変わる外事警察 ~組織再編の背景は~

変わる外事警察 ~組織再編の背景は~
「視察」「ヒューミント」「エス」…
スパイの摘発や機密情報の流出などの捜査、それに各国とのさまざまな情報戦に対応する「外事警察」の中で使われる専門用語です。
外事警察はほとんど表に出ることはないまま極秘の任務を遂行し“影”で国の安全保障を支える秘密のベールに包まれた組織ですが今回19年ぶりに組織の再編が行われることが明らかになりました。その背景に何があるのか、迫ります。
(社会部 警視庁担当記者 古川賢作)

明らかになった再編計画

警視庁公安部に設置されている外事部門。およそ300人の捜査員が配置され、警察庁外事情報部とともに日本の外事警察の司令塔的な役割も果たしています。

現在の体制では、外事1課、外事2課、外事3課があり、それぞれ対象となる国などが決まっています。
外事1課はロシアを中心として旧共産圏を長く担当してきました。
2課は北朝鮮や中国などアジアを担当しています。
3課は比較的新しく2002年に設置されてイスラム過激派などを担当しています。
まだ、正式な発表はありませんが、来年4月から、警視庁は現在の3課から4課体制に外事部門を増強することが、関係者への取材で明らかになりました。警視庁外事部門の再編は19年ぶりです。
具体的には北朝鮮や中国を担当する部署を拡充するのが主なねらいで、今の外事2課から独立させる形で北朝鮮を専門に担当する課を新たに設置します。外事2課については、中国などの対応に特化することで対中国についても実質的に体制が強化されることになります。
新しい体制では
外事1課→ロシアなど、
2課→中国など、
3課→北朝鮮、
4課→イスラム過激派などとなる予定です。
ある捜査幹部は「1つの課で北朝鮮と中国の両方の対応にあたるのは、もはや限界だ。組織再編は数年前から計画していた」と話しています。より専門性のある人材を育成し、北朝鮮・中国の両国との情報戦に対抗するのが再編の主なねらいだということです。

「ソトゴト」

小説やドラマで描かれることも多い外事警察。組織の内部では、冒頭の単語のような聞き慣れない専門用語が飛び交います。

「視察」は相手の行動を確認すること。
「ヒューミント」はヒューマン・インテリジェンスの略で、協力者などから秘密裏に情報を入手することをいいます。

刑事部門とは捜査の手法も異なり犯人を速やかに逮捕することだけが目的ではなく、違法行為をしている疑いがあってもあえて相手を泳がせて行動を監視したり、「エス」と呼ばれる協力者を通じて組織の内情を探ったりもします。

公安・外事部門の数多くの捜査員などを直接取材して、リアルな実態を「外事警察」などの作品で描いてきた作家の麻生幾さんは、こう話しています。
(麻生幾さん)
「警察内部では外事警察のことを隠語で『ソトゴト』と呼んでいるが、日本の『ソト』、つまり全世界を相手にした任務にあたるのが特徴だ。今回、組織改編が行われるのは歴史的で、外事警察の大きな転換点だと感じている」

なぜいま、再編を

麻生さんも語る「外事警察の大きな転換点」とはどういうことなのでしょうか。

日本の外事事件の歴史を振り返る時、有名なスパイ事件として1941年(昭和16年)に起きた「ゾルゲ事件」があります。
これは、ドイツの新聞社の日本特派員、リヒャルド・ゾルゲらが日本の政治や軍事の機密情報などを当時のソビエトに漏えいしたとされる事件で、警視庁の外事課も捜査に当たりました。
戦後、「東西冷戦」が激しくなる中、警視庁でもソビエトなどを担当する外事1課、通称「ソトイチ」が外事部門の筆頭に位置し、長く花形の部署とされてきました。

今回の組織再編は、ロシアなどに対する警戒は維持しつつ、北朝鮮と中国への対応を大幅に強化するということがポイントです。

捜査幹部「北朝鮮は何をしてくるか分からない存在」

警視庁が警戒を強めている北朝鮮。
捜査関係者は、核やミサイルの開発を進めていることに加え、キム・ジョンウン(金正恩)体制になった今も、日本国内で工作員による活動が依然として行われているとみています。そして、経済活動を通じた外貨の獲得のほか、軍事転用が可能な最先端技術などを不正に入手している疑いがあるとみています。
また、日本人拉致事件も解決の糸口が見えないままとなっています。
これまでも当然、北朝鮮の動向を探る捜査は行われてきましたが、情報入手がさらに困難になっているのが実態です。

ある捜査幹部は「北朝鮮は日本にとって、今、最も何をしてくるか分からない存在だ」と表現したうえで「対北朝鮮に詳しい捜査員たちを集め、専門的に分析しないと動きが読めない」として情報収集や監視の強化の必要性を指摘しています。
北朝鮮の実態に詳しい聖学院大学の宮本悟教授も次のように話しています。
「北朝鮮は日本を敵としてとらえていて情報戦でも必死になっている。しかし、日本は北朝鮮のことをあまり知らず、このままでは全く太刀打ちできないおそれがある。そうならないためにも本当に工作活動などの情報をつかむことができる技術・人材が必要だ」

勢いを増す中国 その脅威は

一方、警察当局の内部には今回の再編の真のねらいは対中国だという見方もあります。中国の情報収集活動などに対して、日本として対応を強化する必要があるというのです。
アメリカは中国が急速に世界進出を進めているハイテク分野などで中国が機密情報を盗み出したり知的財産を持ち出したりしていると指摘し、FBI=連邦捜査局が取締りを強化しています。
捜査関係者によりますと、最近はこれまでのようなスパイ活動だけではなく、経済的な取り引きや研究活動などを装って情報を入手しようとする動きも確認されているといいます。

今月13日には、大手化学メーカーの元社員が、スマートフォンに関する研究内容を中国企業に漏らしたとして書類送検されました。

IT関係の企業を中心に、先端技術の流出は深刻になっているとされていますが、捜査などで明らかになるのは、ごくわずかだとみられています。
作家の麻生さんも次のように指摘しています。
「中国は軍事力の増強と同時にスパイ活動や情報機関の人材への予算もふんだんに投入していると見ている」
「今や治安や軍事に関する情報だけでなくエネルギー、インフラといった幅広い分野までを守らないといけない時代に入っている」
外事警察の捜査はもはや従来のように「怪しい人物の監視」や「協力者を通じた情報収集」だけでは対応することができなくなっていて「もっと戦略的に中国側の動きを分析しないと、国益に関わるような被害が出かねない」という声が関係者の中からもあがっているのです。

時代に合わせてどう変えるか 組織の課題

今回の組織再編については、対共産圏を中心に対じしてきた日本の外事警察関係者の中から、一部で反対の声もあったといいます。

また、北朝鮮や中国の監視強化につながることで、それぞれの国からの反発や、日本との対立が深まることを懸念する声も出ています。

一方で「もっと早く柔軟に組織を変え、両国からのさまざまな脅威に対して、対策をとるべきだった。むしろ遅すぎるのではないか」という指摘も出ています。

あらゆる組織は世の中や状況の変化に応じて変化しなければ弱体化することは、歴史が証明しています。組織再編の取材を通して、単に警察内部の話というだけではなく組織はどう変わっていくべきなのか、あるいはどう変えていかなければならないのかを私自身が考えさせられる機会になりました。

ベールに包まれた外事警察。
知られざる組織の取材を続け、そこから見える日本を取り巻く世界の最新情勢について多角的に伝えていきたいと考えています。
社会部 警視庁担当記者
古川賢作