社会

母親の「産後うつ」 コロナ影響で倍増のおそれ 研究者調査

出産後の母親の「産後うつ」が新型コロナウイルスの影響で以前の2倍以上に増えているおそれがあることが研究者の調査で分かりました。「産後うつ」の可能性があるとされた母親のうち半数以上は自身が危険な状態にあることを認識できていないということで、積極的な支援の必要性が指摘されています。
筑波大学の松島みどり准教授と助産師が、子育て関連のアプリを提供する会社を通じて、今月行った調査では、母親の心の状態を確認するためイギリスで開発された「エジンバラ産後うつ病質問票」を用いて、産前産後の女性を対象に、過去1週間の心理状態に関する10項目の質問を行いました。

調査結果によりますと、回答が得られた出産後1年未満の母親2132人のうち、「産後うつ」の可能性がある人はおよそ24%に上りました。

産婦人科医の団体では、これまでWHO=世界保健機関の見解などをもとに、10%ほどの母親が「産後うつ」を発症するとして注意を呼びかけていますが、調査結果では、倍以上に増えているおそれがあることが明らかになりました。

新型コロナウイルスの影響で、人と触れ合う機会や外出する機会が極端に少なくなったことや、収入の落ち込みなどの経済的な不安が影響しているとみられています。

さらに、今回の調査では「産後うつ」の可能性があるとされた母親のうちおよそ3分の2が、自身が危険な状態にあることを認識できていないことも分かりました。

周囲に助けを求めたり適切な治療を受けたりしないまま症状が深刻化していくリスクがあり、積極的な支援の必要性が指摘されています。

調査に当たった松島准教授は公共政策が専門で、行政や医療機関に情報を提供しようと今回の調査を行いました。

松島准教授は「社会が少しずつ日常を取り戻していく中、いまだに、4分の1近くの母親がうつ傾向を示していることから問題は一過性のものではないと思われます。今後も継続的に調査を行っていきます」と話しています。

専門家「衝撃的な結果」

今回の調査結果について、産前産後のメンタルヘルスなどが専門の国立成育医療研究センターの立花良之医師は「非常に高い割合の母親が心身ともに不調をきたしている可能性が疑われ、衝撃的な結果です。コロナ前に比べて母親の負担が大きく、産後うつになりやすい状況になっている可能性があります」と話し、社会全体が目を向けるべき問題だと指摘します。

さらに、「産後うつ」の可能性があるとされた母親の多くが、自身が危険な状態にあることを認識できていないという結果も専門家として重視しています。

立花医師は「心の問題は自分で気付かないことが多く、特に頑張っている時は、『弱音なんて吐けない』『赤ちゃんのために頑張らなくては』と思い、多少体調が悪くても気持ちを押し殺したり否定したりすることがあり得ます。放っておくと、疲れがたまって限界を迎えることがあるのでできるだけ早く、周りの人が気付いて、支援につなげる必要があります」と話しています。

5月に出産の女性「産後もずっとマスク 不安重なり眠れない」

「自分も産後うつだと思う」という30代の女性が取材に応じました。

女性は東京都内の集合住宅で、夫と生後5か月の長女と3人暮らし。

長女を出産したのは東京にまだ緊急事態宣言が出されていたことし5月でした。

予定していた夫の立ち会いはできなくなり、マスクをつけたまま1人で出産しました。

入院中は、夫や家族との面会もかないませんでした。

当時の状況について、女性は「産後もずっとマスクをつけていて、ほかのお母さんと会話できる雰囲気ではありませんでした。初めての育児への不安、誰とも話せず1人でいる不安、コロナへの不安が重なり、全く眠れませんでした」と話していました。

出産後、自宅に帰ってからもウイルスへの感染が気になり、外出することもままなりません。

誰ともかかわらず、1人で子育てに追われています。

集団での健診や、自治体が開催する子育て支援の集まりも中止や延期となったため、同じ月齢の子を持つ母親たちとの交流はありません。

「ママ友」どころか、知り合いすら1人もいないままです。

子どもと2人きりでいると、気持ちが落ち込むようになり、次第に何をしていても涙が流れるようになりました。

最近では、週に何度も急な腹痛に襲われるようになりトイレから出られず、子どもが泣いていてもあやすことができないといいます。

女性は「直接、人に会って子育ての相談ができればもっと楽になったり安心できたりすると思うが、ネット検索に頼る日々で、不安が常につきまとっています。気分のアップダウンがかなりあり、助けを求めたいけれど誰もいません。いますぐコロナがなくなってほしいです」と話しています。

