人だけじゃない 新幹線も避難 台風19号の教訓

人だけじゃない 新幹線も避難 台風19号の教訓
去年の台風19号。ニュースの映像で流れた、茶色い泥水に浸かった北陸新幹線の姿が印象に残っている人も少なくないと思います。その光景は「避難が必要なのは人間だけじゃない」ということを、私たちに強く教えてくれました。

あれから1年。新幹線は災害からどうやって避難しようとしているのか。先日、長野市の北陸新幹線の車両基地で初めて行われたJR東日本の新幹線の避難訓練を密着取材しました。(社会部・鉄道担当 橋本尚樹)

現在の車両基地は…

10編成もの新幹線が茶色い水に沈んだ車両基地。基地にある重要設備の被害は深刻でした。電源設備はすべて壊れ、車両基地内に電気を送り込むことができなくなりました。車両を動かす際に必要な信号などの設備も壊れ、使えなくなりました。
復旧作業には時間がかかっていて、基地内で新幹線をとめておく11の線路のうち、現在、使える線路は半分以下の5つと被害から1年たってなお「完全復旧」までは道半ばの状態というのには、正直驚きました。

浸水で廃車となった新幹線車両もまだ残されていて、改めて被害の重みを感じました。

訓練開始 「車両疎開判断支援システム」とは

訓練は、去年の台風19号と同規模の台風で浸水するおそれが高まったという想定です。台風19号では上流で降った雨が川に一気に流れ込み、増水、氾濫して、大きな被害をもたらしました。

被害を防ごうと、JR東日本は、車両の避難を判断するための独自のシステム「車両疎開判断支援システム」を導入しました。
これまで車両を避難させる判断については、台風の進路や沿線で予想される雨量などはみていたものの数値基準は持たず、総合的な判断、いわば“鉄道マンの経験”から判断していました。

新たな「車両疎開判断支援システム」では、川の流域の雨量の予測を取り入れることにしました。使うのは気象庁が5キロ四方ごとに39時間先まで発表している雨量の予測です。
予測に基づく数値基準を設け、避難に必要な運転士の参集や避難場所の検討に入る「準備基準」、実際に避難を開始する「警報基準」の2段階で、アラームが設定されています。

運転士は“緊急車両”でかけつける

訓練は「準備基準」を超えたときに運転士が車両基地にいないという想定で始まりました。

新幹線を車両基地から動かすためには、車両に異常がないかの検査から始める必要があるため運転士がいち早く車両基地に到着する必要があります。

訓練担当者は、およそ10キロ先の長野駅の待機所にいる運転士を招集することにしました。
使用したのは、JRの緊急車両で、救急車やパトカーなどと同じく、赤色灯をつけて緊急走行できるものです。

訓練のため、今回は緊急走行は行いませんでしたが、運転士はこの車両を使って、車両基地に駆けつけました。

実際に避難させたのは…実は1編成のみ

運転士が到着したところで「警報基準」を超え、訓練担当者は、指令センターと連絡を取り合ってすぐに車両の避難を指示しました。
「準備基準」で運転士を基地に呼んだことで、すぐに車両を動かすことができ、新幹線は長野駅まで避難しました。
訓練では無事に避難させることができたのですが…。

駆けつけた運転士は1人、避難した車両も1編成。
去年、被害に遭ったのは、10編成。

この訓練で10編成を守ることができるのか。訓練の2週間後、JR東日本新幹線統括本部の小西雄介新幹線運輸車両部長に聞きました。

避難車両を増やした訓練を今後繰り返すことが必要

小西新幹線運輸車両部長
「3月と6月に机上での訓練を行いました。今回、初めて車両を動かす訓練を行うことになり、順調に進めることができたことはよかったと思います。しかし、避難させる本数が増えてきた場合については、これからです」
いったいどういうことでしょうか。

JR東日本は、ことし3月に、まず2編成の避難を前提に図上での訓練を行いました。
ことし7月には1度、始発の前に「準備基準」を超えた事例があり、実際に早めに車両を長野駅に動かした事例がありました。
去年の被害を教訓にJR東日本が進めてきた対策の第一歩で、今回も訓練で手順を確認できました。

一方で、多くの編成を実際に避難させる訓練はこれからだといいます。
小西新幹線運輸車両部長
「(現在停留できる)5編成の避難は、新しいマニュアルはできたものの、訓練はまず机上でこれから行うところです。5編成を避難させるとなると、長野駅だけでなく、上越妙高駅や軽井沢駅など、別の駅へも避難させなければならなくなります。避難後の運転再開についても考えなければならず、避難はより複雑になります」
駅に車両を待機させる場合、線路が複数ある駅に優先的に避難させます。

線路が一つしかない駅に車両を避難させてしまうと、他の車両の移動の妨げになり、広域的な避難ができなくなってしまうからです。

上越妙高駅と軽井沢駅は、複数の線路がある駅の中で、比較的車両基地の近くにありますが、近いと言っても距離は、上越妙高駅までは70キロ程度、軽井沢駅までは85キロ程度あります。
「車両の避難をさせる」と言っても、実際の避難は、広範囲で簡単ではないのです。

実は危険だった重要設備

去年の水害では、「信号用電源室」という重要なコンピューターが入った建物も浸水しました。2階にあったコンピューターは幸い無事で、JR東日本は各地から電源設備をかき集め、北陸新幹線の運転を12日で全線で再開することができました。

しかし、JR東日本の幹部は「もし、コンピューターが使えなくなっていたら、運転は相当な期間再開できなかったのではないか」と話していました。
長野市の車両基地は、復旧と浸水対策にはおよそ500億円がかかるとみられています。また、重要設備をかさ上げするなどの対策は、工事の費用負担の問題などから、まだ工事に着手することもできていません。

私たちが受け入れるべきこと

ここまで見てきたように新幹線の避難には、大変な調整と労力、多くの時間がかかります。

このため実際には、早めに運休にする必要が出たり、避難場所から本来の始発駅に戻す必要が出たりして、ダイヤに影響が出てきます。
「ある程度、空振り覚悟でも、避難を決定しないといけないと思っています。車両の避難に理解をいただければありがたい」
今回の大きな被害を受け、JR東日本の小西雄介新幹線運輸車両部長はこのように話しています。
新幹線の車両や車両基地が一度大きな被害を受けると、その後の復旧に多額の費用がかかり、最悪の場合、私たちの旅行やビジネスなど暮らしに深刻な影響が出ます。

地球温暖化で気象現象が極端になると予測されている中、JRには新幹線の着実な避難とともに施設の浸水対策が求められます。

同時に訓練を通して私たちにも運休になる時間が長くなることを受け入れるなど生活や仕事のしかたを考えなければならないと強く思いました。
社会部記者 鉄道担当
橋本尚樹