義塾大学 礒崎敦仁准教授
「夜に行っていて、演出に凝った内容でした。まるで『ショー』のような軍事パレードです。映像を見たかぎりでは夜に行ったのは演出以外の目的は考えられないですね」

新型兵器も登場

また軍事パレードで目立っていたのが、多くの新型兵器です。
その1つが新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)。

SLBMは海中の潜水艦から撃ち出すため、発射の兆候をつかむのが難しいと言われています。北朝鮮は開発しているSLBMを「北極星」と名付け、去年10月「北極星3型」の発射実験に成功したと発表していました。今回登場したミサイルには「北極星4」と記され、国営テレビは「水中戦略弾道ミサイル」と紹介していました。

これはどんなミサイルなのか?軍事アナリストで東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠特任助教に分析してもらいました。
小泉 特任助教
「長さが明らかに『北極星3型』よりも短くなっています。『北極星3型』は、やっと潜水艦に入る大きさでした。それに対して今回の弾道ミサイルのサイズだと、よりコンパクトに収まるかもしれません。今、北朝鮮は弾道ミサイルが搭載できる潜水艦を実験的に作っていますが、弾道ミサイルを小型化しているということは、従来よりも多くのミサイルを積むことができる潜水艦を造ろうとしている可能性があります」

世界最大級の大陸間弾道ミサイル?

そして、キム委員長が演説の時とは対照的に笑みを見せるなか登場したのが、新型の巨大な弾道ミサイルでした。どのくらい大きいかと言うと、アメリカ本土全域を攻撃可能と北朝鮮が主張する大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15型」よりも大きいのです。

また、そのミサイルを搭載していたのは、片側に11もの車輪の付いた大型の車両。この新型のミサイルの大きさには、小泉特任助教も驚きを隠せませんでした。
東京大学先端科学技術研究センター 小泉悠特任助教
「極めてでかい。世界最大級の移動式ICBMといって間違いないと思います。かつてアメリカや旧ソ連が造った超大型ICBMと、サイズ的にはほぼ同じくらいだと思います。移動式ICBMでは、ロシアでさえ搭載する車両の車輪の数が最も多くて片側9つですが、それをはるかに超えています」

「複数の弾頭を搭載するなど、従来よりも何かしらの能力を大幅に向上させたタイプではないかと思います。戦略兵器を近代化していくことはおそらく既定路線で、より射程が長いとか、1発で複数の核弾頭を積めるであるとか、そうした方向へ抑止力を進化させようと考えているのだと思います」

自制したアメリカ批判

今回の軍事パレードで北朝鮮が軍事力を誇示する一方、北朝鮮政治に詳しい礒崎准教授が注目したのが、キム委員長がアメリカを名指しで批判しなかった点です。
慶応義塾大学 礒崎敦仁准教授
「キム委員長の演説は非常に抑制的なトーンでした。北朝鮮は、去年2月ハノイで行われた米朝首脳会談の失敗を受けてアメリカとの交渉が今後うまくいかなくなるかもしれないと考え、国防力の強化を図っています。一方でトランプ大統領が再選した場合も見据えて、アメリカとの糸を完全には切りたくないという思惑もある」

「このため、来月のアメリカ大統領選挙の結果がわかるまで様子見をして、発射実験まではできない。しかし、新型兵器はきちんと開発していることはアメリカに見せつけておく」

「これが今回のパレードの意味だと考えます」

北朝鮮の動向に警戒続く

厳しい国政運営を余儀なくされているキム委員長が、アメリカ大統領選挙の行方を見据えて今後、どう交渉方針を練り直すのか。

新型兵器を見せつけた北朝鮮の動向に各国の警戒は続きます。
長野祥光

中国総局記者
2006年入局
ソウル支局を経て
現在は北京で北朝鮮情勢や
中朝関係などを取材
長砂貴英

国際部記者
2007年入局
2014年から18年まで
北京で北朝鮮取材を担当
現在は国際部で
朝鮮半島取材の担当