「3密」避け屋外での子育て支援の動きも

各地の両親学級などが相次いで中止となる中、感染防止に配慮して屋外で「散歩」するスタイルの新たな子育て支援の取り組みも始まっています。

横浜市で産前産後の母親を支援するボランティアグループ「まちの相棒」は、これまで主に室内で対面して相談に応じてきました。

ところが、新型コロナウイルスの影響で難しくなったため、ことし7月からは、屋外で「散歩」するスタイルで子育て支援を開催しています。

自宅にこもりがちな母親たちに地域とつながりを持つきっかけを作ってもらうのがねらいです。

取材した先月17日は、産後5か月の母親などおよそ20人の親子が参加し、地域の商店街を歩きました。

離乳食に使える食材や手早く食べられる総菜などを売っている店を訪れ、ボランティアグループの人は店の人に対して孤立しがちな母親たちを見守ってほしいとお願いしていました。

総菜店の人から「できることはなんでもやるので言ってね。子ども用に小分けにして冷凍してから渡すこともできますよ」などと声をかけられると、母親たちは「助かります」と笑顔で答えていました。

散歩のあとは、公園で昼食を食べ、母親たちはお互いの悩みを相談しあったり、参加した助産師から育児のアドバイスをもらったりしていました。

参加した30代の母親は「外出したい気持ちはあっても、自粛ムードで行く場所がありませんでした。こういうチャンスがなければずっと引きこもっていたかもしれないのでよかったです」と話していました。

ボランティアグループの棒田明子さんは「コロナの影響で、『しんどい』というひと言を他の人に言えない状況にあります。会話がものすごく減って『育児大変だね、頑張ってるね』って言われることもなくなっています。横並びで歩きながら話すと、心が打ち解けやすいし、同じ月齢の子どもを持つ親どうしで触れ合うことが子育ての励みになるはずです」と話していました。

父親の役割がさらに重要に 企業では父親向け研修も

新型コロナウイルスの影響で、母親が孤立しがちな中でさらに重要になっているのが父親の役割です。

企業の間では、父親向けの研修も広がっています。

このうち横浜銀行と千葉銀行は、男性の育児参加を支援するNPO法人「ファザーリング・ジャパン」の協力を得て、合同で「企業内両親学級」を開きました。

オンラインで行われた研修には行員の夫婦など67人の男女が参加しました。

NPO法人の塚越学さんが講師となり、とくにコロナ禍では父親の育児参加が母親の孤立を防ぐ「最後の砦」になると呼びかけ、産後の母親の精神状態などを解説しました。

そのうえで、24時間態勢で行われる新生児の育児の負担を母親に偏らないようにすることが家族みんなの健康につながり、仕事にも影響すると説明しました。

研修後の感想をメールで募ったところ、父親からは「今まで何となくやっている気になっていた育児や家事の分担を改めて見直す機会になった」という声が上がっていました。

また、夫婦の参加者からは「夫婦で初めて話し合う機会が持てた」とか、「母親が1人でやらなくてはと抱え込みがちだったが、夫に育児参加してもらっていいんだと思え、気持ちが軽くなった」といった感想も寄せられていました。

横浜銀行でダイバーシティ&インクルージョン推進室長を務め、研修を担当した高松昌樹さんは「コロナ禍で家族以外とコミュニケーションが取りにくい中、会社が両親学級を開き、夫婦での育児を社内で発信することは非常に重要だと思います」と話していました。

また、千葉銀行ダイバーシティ推進部の三岡弓子部長は「参加者の感想を見るとコロナ禍で想像以上に孤独な育児をしていることが分かってきました。家庭の充実は社員の意欲にもつながるので父親を含む両親への働きかけは意義のあることだと思います」と話していました。

講師を務めた塚越さんは「コロナ禍では、母親が非常に孤立化しやすい状況にあります。まずはそのことを理解したうえで男性も育休を取るなど、家族でどうやって子どもを育てるのか考えるきっかけにしてほしいです」と話していました。

「産後うつかも」不安や疲れ感じたら早めに相談を

子育てをする中で不安や疲れを感じていたり、体調が悪かったりする場合はできるだけ早く周囲に相談してください。

地域の保健所や保健センター、顔見知りの保健師などに相談することで適切な支援を受けることができます。

保健所への連絡がつきにくい場合などは心療内科などの受診も検討してください。

ただ、自分から助けを求めようとしない母親も多いため、家族や身近にいる人が相談機関や医療機関の利用を促すことも大切です。

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